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第167話:患部の近位取穴法(頸痛編)



◆はじめに
今回は「頸痛」治療についての「患部の近位取穴法」を紹介します。
まずは上の写真をみてください。「頸が痛くて動かせない」という患者さんに坐位の状態で頸を動かしてもらい、そこで痛いと訴える部位を「運動痛点」とします。「運動痛点」の位置は凡そ2つのケースがあるようです。ひとつは緑色のシールを貼った①の部位(横突起の位置)にあるケースで、もうひとつは②の部位(肩甲骨内縁)にあるケースと診ています。もちろん、①も②も患側は左右どちらのケースでもあります。

「運動痛点」が①と②の部位になぜ限定されるかといえば、(詳細は後述しますが)頸部の筋肉における解剖学的な理由にあるとみています。①と②のいずれの場合でも、頸痛の局所治療においては、「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減する「治療点」をFMテストでわり出します。わり出した「治療点」に鍼灸を施すことで、頸部の関連筋肉は弛んで痛みが軽減し、傾いていた頸椎の歪みも是正できます。

では、「頸痛」治療における「患部の近位取穴法」の流れを、「頸痛」の解剖学的なメカニズムと留意点を交えて順次説明していきます。

◆「頸痛」は筋肉のスパズム
朝起きたら「頸が痛くて回らない」という「寝違い」は、「頸痛」の代表的症状といえます。いつもと違った姿勢で寝たことに加え、普段からの蓄積疲労と、運動不足もしくは加齢による筋肉の柔軟さの衰え、または寒さもしくは冷房による冷気など、それらのいずれかが誘因となって、頸の関連筋肉が急激にスパズム(こわばり)を起こした状態をいいます。
他にも、たとえば観劇や講演会などで長時間にかけて斜め前方に頚を向けても同様の症状が起きます。普段の生活動作と逸脱した姿勢(頸の角度)を長時間続けたことが原因で、「寝違い」と同じように頸の関連筋肉が疲労してスパズムを起こすのです。

◆「頸痛」のメカニズム
こうして頸の関連筋肉にスパズムが起きると、痛みを伴って運動制限を呈します。制限される運動とは、主に「回旋(頸を回す)」と「側屈(頸を左右に倒す)」と「伸展(頸を後ろに倒す)」などです。言い変えれば、「頸痛」のメカニズムとは、これらの運動に関わる筋肉がスパズムを起こすことにあります。
したがって「回旋」「側屈」「伸展」などの働きを担う頸部の筋肉を解剖学からわり出すと、頭板状筋、頸板状筋、頸腸肋筋、肩甲挙筋などがその関連筋肉であることが分かってきます。

発症時にひとつの筋肉にスパズムが起きると、周辺の筋肉にまでドミノ式に波及し、結果的に複数の筋肉までもがスパズムを起こしてしまいます。スパズムを起こしている筋肉が複数であればあるほど「頸痛」は重症といえます。逆に治療によって周辺の筋肉のスパズムが順次弛んでゆくと、最終的には大本である当該筋肉が残っていくという経過を辿るようです。

◆「起始/停止の部位」に着目
次に解剖学的なメカニズムについて説明します。
上述の頭板状筋、頸板状筋、頸腸肋筋、肩甲挙筋についての詳細(図解)は、それぞれ解剖学書で確認してください。ここで大事なことは、関連筋肉それぞれの「起始/停止の部位」に着目することです。

◎頭板状筋(とうばんじょうきん)
(起始)下位5頸椎の項靭帯、上位2胸椎の棘突起に付着。
(停止)側頭骨の乳様突起と後頭骨の上項線の外側部に付着。
(働き)頭部の伸展、回旋、側屈。
◎頸板状筋(けいばんじょうきん)
(起始)T3~T6(ないしはT5)までの棘突起もしくは項靭帯に付着。
(停止)C1~C2の横突起後結節に付着。
(働き)上位頸椎を外方・側方に引く。頭部を回旋、側屈、伸展。
◎頸腸肋筋(けいちょうろっきん)
(起始)第1~6の肋骨の肋骨角に付着。
(停止)C4~C6の横突起に付着。
(働き)頸椎の側屈、伸展。
◎肩甲挙筋(けんこうきょきん)
(起始)C1~C4の横突起に付着。
(停止)肩甲骨の上角、内側縁の上部1/3に付着。
(働き)肩甲骨を上に上げる。

