平岡篤頼文庫 第八回講演会

演題 「文学というカオス」

  島田雅彦 × 根本昌夫  対談
  日時 : 2017年8月6日(日) 午後2時
  場所 : 平岡篤頼文庫(軽井沢町追分)
  HP: http://www.hiraokatokuyoshi.com/
  入場料無料 【要予約】

ご予約方法
参加者ご氏名・ご住所・ご連絡先電話番号をお書き添えの上、
メールまたはFAXにてお申し込みください。
e-mail : bunkohiraoka@mild.ocn.ne.jp
Fax 03-5702-5981

ご予約締切 8月4日(金)17:00
お問い合わせ用電話 03-3781-7608
当日のお問い合わせ 0267-45-1907



島田 雅彦
1961年、東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。
小説家・法政大学国際文化学部教授・芥川賞選考委員。
1983年『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。
『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、
『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
他の作品に『天国が降ってくる』、
無限カノン三部作『彗星の住人』『美しい魂』『エトロフの恋』、
『悪貨』『傾国子女』『ニッチを探して』『往生際の悪い奴』など多数。



根本昌夫
早稲田大学卒業後『海燕』編集長、『野生時代』編集長を歴任。
小川洋子、角田光代、よしもとばななをデビュ-させるなど新人発掘に定評があり、
現在、大学及びカルチャーセンター等で小説教室の講座を担当。
当初より当文庫講演会の企画を手がけられています。
スポンサーサイト

第168話:禅と老荘思想の関係



◆フランス人に教えられる
日本に来て25年というフランス人男性(40代)を治療したときのことです。来日した動機を伺うと、彼は「禅の心を学ぶために日本に来た」と応え、普段から坐禅をたしなむと話してくれました。朴訥な日本語ながらも、外国人とは思えないほどの清楚で凛としたたたずまいを感じさせ、東洋の「禅」を日々の生活のなかで実践されている方のようでした。

「禅」がアジアですでに衰退の道をたどっているその同じ時期に、西洋が「禅」について学び始めたという歴史があります。そうしたなかで日本人の仏教学者、鈴木大拙(1870~1966)は、西洋人の禅に対する関心を高めるにあたって多大な貢献をしたと言われています。

本家本元の日本人でありながら、「禅」の影響が日本の伝統文化や芸術、そして茶道・華道などの作法のなかにも脈々と生き続けていること、そして先達が欧米に「禅」を伝道したことをついぞ忘れかけています。まるで「逆輸入の使者」ともいうべき彼は、忘れかけていた「禅の心」を呼戻してくれました。

そこで今回は、東洋の伝統的思想である「禅」、特に「中国禅」と「老荘思想」との関係について書きとめてみました。

◆「中国禅」の系譜
仏教はインドに発生し、中央アジアを経て、中国・朝鮮・日本に伝播しました。なかでも「禅宗」は中国仏教の本流になったもので「中国禅」と呼ばれています。「禅宗」は確かに仏教から派生してきたものですが、釈迦から伝えられたインドの坐禅(禅定)を受けて、それに老荘思想(特に荘子の思想)の考え方を生かし、みごとに融合したという経緯を辿っています。

「禅宗」が生まれたのは7世紀のこと。坐禅修行に専念するための僧院が創設され、ふたりの僧が輩出されます。神秀(?~706)は中国の北方、慧能(638~713)は南方で教えを弘め、それぞれ「北宗(ほくしゅう)」と「南宗(なんしゅう)」を創設します。「北宗」が次第に衰退しはじめたころ、「南宗」の威勢と信望が確固としたものとなっていきます。中国禅の歴史に関する文書のほとんどは、この南宗から生まれています。南宗の急速な発展と共に、五つの宗派(五家)が創設され、そのうちの曹洞宗と臨済宗が、それぞれ留学僧であった道元と栄西によって日本に伝えられました。