「起始/停止の部位」に着目する理由はほかでもありません。回旋なり伸展なりの運動の際に痛いと訴える「運動痛点」と、その痛みを弛めてくれる周辺の「治療点」は、共に「起始/停止の部位」のポイントに凡そ符合するからです。それは「患部の近位取穴法」を通して経験的に分かったことです。つまり、「運動痛点」と「治療点」は解剖学用語でいう処の「横突起」「肩甲骨の上角」「棘突起もしくは項靭帯」「肋骨角」のいずれかに該当しています。さらに言えば、それらは以下に示す近傍のツボに置き換えられるのです。

「横突起」⇒「天柱(膀胱経)」と「完骨(胆経)」を結ぶライン中央の「阿是穴」
「肋骨角」⇒ 膀胱経2行線上の「魄戸」もしくは「膏肓」
「棘突起もしくは項靭帯」⇒ 頸椎もしくは胸椎の「夾脊穴」
「肩甲骨の上角」⇒「肩外兪(小腸経)」

筋肉のスパズムを弛めるには、当該筋肉の両端付着部である「起始/停止の部位」辺りに「治療点」が存在することは確かに頷けることです。そのことは「N指」で頸部のどこに触るかという勘所の根拠にもなるということです。
では次に「患部の近位取穴法」の手順を説明します。

◆①のケースによる「患部の近位取穴法」


坐位の状態で、頸の回旋もしくは伸展の際に痛いと訴える「運動痛点」が右側の①の部位だとします。そこは「横突起」が回旋変位を起こしている処で、触ると圧痛を伴う硬結が認められます。そこに印をしておきます。
次に、患部を上になるように側臥位になってもらいます。印をつけた「運動痛点」を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「治療点」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに3か所の「治療点」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに頸胸椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴、もうひとつは「肩甲骨の上角」に近い肩外兪(けんがいゆ)穴の位置にあります。

◆②のケースによる「患部の近位取穴法」


坐位の状態で、頸の回旋もしくは伸展の際に痛いと訴える「運動痛点」が左側の②の部位だとします。そこは「肩甲骨内縁」にある魄戸(はくと)穴もしくは膏肓(こうこう)穴に該当する処で、触ると圧痛を伴う硬結が認められます。そこに印をつけておきます。解剖学的には「肋骨角」と呼ばれ、たぶん頸腸肋筋が付着する部位だと思われます。
次に、患部を上になるように側臥位になります。印をつけた「運動痛点」を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている「運動痛点」の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「治療点」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに3か所の「治療点」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに頸胸椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴、もうひとつは「横突起」外端に当たる阿是穴(あぜけつ)の位置にあります。

◆施灸と確認診断
「運動痛点」と「患部の近位取穴法」で求めた「治療点」の全てに5~7壮のお灸(透熱灸)をお勧めします。それは関連した筋肉の「起始/停止の部位」すべてを対象にしたほうが効果的であると考えています。それと鍼ではなくお灸にするのは、深刺しすると危険な部位も含まれるからです。

施灸をした後は、「運動痛点」を再び揺すってみて痛くなくなったか患者さんに確認します。患者さんに「痛いですか?」「痛くなくなりましたか?」と必ず前後に確認することです。
痛みが軽減したことを確認した後は、坐位の姿勢になってもらい、頸を動かして可動域が改善しているか、頸椎の傾きなどの歪みが改善しているかを確認します。
頸痛はスパズムを起こしている筋肉が複数であるほど、または筋肉の柔軟性が衰えているほど、完治までに少し時間がかかります。もし運動痛点の痛みや頸椎の歪みが少し残っていたとしたら、次回の治療にまわし、だいたいの予後を伝えて初回の治療を終了します。(了)

※肩甲挙筋について
肩甲挙筋は「肩甲骨を上げる」働きとする唯一異色の筋肉になるが、この筋肉がスパズムを起こすと、頸椎の横突起がひっぱられ、頸椎が回旋変位(Heaving)を呈してしまうことから、「頸痛」の関連筋肉に該当するとした。
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第166話:患部の近位取穴法(腰痛編)

◆「患部の近位取穴法」のおさらい
第103話「患部の近位取穴法」では「腱鞘炎」を例にして、オリジナルの「FMテスト」を使った取穴法を紹介しました。運動器疾患が対象ですから、この場合の「患部」とは痛い処の筋肉部位になります。その患部の緊張を弛めて痛みを軽減してくれるツボを、その周辺に求める方法が「患部の近位取穴法」でした。

やり方をおさらいすると、痛い患部を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている患部の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「ツボ」をわり出す方法です。ここで大事なことは、患部の痛みを軽減することができる「ツボ」は必ず患部の周辺(近位)に存在すること。そして患部の筋肉に訊(き)けば、ちゃんと「ツボ」の所在を教えてくれるということです。

◆腰痛における「局所治療」
そこで今回は2回目として「腰痛」を取り上げてみます。
腰痛には「急性のギックリ腰」や「慢性の腰痛」、さらに下肢の放散痛やしびれを伴う「坐骨神経痛」などがあります。いずれの場合においても治療の前提とするのは、腰臀部の痛み及び骨盤や背骨の歪みをとるためのツボをわり出すことです。そのための活用法である「患部の近位取穴法」について順を追って説明していきます。

ちなみに、わたしの腰痛治療は、まずは患者さんを仰臥位のままに、手足の要穴を使った(経絡を調える)「全体治療」を施します。それによって腰臀部の痛みはある程度の改善はできます。全体治療を施すことで、関連した臓腑経絡の気の流れが調い、痛みを抱えたストレスを和らげることで心身の安寧が得られます。

ただし、筋肉に対する効果を観察すれば、それは表層の筋肉の改善だけに限定されるか、もしくは効果が深層の筋肉までに及ぶには時間がかかるという感触をもっています。したがって、深層の筋肉や靭帯レベルまでの緊張を瞬時に弛めようとするには、どうしても腰臀部への「局所治療」が不可欠となるのです。

わたしの腰痛治療の手順は、まず先に仰臥位で「全体治療」を施した後に、腰臀部の痛い処を上にする側臥位に変え、腰臀部への「局所治療」を加えています。つまり、側臥位での「局所治療」で、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張を弛めるべきツボを「患部の近位取穴法」を使ってわり出すわけです。治療穴として見出されるツボは、腰臀部周辺に3穴もしくは4穴必ず存在することが経験的に分かっています。これらのツボを使って的確に治療を施せば、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張と痛みを弛めると同時に、歪んだ骨盤や背骨を正常の位置に戻すという手応えが確実に得られます。

◆側臥位での「患部の近位取穴法」
では具体的に手順を説明します。まずは痛い患部が右側なのか左側なのかを診断します。真ん中が痛いとするときでも、精査すると痛みには必ず左右差があり、より痛い方を治療側にします。この場合、左右を特定する方法はいろいろありますが、たとえば膀胱経の「至陰(しいん)」穴や「金門(きんもん)」穴の圧痛について左右差を確認すれば、より痛い方が(膀胱経の実として)治療側と分かります。
左右が確認できたら、痛い方を上にした側臥位になってもらいます。

次に触診して痛い処を特定します。わたしの経験では必ず、⑴仙腸関節部か、⑵腸骨稜上部(ツボでいうと志室下か腸骨点内側)のどちらかが顕著な圧痛を呈しているものです。実際に手指で触って少しゆすってみて患者さんにどちらが痛いかを確認し、患部を特定します。その患部に印をつけておきます。