◆インド仏教との違い
「禅宗」が中国で生れた理由として、インド人と中国人の精神性の違いがあります。インド人は夢想に向かう理屈好きの性格に対して、中国人は現実的で理屈を嫌う性格だと言われています。その違いがインド仏教から伝わる「輪廻」の考え方について差異を生じ、中国禅を生んだというのです。インド人は生まれかわり死にかわりの果てに、遠い来世に仏になって救済されることを望みますが、中国人は徹底した現実(現世)主義のため、遠い来世まで待てないのです。ましてや「生まれかわると次は豚だぞ」といわれれば、因果応報の観念に強迫されたと解釈するだけです。そこですぐに断ちきる手段はないかと考えたのが「この現世において悟りを開いて仏になる」とする「禅宗」でした。こうした精神性の違いから、インド仏教と中国仏教が全く違うものになっていったという指摘はとても興味深いことです。

◆仏は心の内に宿る(見性成仏)
「禅宗」は、禅院での生活と坐禅をはじめとする厳しい修行によって心身を鍛え、わが心の内に仏を見ようとします。故に「禅宗」は心を重んずる仏教と言えます。
この場合、仏を外にあるものとは見ずに、わが心の内に宿るものと見るのがポイントです。あるいは、わが心がそのままに仏であることを悟る立場でもあります。これを「見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」といいます。

本来、心の内に仏が宿っているとするのは「仏性」であり、大乗仏教以来の「如来蔵(にょらいぞう)」思想を引継いでいます。しかも自ら悟ることから「禅宗」は「自力」の仏教といいます。一方「他力」の仏教である「浄土教」は、心の外の遠い彼方(西方浄土)に仏(阿弥陀仏)を置くという意味では、当に対照的な仏教になるわけです。

『荘子』の外篇・雑篇では「自然の本性」という絶対者を自己の内におく点で、「禅宗」に近い性格を備えています。この場合の「自然の本性」は「禅宗」でいう「仏性」に置き換えられます。つまり「中国禅」を『荘子』で解釈できるほどに、老荘思想の影響を受けていると言えます。

◆文字や言語を通じない(不立文字)
禅の行となれば「ひたすら坐る」とか、「ひたすらなりきる」ことが強調されます。それは、有であるとか無であるとかの論理的思考を絶した、あるいは概念的智識を絶した、あくまでも無心の境地をいいます。つまり禅の行においては、経典を紐解くとか、頭で考えてことをなすことではなく、体験そのものを絶対視するということです。これを「不立文字(ふりゅうもんじ)」といいます。

「不立文字」の凡その意味は、「真理を追究することは、文字や言語を通じないで、直接の体験的直感によってとらえられる。」となります。理論よりも体験的直感とする考え方は、インド仏教の世界では主流にはならなかったのが、「中国禅」では重要視されたということです。

その背景には、中国の伝統的な思考法である「荘子の哲学」が関係しているといいます。荘子は、人為的な手段である文字や言語は、ありのままの真理(人為によって歪められない自然の姿)を逆に損なうものとして信用しないと説きます。それは、人間の言葉には、なんでも物を二つに分けて対立を作る習性をもっている。是と非、善と悪、美と醜、などの無限の対立差別を生む言葉による思考法は、あらゆる物は平等無差別とする「万物斉同(ばんぶつせいどう)」の考え方に反するものだと説いています。

これは仏教の根本原理である「空」の思想―二項対立を解体するための理念―にも通ずることから、そもそも荘子の哲学は「中国禅」と融合しやすい思想であったといえます。

◆直接体験としての禅
先のフランス人男性のたたずまいに、「禅の心」が彷彿とさせたのは、そもそも禅を頭で理解していることではなく、日々の坐禅とか日常生活による直接体験からほとばしるものがあったからでしょう。そんな彼に刺激を受けたわたしも、最近は機会があれば寺社に足を運び参禅し、少しでも禅の心に触れるようにしています。(了)