◎患部が「⑴仙腸関節部」のとき:【写真A】
その痛い患部(矢印の処)を右の手指で軽く揺すりながら、左中指(N指)を周辺部位にスライドさせて、右の手指で触っている患部の緊張がストンと弛んで痛みが軽減するポイント=「ツボ」をわり出します。すると白いシールを貼った辺りに4か所の「ツボ(反応穴)」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに腰椎に近い2か所は(華佗)夾脊穴に近い位置にあります。

【写真A】

◎患部が「⑵腸骨稜上部」のとき:【写真B】
⑴仙腸関節部と同様に「ツボ」をわり出すと、白いシールを貼った辺りに3か所の「ツボ(反応穴)」が特定できます。そこに印をつけておきます。ちなみに腰椎に近い3か所は(華佗)夾脊穴に近い位置にあります。

【写真B】

◆鍼灸を施す
以上の「患部の近位取穴法」で求めた「ツボ」に刺鍼もしくは施灸を施します。鍼であれば、やや深めに刺鍼してから「得気(とっき)」といって「鍼の響き」を加えます。響きがあったほうがシャープに効いて、「患部」が弛むのがはっきりわかります。鍼を深く刺すのが苦手だと訴える患者さんにはお灸(透熱灸)を施します。お灸の場合でも下肢の先にまで響く場合があります。お灸の方がむしろ患者さんに緊張を与えることなく安定した効果が得られるかもしれません。

◆確認診断
「患部の近位取穴法」で求めた「ツボ」に刺鍼もしくは施灸をした後は、患部を再び揺すってみて痛くなくなったか患者さんに確認します。もし「変わらない」と言われた場合は、取穴からやり直すべきです。正確に取穴する要点は、自分の感触だけで判断しないで、患者さんに「痛いですか?」「痛くなくなりましたか?」と必ず前後に確認することです。また正確にツボの位置を確認するには、左中指(N指)に加えテイ鍼を使ってみて、ミリ単位で位置を特定することも大事なことです。

患部の痛みが軽減したことを患者さんと共に確認した後は、患者さんに床に立ってもらいます。患者さんの感覚として、腰の張りや違和感が軽減しているかどうかを確認します。それから患者さんの背部を観察して、治療前に確認していた骨盤や背骨の歪みが是正されているか確認します。

もし患者さんが「患側はよくなったけど反対側がまだ違和感がある」と言う場合は、反対側を上にして側臥位で同じように「患部の近位取穴法」を使い治療します。骨盤の左右バランスが特に大きいケースは両側を治療しています。

なお、骨盤変位には3軸変位(Heaving,Rolling,Pitching)がありますが、治療後の変化を正確に判定するためにも、治療前の観察ではどれに該当しているかを十分に把握しておくことです。高齢者の慢性腰痛のように長い間によって骨盤の変形が固定化してしまったケースを除けば、一般的な急性腰痛であれば、治療によって骨盤の歪みは是正されます。

急性腰痛が治療後にすっきり改善したと喜ばれる多くのケースは、深層の筋肉や靭帯レベルの緊張と痛みを弛めることで、骨盤や背骨の歪みが是正していることに尽きると考えています。「患部の近位取穴法」を使った治療は、そうした目的に有効な手立てになると認識しています。(了)

※指の極性とは
第46話:「磁石」と「指の極性」による触診技術 を参照
※「FMテスト」とは
さまざまの身体情報を受信するための診断法。道具を一切使わず、施術者の手指(Finger)と被検者の腕橈骨筋(Muscle)だけを使うのが特長。
第88~91話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」を参照


第165話:遠藤周作と聖母信仰と『沈黙』と



◆なぜ『アベマリア』に癒されるのか
クラシック音楽の世界には『アベマリア』とか『スターバト・マーテル(悲しみの聖母)』のように「聖母マリア」に関する多くの楽曲があります。基督教のカトリック教会だけに許された「聖母信仰」がその背景にあり、歴代の作曲家による同名の多くの作品があります。