※鎌田茂雄著『禅とはなにか』講談社学術文庫(97年)
著者の体験を交えながら、禅とはなにかを平易に解き明かした入門書。
※森三樹三郎『老子・荘子』講談社学術文庫(94年)
後半に老荘思想が中国仏教の特に禅宗と浄土教にどのように影響を与えたか論じている。

第167話:患部の近位取穴法(頸痛編)



◆はじめに
今回は「頸痛」治療についての「患部の近位取穴法」を紹介します。
まずは上の写真をみてください。「頸が痛くて動かせない」という患者さんに坐位の状態で頸を動かしてもらい、そこで痛いと訴える部位を「運動痛点」とします。「運動痛点」の位置は凡そ2つのケースがあるようです。ひとつは緑色のシールを貼った①の部位(横突起の位置)にあるケースで、もうひとつは②の部位(肩甲骨内縁)にあるケースと診ています。もちろん、①も②も患側は左右どちらのケースでもあります。

「運動痛点」が①と②の部位になぜ限定されるかといえば、(詳細は後述しますが)頸部の筋肉における解剖学的な理由にあるとみています。①と②のいずれの場合でも、頸痛の局所治療においては、「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減する「治療点」をFMテストでわり出します。わり出した「治療点」に鍼灸を施すことで、頸部の関連筋肉は弛んで痛みが軽減し、傾いていた頸椎の歪みも是正できます。

では、「頸痛」治療における「患部の近位取穴法」の流れを、「頸痛」の解剖学的なメカニズムと留意点を交えて順次説明していきます。

◆「頸痛」は筋肉のスパズム
朝起きたら「頸が痛くて回らない」という「寝違い」は、「頸痛」の代表的症状といえます。いつもと違った姿勢で寝たことに加え、普段からの蓄積疲労と、運動不足もしくは加齢による筋肉の柔軟さの衰え、または寒さもしくは冷房による冷気など、それらのいずれかが誘因となって、頸の関連筋肉が急激にスパズム(こわばり)を起こした状態をいいます。
他にも、たとえば観劇や講演会などで長時間にかけて斜め前方に頚を向けても同様の症状が起きます。普段の生活動作と逸脱した姿勢(頸の角度)を長時間続けたことが原因で、「寝違い」と同じように頸の関連筋肉が疲労してスパズムを起こすのです。

◆「頸痛」のメカニズム
こうして頸の関連筋肉にスパズムが起きると、痛みを伴って運動制限を呈します。制限される運動とは、主に「回旋(頸を回す)」と「側屈(頸を左右に倒す)」と「伸展(頸を後ろに倒す)」などです。言い変えれば、「頸痛」のメカニズムとは、これらの運動に関わる筋肉がスパズムを起こすことにあります。
したがって「回旋」「側屈」「伸展」などの働きを担う頸部の筋肉を解剖学からわり出すと、頭板状筋、頸板状筋、頸腸肋筋、肩甲挙筋などがその関連筋肉であることが分かってきます。

発症時にひとつの筋肉にスパズムが起きると、周辺の筋肉にまでドミノ式に波及し、結果的に複数の筋肉までもがスパズムを起こしてしまいます。スパズムを起こしている筋肉が複数であればあるほど「頸痛」は重症といえます。逆に治療によって周辺の筋肉のスパズムが順次弛んでゆくと、最終的には大本である当該筋肉が残っていくという経過を辿るようです。

◆「起始/停止の部位」に着目
次に解剖学的なメカニズムについて説明します。
上述の頭板状筋、頸板状筋、頸腸肋筋、肩甲挙筋についての詳細(図解)は、それぞれ解剖学書で確認してください。ここで大事なことは、関連筋肉それぞれの「起始/停止の部位」に着目することです。

◎頭板状筋(とうばんじょうきん)
(起始)下位5頸椎の項靭帯、上位2胸椎の棘突起に付着。
(停止)側頭骨の乳様突起と後頭骨の上項線の外側部に付着。
(働き)頭部の伸展、回旋、側屈。
◎頸板状筋(けいばんじょうきん)
(起始)T3~T6(ないしはT5)までの棘突起もしくは項靭帯に付着。
(停止)C1~C2の横突起後結節に付着。
(働き)上位頸椎を外方・側方に引く。頭部を回旋、側屈、伸展。
◎頸腸肋筋(けいちょうろっきん)
(起始)第1~6の肋骨の肋骨角に付着。
(停止)C4~C6の横突起に付着。
(働き)頸椎の側屈、伸展。
◎肩甲挙筋(けんこうきょきん)
(起始)C1~C4の横突起に付着。
(停止)肩甲骨の上角、内側縁の上部1/3に付着。
(働き)肩甲骨を上に上げる。

「起始/停止の部位」に着目する理由はほかでもありません。回旋なり伸展なりの運動の際に痛いと訴える「運動痛点」と、その痛みを弛めてくれる周辺の「治療点」は、共に「起始/停止の部位」のポイントに凡そ符合するからです。それは「患部の近位取穴法」を通して経験的に分かったことです。つまり、「運動痛点」と「治療点」は解剖学用語でいう処の「横突起」「肩甲骨の上角」「棘突起もしくは項靭帯」「肋骨角」のいずれかに該当しています。さらに言えば、それらは以下に示す近傍のツボに置き換えられるのです。

「横突起」⇒「天柱(膀胱経)」と「完骨(胆経)」を結ぶライン中央の「阿是穴」
「肋骨角」⇒ 膀胱経2行線上の「魄戸」もしくは「膏肓」
「棘突起もしくは項靭帯」⇒ 頸椎もしくは胸椎の「夾脊穴」
「肩甲骨の上角」⇒「肩外兪(小腸経)」

筋肉のスパズムを弛めるには、当該筋肉の両端付着部である「起始/停止の部位」辺りに「治療点」が存在することは確かに頷けることです。そのことは「N指」で頸部のどこに触るかという勘所の根拠にもなるということです。
では次に「患部の近位取穴法」の手順を説明します。

◆①のケースによる「患部の近位取穴法」


坐位の状態で、頸の回旋もしくは伸展の際に痛いと訴える「運動痛点」が右側の①の部位だとします。そこは「横突起」が回旋変位を起こしている処で、触ると圧痛を伴う硬結が認められます。そこに印をしておきます。
次に、患部を上になるように側臥位になってもらいます。印をつけた「運動痛点」を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「治療点」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに3か所の「治療点」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに頸胸椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴、もうひとつは「肩甲骨の上角」に近い肩外兪(けんがいゆ)穴の位置にあります。

◆②のケースによる「患部の近位取穴法」


坐位の状態で、頸の回旋もしくは伸展の際に痛いと訴える「運動痛点」が左側の②の部位だとします。そこは「肩甲骨内縁」にある魄戸(はくと)穴もしくは膏肓(こうこう)穴に該当する処で、触ると圧痛を伴う硬結が認められます。そこに印をつけておきます。解剖学的には「肋骨角」と呼ばれ、たぶん頸腸肋筋が付着する部位だと思われます。
次に、患部を上になるように側臥位になります。印をつけた「運動痛点」を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「治療点」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに3か所の「治療点」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに頸胸椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴、もうひとつは「横突起」外端に当たる阿是穴(あぜけつ)の位置にあります。

◆施灸と確認診断
「運動痛点」と「患部の近位取穴法」で求めた「治療点」の全てに5~7壮のお灸(透熱灸)をお勧めします。それは関連した筋肉の「起始/停止の部位」すべてを対象にしたほうが効果的であると考えています。それと鍼ではなくお灸にするのは、深刺しすると危険な部位も含まれるからです。