西洋の宗教的歌曲にもかかわらず、日本ではどちらかといえばヒーリングミュージックとして受け入れられています。とはいえ、基督教徒でもないのに「聖母マリア」の音楽を聴いただけで、なぜか自然に癒されてしまう構図は冷静に考えてみてもおかしなことです。日本人の感性には、きっと特別な受信装置があるのかもしれません。

そんな疑問に応えてくれたのが、基督教徒(クリスチャン)でもある作家の遠藤周作(1923~1996)です。彼のエッセイによれば、長崎の隠れ切支丹たちは、基督教の「神」よりもむしろ「聖母マリア」に心ひかれていたといいます。しかも切支丹たちの聖母画はなんとなく泥臭く「おっかさん」のようであることから、彼らの聖母信仰とは西洋と異質の、むしろ日本人特有の母性的宗教心理によるものであったと指摘しています。だとすれば、現代の日本人が「聖母マリア」の音楽に癒されるのも、日本人の精神の基底に、隠れ切支丹と同じ母性的宗教心理がはたらくからであると理解できます。

◆日本人は「母の宗教」に心ひかれる
遠藤周作は、こうした母性的宗教心理を「母の宗教」と呼んでいました。そもそも基督教とは、戒律を重視した厳しい「父の宗教」と、深い愛を以て許すやさしい「母の宗教」とを兼ね備えたものであるとし、「聖母信仰」はその後者として存在していると解説しています。

一方で、日本人がこの「母の宗教」的世界に心ひかれる理由は、仏教が日本的展開をして、やっと根をおろし始めた鎌倉時代にあるといいます。鎌倉時代とは、それまでの「父の宗教」的な仏教から「母の宗教」的な仏教へと変化したこと、つまり浄土教(浄土宗や浄土真宗)の出現が大きく関与したということです。阿弥陀さまは、裁いたり罰したりする父ではなく、子どもの過ちを助けようとする母のように、普く衆生に浄土を補償する存在だということ。つまり、多くの民衆が浄土教(阿弥陀さま)に救われたことで、日本人の心に「母の宗教」的精神性が形成されていったと遠藤周作は説いているのです。

◆遠藤周作の異端性
わたしは遠藤文学のまじめな読者とはいえませんが、没後に出版された著作集を読んでいくうちに、こうした遠藤周作の宗教観に魅かれていきました。とりわけ仏教などの東洋思想に傾倒し、基督教を語りながらも東西の文化に拡がっていく独特の視座にはとても刺激を受けました。それと、彼の基督教の考え方には「異端性」を含んでいることが、なんといっても最大の特長といえるところです。

たとえば、仏教における「誰の心にも仏がある」とする「如来蔵(にょらいぞう)」の教えのように、遠藤周作には「心の中に神は存在する」もしくは「イエスは心の中に寄り添う」という確信があります。ところが基督教では「神」は天上の超越的存在であり、神を人間と同等に位置づける解釈そのものは異端と弾劾されます。

にもかかわらず、遠藤周作がそこにこだわる理由とは、日本人として生まれ、愛する母親に服を着せられるように基督教の洗礼を受けたころから、自分の心にある「東洋的で汎神的な感性」が内在しているからでした。基督教の教えと相反する「汎神的な感性」を持ち合わせながらも、ならば日本人の間尺に合った基督教があってもよいのではないかと、終生追い求めたところに遠藤周作の基督教文学の真髄があるのです。言い換えれば、それは「神と人間の関係性」の希求であり、彼の内面における「神の変容のドラマ」こそが、代表作『沈黙』を生んだとわたしは捉えています。

◆聖母信仰に隠れた異教性
ここで特筆すべきは、聖母信仰の歴史を紐解くと、意外な一面が見えてくることです。実は、そこを理解しておかないと基督教の底層の部分が見えてこないのです。

というのは、西欧のカトリック教会において「聖母信仰」は公式には長い間みとめていなかったことです。三位(父と子と聖霊)一体の教理のほかに「聖母信仰」を正式に認めたのは、1854年に法王ピオ9世がやっとマリアの無原罪説を採用し、第二次世界大戦も終わった1950年に法王ピオ12世が聖母被昇天を認めたほどなのです。

そもそも「聖母マリア」の教義は教会内部の神学論争の結果から生まれたのではなく、民衆層から起ってきた要求を教会が受け入れたものなのです。その歴史に詳しい心理学者のユングによれば、「中世に基督教が入ってから、原始の地母神の地域は基督教の聖地に変わり、ケルトの処女神は聖母マリアに変身したのである。」とあります。つまりユングに言わせれば、「聖母信仰は異教の地母神を吸収して、民衆信仰の底流を形成していったものである。したがって基督教には、実は見えない地下の根のところで異教的要素を内包している」と指摘しているのです。

遠藤周作にとって、プロテスタントではなくカトリックに救われるのは「聖母マリア」の存在が大きいと告白しています。つまり「聖母マリア」にはかつての異教である地母神が隠されているところに、自らがもつ「東洋的で汎神的な感性」は感応し、ついには異端ともいうべき立ち位置からも開放されたのではないでしょうか。

◆『沈黙』が意味するところ
遠藤周作は16~17世紀の日本人の基督教信仰には、仏教や汎神論が混在しているとみていました。そのことが彼を限りなく隠れ切支丹の世界に近づかせたといわれています。
さらに、『沈黙』で描かれた隠れ切支丹による「聖母信仰」には、西欧の中世における「地母神信仰」の姿を投影させたかのようにもみえます。それは、一見特異な「日本の基督教」を描いているようにみせて、実は西欧の基督教の底層に流れる原初的な精神性をも描いているようにもみえます。

聖母信仰が根強い地中海沿岸地方のシチリアからの移民の子であった巨匠マーティン・スコセッシ監督はそこに共鳴して、28年もの歳月をかけて映画『沈黙‐サイレンス‐』を制作したのではないでしょうか。

物語最後の場面はドラマチックで深く印象を残します。
棄教を強いられ思い苦しむ司祭のロドリゴに、神は救いの手をさしのべるでもなくただ「沈黙」をするだけでした。最後に、ロドリゴが踏み絵に足を上げた瞬間、
「踏むがいい・・・」と
ついにキリストは「沈黙」を破ります。

わたしの勝手な想像ですが、そのときのキリストの声は、まさに「阿弥陀さま」や「母」のような慈愛に満ちた声であり、発した声の主であるキリストは、ついに「如来蔵」のごとくロドリゴの心に宿したであろうと思うのです。(了)

※『神と仏』遠藤周作/山折哲雄監修(海竜社)平成12年
※『沈黙』遠藤周作(新潮文庫)平成16年
※『ユングとキリスト教』湯浅泰雄(講談社学術文庫)96年
  ユングの「聖母崇拝」についての講義内容を解説。(306頁)

※追記(2017‐01‐31):映画『沈黙-サイレンス-』の感想。
冒頭が、漆黒の闇に虫の声や鳥の囁き、そして波の音など、音楽のない静寂な「沈黙」から始まります。汎神的風土の中に神の存在を感じさせる演出です。それが終盤に登場するオレイラの「日本人は自然の中にしか神の存在を認めない」の言葉に符号します。それから、ロドリゴが棄教した後も、母なるイエスが心の中に寄り添っていたことを、スコセッシ監督は原作にないラストシーン(入棺したロドリゴの掌中でロザリオが輝くシーン)で見事に表現していました。
ただ、この作品は重いテーマを扱っていることを覚悟しないと、数々の残酷なシーンはきついかもしれません。

第164話:足頸のツボとドーパミンの関係

◆足頸を曲げる検査


上の写真は、患者さんの足頸を軽く曲げる検査をしています。
「足頸を曲げてみますので力抜いてくださいね」と言葉をかけ、患者さんの踵を下から包み込むようにして軽く屈曲してみます。

ここで診るのは、足関節を他動的に屈曲させたときに、スムーズに動くかどうかです。もし鉛のように「ギューッ」と重い場合であれば「鉛管現象」、もしくは歯車のように「ギコッギコッ」とぎこちなく抵抗する場合であれば「歯車現象」といいます。いずれの場合でも、両足首の動きを比較しながら症状に左右差があるかどうか確認してみます。
これらの「鉛管現象」や「歯車現象」がみられた場合には、神経伝達物質であるドーパミンの減少が疑われます。