施灸をした後は、「運動痛点」を再び揺すってみて痛くなくなったか患者さんに確認します。患者さんに「痛いですか?」「痛くなくなりましたか?」と必ず前後に確認することです。
痛みが軽減したことを確認した後は、坐位の姿勢になってもらい、頸を動かして可動域が改善しているか、頸椎の傾きなどの歪みが改善しているかを確認します。
頸痛はスパズムを起こしている筋肉が複数であるほど、または筋肉の柔軟性が衰えているほど、完治までに少し時間がかかります。もし運動痛点の痛みや頸椎の歪みが少し残っていたとしたら、次回の治療にまわし、だいたいの予後を伝えて初回の治療を終了します。(了)

※肩甲挙筋について
肩甲挙筋は「肩甲骨を上げる」働きとする唯一異色の筋肉になるが、この筋肉がスパズムを起こすと、頸椎の横突起がひっぱられ、頸椎が回旋変位(Heaving)を呈してしまうことから、「頸痛」の関連筋肉に該当するとした。

第166話:患部の近位取穴法(腰痛編)

◆「患部の近位取穴法」のおさらい
第103話「患部の近位取穴法」では「腱鞘炎」を例にして、オリジナルの「FMテスト」を使った取穴法を紹介しました。運動器疾患が対象ですから、この場合の「患部」とは痛い処の筋肉部位になります。その患部の緊張を弛めて痛みを軽減してくれるツボを、その周辺に求める方法が「患部の近位取穴法」でした。

やり方をおさらいすると、痛い患部を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている患部の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「ツボ」をわり出す方法です。ここで大事なことは、患部の痛みを軽減することができる「ツボ」は必ず患部の周辺(近位)に存在すること。そして患部の筋肉に訊(き)けば、ちゃんと「ツボ」の所在を教えてくれるということです。

◆腰痛における「局所治療」
そこで今回は2回目として「腰痛」を取り上げてみます。
腰痛には「急性のギックリ腰」や「慢性の腰痛」、さらに下肢の放散痛やしびれを伴う「坐骨神経痛」などがあります。いずれの場合においても治療の前提とするのは、腰臀部の痛み及び骨盤や背骨の歪みをとるためのツボをわり出すことです。そのための活用法である「患部の近位取穴法」について順を追って説明していきます。

ちなみに、わたしの腰痛治療は、まずは患者さんを仰臥位のままに、手足の要穴を使った(経絡を調える)「全体治療」を施します。それによって腰臀部の痛みはある程度の改善はできます。全体治療を施すことで、関連した臓腑経絡の気の流れが調い、痛みを抱えたストレスを和らげることで心身の安寧が得られます。

ただし、筋肉に対する効果を観察すれば、それは表層の筋肉の改善だけに限定されるか、もしくは効果が深層の筋肉までに及ぶには時間がかかるという感触をもっています。したがって、深層の筋肉や靭帯レベルまでの緊張を瞬時に弛めようとするには、どうしても腰臀部への「局所治療」が不可欠となるのです。

わたしの腰痛治療の手順は、まず先に仰臥位で「全体治療」を施した後に、腰臀部の痛い処を上にする側臥位に変え、腰臀部への「局所治療」を加えています。つまり、側臥位での「局所治療」で、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張を弛めるべきツボを「患部の近位取穴法」を使ってわり出すわけです。治療穴として見出されるツボは、腰臀部周辺に3穴もしくは4穴必ず存在することが経験的に分かっています。これらのツボを使って的確に治療を施せば、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張と痛みを弛めると同時に、歪んだ骨盤や背骨を正常の位置に戻すという手応えが確実に得られます。

◆側臥位での「患部の近位取穴法」
では具体的に手順を説明します。まずは痛い患部が右側なのか左側なのかを診断します。真ん中が痛いとするときでも、精査すると痛みには必ず左右差があり、より痛い方を治療側にします。この場合、左右を特定する方法はいろいろありますが、たとえば膀胱経の「至陰(しいん)」穴や「金門(きんもん)」穴の圧痛について左右差を確認すれば、より痛い方が(膀胱経の実として)治療側と分かります。
左右が確認できたら、痛い方を上にした側臥位になってもらいます。