◆ドーパミン減少の鑑別
脳幹の神経核から分泌する神経伝達物質のドーパミンは、人間の感情と行動に影響します。その大事なドーパミンが減少してしまうと次の症状があらわれます。

(1)意欲や興味、好奇心などが減退し、無気力な状態になる。
(2)パーキンソン病の症状(後述)

足頸を曲げる検査は、ドーパミンの減少を捉えるひとつの目安に使っていますが、大事なことは、ドーパミンがなぜ減少しているかという鑑別です。
それは次の3つのケースが考えられます。

1つ目は「パーキンソン病」(と既に診断されている場合)です。ドーパミンが通常の20パーセントに減少するとパーキンソン病になるといわれます。パーキンソン病には、「振戦(手足や頸がふるえる)」・「無動(身体の動きが緩慢になる)」・「固縮(筋肉が固くなる)」の3つの代表的な症状があります。先にとりあげた関節部の「鉛管現象」や「歯車現象」は、この中の「固縮」に該当します。足頸に限らず手首とか肘の関節の動きもこの対象部位になります。
ちなみに、「振戦」という動的(アクセル)症状は神経伝達物質のアセチルコリンが増えるために起きる症状で、一方「無動」「固縮」という静的(ブレーキ)症状は神経伝達物質のドーパミンが減少という関係になっています。つまり、パーキンソン病とは脳内における神経伝達物質間のバランスの崩れであり、これを東洋医学からみれば、当に陰陽のバランスの崩れとも理解できます。したがってパーキンソン病の治療には、西洋医学(服薬療法)だけではなく、並行して鍼灸治療を施すことも勧めています。

2つ目は「加齢」です。年齢が80代や90代になると(個人差はありますが)ドーパミンが自然に減少していきます。そうなると特にパーキンソン病と診断されなくても、足頸に固縮がみられることがあります。高齢になれば、次第に動作が緩慢になり筋肉が固くなってしまうのは、ドーパミンンが徐々に減少していくという、いわば自然な現象といえます。ここで大事なことは、実年齢に対して加齢が早いかどうかの見極めと、急に加齢が進まないように、いかに養生をするかです。それには鍼灸治療(家庭でのツボ療法も含む)がとても有効的な養生法になります。

3つ目のケースは「薬剤性パーキンソニズム」です。これは、最近特に多い、精神の病気(統合失調症やうつ病)の服用薬により、副作用としてパーキンソン病の症状を作り出してしまうことです。精神の病気に使われる薬のなかでも、特にドーパミンの働きを妨げる作用(ドーパミン拮抗作用)をもつ「向精神病薬」や「抗うつ薬」などの服用がこれに該当します。治療院に訪れる患者さんのなかでも、高齢者やパーキンソン病ではないのに、足首に固縮がみられたら、まずはそうした薬を服用していないか、その中でドーパミン拮抗作用のある薬を使っていないかを尋ねます。もし副作用の症状であれば、そのことを医師に伝えるようにアドバイスしています。

◆ツボの選択(配穴)
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以上のように、足頸の検査から固縮(鉛管現象や歯車現象)が認められた場合には、上の写真に示す3つのツボを使用しています。上から①上巨虚(じょうこきょ)、②解谿(かいけい)、③内庭(ないてい)という、いずれも胃経(正式には「足の陽明胃経」)上のツボです。

ツボの位置は、上巨虚は足三里から下ること3寸。前脛骨筋の筋腹上に位置して、かつ前脛骨筋のモーターポイント(MC)に当たるツボです。
解谿は足頸の背側中央に位置するツボです。この辺りは、足の指を背屈させる長拇趾伸筋腱や長趾伸筋腱を触れられる部位です。
そして内庭は、足の第2指と第3指の付け根の窪みに位置するツボです。
これらのツボで、解谿内庭はそれぞれ五行でいえば、経穴と栄穴であり、ふたつのツボを刺激することで陰陽のバランスも調えられると考えます。