次に触診して痛い処を特定します。わたしの経験では必ず、⑴仙腸関節部か、⑵腸骨稜上部(ツボでいうと志室下か腸骨点内側)のどちらかが顕著な圧痛を呈しているものです。実際に手指で触って少しゆすってみて患者さんにどちらが痛いかを確認し、患部を特定します。その患部に印をつけておきます。

◎患部が「⑴仙腸関節部」のとき:【写真A】
その痛い患部(矢印の処)を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている患部の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「ツボ」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに4か所の「ツボ(反応穴)」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに腰椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴に近い位置にあります。

【写真A】

◎患部が「⑵腸骨稜上部」のとき:【写真B】
⑴仙腸関節部と同様に「ツボ」をわり出すと、白いシールを貼った辺りに3か所の「ツボ(反応穴)」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに腰椎に近い3か所は(華佗)夾脊穴に近い位置にあります。

【写真B】

◆鍼灸を施す
以上の「患部の近位取穴法」で求めた「ツボ」に刺鍼もしくは施灸を施します。鍼であれば、やや深めに刺鍼してから「得気(とっき)」といって「鍼の響き」を加えます。響きがあったほうがシャープに効いて、「患部」が弛むのがはっきりわかります。鍼を深く刺すのが苦手だと訴える患者さんにはお灸(透熱灸)を施します。お灸の場合でも下肢の先にまで響く場合があります。お灸の方がむしろ患者さんに緊張を与えることなく安定した効果が得られるかもしれません。

◆確認診断
「患部の近位取穴法」で求めた「ツボ」に刺鍼もしくは施灸をした後は、患部を再び揺すってみて痛くなくなったか患者さんに確認します。もし「変わらない」と言われた場合は、取穴からやり直すべきです。正確に取穴する要点は、自分の感触だけで判断しないで、患者さんに「痛いですか?」「痛くなくなりましたか?」と必ず前後に確認することです。また正確にツボの位置を確認するには、左中指(N指)に加えテイ鍼を使ってみて、ミリ単位で位置を特定することも大事なことです。

患部の痛みが軽減したことを患者さんと共に確認した後は、患者さんに床に立ってもらいます。患者さんの感覚として、腰の張りや違和感が軽減しているかどうかを確認します。それから患者さんの背部を観察して、治療前に確認していた骨盤や背骨の歪みが是正されているか確認します。

もし患者さんが「患側はよくなったけど反対側がまだ違和感がある」と言う場合は、反対側を上にして側臥位で同じように「患部の近位取穴法」を使い治療します。骨盤の左右バランスが特に大きいケースは両側を治療しています。

なお、骨盤変位には3軸変位(Heaving,Rolling,Pitching)がありますが、治療後の変化を正確に判定するためにも、治療前の観察ではどれに該当しているかを十分に把握しておくことです。高齢者の慢性腰痛のように長い間によって骨盤の変形が固定化してしまったケースを除けば、一般的な急性腰痛であれば、治療によって骨盤の歪みは是正されます。

急性腰痛が治療後にすっきり改善したと喜ばれる多くのケースは、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張と痛みを弛めることで、骨盤や背骨の歪みが是正していることに尽きると考えています。「患部の近位取穴法」を使った治療は、そうした目的に有効な手立てになると認識しています。(了)

※指の極性とは
第46話:「磁石」と「指の極性」による触診技術 を参照
※「FMテスト」とは
さまざまの身体情報を受信するための診断法。道具を一切使わず、施術者の手指(Finger)と被検者の腕橈骨筋(Muscle)だけを使うのが特長。
第88~91話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」を参照