次に経絡の面から考察すると、古典によれば「痿病には陽明胃経をつかう」とされています。この「痿病」とは筋肉が衰えて萎縮やしびれがある状態ですから、筋肉疾患には「胃経」を使うことはより最適な選択といえます。また、「陽明胃経は多気多血」との成句もあります。つまり「胃経」は経絡のなかでも「気」も「血」も豊富に流れている経絡とされています。逆に言えば、「胃経」を治療することで「気」「血」の流れを大いに改善できるということになるのです。

わたしは、これら3つのツボに灸点紙を貼り、経絡の走行に沿い①⇒②⇒③の順番で透熱灸を5~7壮繰り返し据えています。家庭でやる場合は、透熱灸に代わり「せんねん灸」のような簡便灸を使ってもよいでしょう。
この治療を継続していくと、足首の固縮が次第に改善していくことが実感できます。ぜひ家庭療法としても試してみてください。

◆むすび(鍼灸でドーパミン分泌低下を改善できるか)
足頸の固縮は表面的には筋肉疾患にみえますが、実際には脳内のドーパミン放出低下という背景があるわけです。それに対して鍼灸はどれだけの効果が期待できるのかという疑問は当然あるかと思います。そうした疑問に対して答えるならば、鍼灸は薬のような強い効果はないにしても、穏やかな効果はあると認識しています。

というのは、ドーパミンの放出に深く関与しているのが「安らぎ」の神経伝達物質であるセロトニンといわれているからです。そもそも「気の医学」「癒しの医療」と呼ばれる鍼灸治療を施すことは、身体がリラックスしてセロトニンが放出されます。また治療家と患者さんとの独特な治療空間からみても、それは「グルーミング」や「スキンシップ」と同質の効果であることから、セロトニンの放出がより期待できるというものです。
つまり、鍼灸治療によってセロトニンが放出され、それが刺激となってドーパミン放出の安定につながり、「意欲や興味、好奇心などが減退し、無気力な状態」という感情も、次第に改善してゆくと認識しています。(了)

‘17 今年もよろしくお願い申し上げます



あけましておめでとうございます。

2012年から始めた『安神堂の慎思録』をいつも読んでいただきありがとうございます。

これまで書いてきた記事のなかで、特に東洋医学以外の記事を振りかえると、茨木のり子、世阿弥、梁塵秘抄(後白河上皇)、斎藤史、岡倉天心、幸田露伴、夏目漱石、網野善彦、シュタイナー、ユング、中沢新一、井筒俊彦、森敦、宮沢賢治などをとりあげてきました。それと、歴史については、東アジアの古代史と近代史、宗教については仏教・道教・儒教のほか神道や修験道など、いずれもが、個人的に興味があるものを選んで書いてきたものです。

わたしは本を読むことは好きです。ただ、若いときのような乱読する勢いはなくなったとはいえ、最近では、きわめて選択的に多読した上で、それが気が合う本となれば何度も繰り返して読むようになってきました。

「東洋医学」に直接関係ないものでも、多読を繰り返していくと、いつの日か、それぞれの情報と情報が突然繋がり、自分の世界の中で編集されていくという楽しみを何度か味わっております。元々、思想や文化の成り立ちは先人たちの情報の編集作業によってなされてきたと松岡正剛は論じていますが、読書という個人的な営みの中にも、情報の編集作業という醍醐味は享受できるものであると認識しています。

そもそも、東洋思想自体が「仏教」「道教」「儒教」などによる重層構造で成立している歴史的背景を考慮するならば、一見逆引きに似た読書のアプローチは、先人が担ってきた情報の編集作業のあらましを体感することにもなると思っております。
もちろん、東洋思想と直結した治療についての身体性の記録も、随時書き留めていきます。
今年もかわることなく、あくまでも好奇心の流れに掉さして、きわめて直観の赴くままに、先人の智慧の海へと航海を続けてまいります。(了)
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