第165話:遠藤周作と聖母信仰と『沈黙』と



◆なぜ『アベマリア』に癒されるのか
クラシック音楽の世界には『アベマリア』とか『スターバト・マーテル(悲しみの聖母)』のように「聖母マリア」に関する多くの楽曲があります。基督教のカトリック教会だけに許された「聖母信仰」がその背景にあり、歴代の作曲家による同名の多くの作品があります。

西洋の宗教的歌曲にもかかわらず、日本ではどちらかといえばヒーリングミュージックとして受け入れられています。とはいえ、基督教徒でもないのに「聖母マリア」の音楽を聴いただけで、なぜか自然に癒されてしまう構図は冷静に考えてみてもおかしなことです。日本人の感性には、きっと特別な受信装置があるのかもしれません。

そんな疑問に応えてくれたのが、基督教徒(クリスチャン)でもある作家の遠藤周作(1923~1996)です。彼のエッセイによれば、長崎の隠れ切支丹たちは、基督教の「神」よりもむしろ「聖母マリア」に心ひかれていたといいます。しかも切支丹たちの聖母画はなんとなく泥臭く「おっかさん」のようであることから、彼らの聖母信仰とは西洋と異質の、むしろ日本人特有の母性的宗教心理によるものであったと指摘しています。だとすれば、現代の日本人が「聖母マリア」の音楽に癒されるのも、日本人の精神の基底に、隠れ切支丹と同じ母性的宗教心理がはたらくからであると理解できます。

◆日本人は「母の宗教」に心ひかれる
遠藤周作は、こうした母性的宗教心理を「母の宗教」と呼んでいました。そもそも基督教とは、戒律を重視した厳しい「父の宗教」と、深い愛を以て許すやさしい「母の宗教」とを兼ね備えたものであるとし、「聖母信仰」はその後者として存在していると解説しています。

一方で、日本人がこの「母の宗教」的世界に心ひかれる理由は、仏教が日本的展開をして、やっと根をおろし始めた鎌倉時代にあるといいます。鎌倉時代とは、それまでの「父の宗教」的な仏教から「母の宗教」的な仏教へと変化したこと、つまり浄土教(浄土宗や浄土真宗)の出現が大きく関与したということです。阿弥陀さまは、裁いたり罰したりする父ではなく、子どもの過ちを助けようとする母のように、普く衆生に浄土を補償する存在だということ。つまり、多くの民衆が浄土教(阿弥陀さま)に救われたことで、日本人の心に「母の宗教」的精神性が形成されていったと遠藤周作は説いているのです。

◆遠藤周作の異端性
わたしは遠藤文学のまじめな読者とはいえませんが、没後に出版された著作集を読んでいくうちに、こうした遠藤周作の宗教観に魅かれていきました。とりわけ仏教などの東洋思想に傾倒し、基督教を語りながらも東西の文化に拡がっていく独特の視座にはとても刺激を受けました。それと、彼の基督教の考え方には「異端性」を含んでいることが、なんといっても最大の特長といえるところです。

たとえば、仏教における「誰の心にも仏がある」とする「如来蔵(にょらいぞう)」の教えのように、遠藤周作には「心の中に神は存在する」もしくは「イエスは心の中に寄り添う」という確信があります。ところが基督教では「神」は天上の超越的存在であり、神を人間と同等に位置づける解釈そのものは異端と弾劾されます。

にもかかわらず、遠藤周作がそこにこだわる理由とは、日本人として生まれ、愛する母親に服を着せられるように基督教の洗礼を受けたころから、自分の心にある「東洋的で汎神的な感性」が内在しているからでした。基督教の教えと相反する「汎神的な感性」を持ち合わせながらも、ならば日本人の間尺に合った基督教があってもよいのではないかと、終生追い求めたところに遠藤周作の基督教文学の真髄があるのです。言い換えれば、それは「神と人間の関係性」の希求であり、彼の内面における「神の変容のドラマ」こそが、代表作『沈黙』を生んだとわたしは捉えています。

◆聖母信仰に隠れた異教性
ここで特筆すべきは、聖母信仰の歴史を紐解くと、意外な一面が見えてくることです。実は、そこを理解しておかないと基督教の底層の部分が見えてこないのです。

というのは、西欧のカトリック教会において「聖母信仰」は公式には長い間みとめていなかったことです。三位(父と子と聖霊)一体の教理のほかに「聖母信仰」を正式に認めたのは、1854年に法王ピオ9世がやっとマリアの無原罪説を採用し、第二次世界大戦も終わった1950年に法王ピオ12世が聖母被昇天を認めたほどなのです。

そもそも「聖母マリア」の教義は教会内部の神学論争の結果から生まれたのではなく、民衆層から起ってきた要求を教会が受け入れたものなのです。その歴史に詳しい心理学者のユングによれば、「中世に基督教が入ってから、原始の地母神の地域は基督教の聖地に変わり、ケルトの処女神は聖母マリアに変身したのである。」とあります。つまりユングに言わせれば、「聖母信仰は異教の地母神を吸収して、民衆信仰の底流を形成していったものである。したがって基督教には、実は見えない地下の根のところで異教的要素を内包している」と指摘しているのです。

遠藤周作にとって、プロテスタントではなくカトリックに救われるのは「聖母マリア」の存在が大きいと告白しています。つまり「聖母マリア」にはかつての異教である地母神が隠されているところに、自らがもつ「東洋的で汎神的な感性」は感応し、ついには異端ともいうべき立ち位置からも開放されたのではないでしょうか。

◆『沈黙』が意味するところ
遠藤周作は16~17世紀の日本人の基督教信仰には、仏教や汎神論が混在しているとみていました。そのことが彼を限りなく隠れ切支丹の世界に近づかせたといわれています。
さらに、『沈黙』で描かれた隠れ切支丹による「聖母信仰」には、西欧の中世における「地母神信仰」の姿を投影させたかのようにもみえます。それは、一見特異な「日本の基督教」を描いているようにみせて、実は西欧の基督教の底層に流れる原初的な精神性をも描いているようにもみえます。

聖母信仰が根強い地中海沿岸地方のシチリアからの移民の子であった巨匠マーティン・スコセッシ監督はそこに共鳴して、28年もの歳月をかけて映画『沈黙‐サイレンス‐』を制作したのではないでしょうか。

物語最後の場面はドラマチックで深く印象を残します。
棄教を強いられ思い苦しむ司祭のロドリゴに、神は救いの手をさしのべるでもなくただ「沈黙」をするだけでした。最後に、ロドリゴが踏み絵に足を上げた瞬間、
「踏むがいい・・・」と
ついにキリストは「沈黙」を破ります。

わたしの勝手な想像ですが、そのときのキリストの声は、まさに「阿弥陀さま」や「母」のような慈愛に満ちた声であり、発した声の主であるキリストは、ついに「如来蔵」のごとくロドリゴの心に宿したであろうと思うのです。(了)

※『神と仏』遠藤周作/山折哲雄監修(海竜社)平成12年
※『沈黙』遠藤周作(新潮文庫)平成16年
※『ユングとキリスト教』湯浅泰雄(講談社学術文庫)96年
  ユングの「聖母崇拝」についての講義内容を解説。(306頁)

※追記(2017‐01‐31):映画『沈黙-サイレンス-』の感想。
冒頭が、漆黒の闇に虫の声や鳥の囁き、そして波の音など、音楽のない静寂な「沈黙」から始まります。汎神的風土の中に神の存在を感じさせる演出です。それが終盤に登場するオレイラの「日本人は自然の中にしか神の存在を認めない」の言葉に符号します。それから、ロドリゴが棄教した後も、母なるイエスが心の中に寄り添っていたことを、スコセッシ監督は原作にないラストシーン(入棺したロドリゴの掌中でロザリオが輝くシーン)で見事に表現していました。
ただ、この作品は重いテーマを扱っていることを覚悟しないと、数々の残酷なシーンはきついかもしれません。