第173話:アンテナが敏感な方のためのツボ(2/2)

◆霊性に関わる経絡とツボ
宗教学者・山折哲雄が「人間には誰であれ、心や精神に関心をむける『心的な世界』と、『霊的な世界』のふたつを内蔵している。」との見解を以前に紹介しました。  ※参照:第99話:背中のツボでみえるもの
ここで『心的な世界』とは、日常生活のなかで自我とか自己とかの名で呼ばれる「発信器」のような光を発して現実世界に応答するという通常の精神活動です。一方「霊的な世界」とは、人間の奥深いところに隠されて、見知らぬ世界に敏感に反応するいわば「受信器」のようなもので、ひとたび生命の危険とか異常な事件に出くわすと突然霊感的なものに応答する世界のことです。

前回述べた、アンテナが敏感な方がもつ受信能力の反応系である「霊性」とは、当にこの「霊的な世界」を意味しています。
ならば、この「霊性」に対応して受信器のようにはたらく経絡とツボが当然存在するはずです。多くの「アンテナが敏感な方」を観察したところ、経絡は「心包経」であり、ツボは「霊台」を代表とする「霊」の付く経穴群、および「魂」「魄」の付く経穴であるとするのが、わたしの結論です。

「心包経」は実体のない臓器「心包」に関わる経絡です。心包が「心臓を取り囲む外堀のような」と形容されるのは、直接に心臓が侵襲されないように言わば「盾」の役割があるからです。つまり霊的な刺激をまずは「心包」で受け止めると解釈すれば、関連経絡である「心包経」が反応するのも当然と考えられるのです。
実際、FMテストでの経絡診断で「心包虚」の反応を確認できます。ただ、通常の「心包虚」では右の「内関」穴に反応がでるところ、「アンテナが敏感な方」が霊的な刺激を受けているときには、後述する右の「郄門(げきもん)」穴に反応するのが特徴です。
「霊」の付く経穴群に関しては、「霊台考」で述べた通りです。特に「霊台」は当に「背中の眼」のように顕著な反応を示すツボです。  ※参照:第39話:「霊台」考(その3)
次に、実際の治療穴について写真を交えて説明します。

◆仰臥位の配穴
右の郄門+左の蠡溝+檀中
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上の写真は仰臥位で3穴に治療している様子です。患者さんの右前腕中央にある「郄門(げきもん)」穴に金製の鍉針、次に左足の内側で脛骨中央の溝上に位置する「蠡溝(れいこう)」穴に銀製の鍉針、そして胸の中央にある「檀中(だんちゅう)」穴に銀製の鍉針を、それぞれテープで固定して置鍼をしています。

主たる経絡(「主経」といいます。)は心包経です。その要穴として選んだのが郄穴(げきけつ)の「郄門」。沢田流によれば「郄穴は急性病の治療点」と指摘されていますが、この場合は、杉山勲がかつて「郄穴は暦の変わり目に反応しやすい」と指摘した点に着目します。というのは「暦の変わり目」というほどめったに反応するものではなく、まさに「郄穴は非常時に反応するツボである」と実感しています。

次のツボが肝経の「蠡溝(れいこう)」穴。肝経を選んだのは、肝経は心包経の五行相生関係による母経であり、同陰関係(共に厥陰経)にあるからです。そのなかで「蠡溝」はFMテストで反応を確認できることによりますが、文献を探せば、「郄門」と「蠡溝」の二穴は平田内臓吉(1901~1945)が考案した「平田氏帯」における同一帯にあるということ。また右―左の「タスキ掛け」の配穴にしたのは間中良雄(1901~1945)のイオンパンピングの配穴法を参考。つまり心包経の反応穴である気海穴と檀中穴など、任脈上(正中線上)の圧痛を消滅させるには「タスキ掛け」の配穴が有効とされているからです。

最後に胸中央、任脈上の「檀中(だんちゅう)」穴は、心包経の募穴(ぼけつ)にあたります。さらには、本山博によれば、檀中は密教ヨーガでは「心臓のチャクラ=アナハタチャクラ」に該当すると指摘しています。アンテナ敏感な人は総じて「アナハタチャクラ」が反応しています。本山の指摘は、ツボが経絡上の反応系を示すだけではなく、おそらく異なる位相の反応系にも通ずることを示唆しているものと考えられます。

◆伏臥位の配穴
刺鍼(浅刺置鍼):厥陰兪、肝兪、腎兪(以上背部/膀胱1行)、承霊(頭部/胆経)
透熱灸(灸点紙):命門、緊縮、霊台、th4/5(以上背部中央/督脈)
        この順番(下から上)で施灸する。
透熱灸(灸点紙):魄戸、魂門 (以上背部/膀胱2行)  
        この順番(上から下)で施灸する。

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厥-肝-腎の背兪穴を選びます。まずは主経の心包系としての厥陰兪。その母経(肝経)、そのまた母経(腎経)としての肝兪、腎兪を配穴。さらに背兪穴中央の督脈穴であるth4/5(無名穴)、緊縮、命門を加えます。
以上のツボに、「第99話:背中のツボでみえるもの」で論究した「霊的な世界」に通じるツボとして承霊、霊台、魄戸、魂門を配穴します。
背兪穴と頭部の承霊のみ刺鍼、他は灸点紙による透熱灸。施灸の順番は経絡の走行に順じます。(了)

※注:文中の「檀中」の「檀」の字は正確には「きへん」ではなく「にくづき」です。
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第172話:アンテナが敏感な方のためのツボ(1/2)



◆平安の昔から
平安時代の『源氏物語』に、生霊や怨霊に憑りつかれて横川(よかわ)の僧都に祈祷してもらうという行(くだり)があります。病といえば細菌やウイルスを思い浮かべる現代人にとってみれば、生霊とか怨霊はきわめて非科学的で迷信の類としか受け止められないでしょう。

しかしながら、わたしたちの普段の生活では、たとえば他人から受けた一方的な思いが心理的に重くのしかかり心を病んでしまうことがあるわけです。生霊や怨霊などと、おどろおどろしい表現にしなくても、「ひとの思い」が心に届くことで人が病になる構図としてみれば、実は今も昔もそれほど変わらないということ。だから現代人の日常的な病のひとつのように冷静に受けとめてみれば、平安時代の生霊や怨霊であれ、それほど特別扱いする必要はないように思うのです。

◆「悪い気」を受ける
人と人の関係性が「気の交流」で成り立つとする「気の医学」からみれば、病に至らしむ「ひとの思い」の正体も、やはり「気」の存在となります。人と人は「気」のキャッチボールをしながら関係性を築いていくなかで、そこに「よい気」もあれば「悪い気」もあるということ。「よい気」であれば共感や感動や安心を与えてくれるものですが、「悪い気」となればそれこそ「気が重い」などの気分や「身体がだるい」などの症状に波及してしまうものです。

もちろん気分障害や身体症状の程度には個人差があります。その方がもつ感受性とか受信能力の差によります。そうしたことが原因で治療院に訪れる患者さんを観察すると、総じてひと一倍受信能力に長けた「アンテナが敏感な方」が多いことがわかります。たとえば、これまでに、次のような症例がありました。
「傍にイライラしている人がいるだけで、そのイライラを受けてしまう。」
「母親がもつ怒りを、娘がまるでシェアするかのように受けていた。」
「念の強い人から負の感情を受けてしまった。」
「親しい人が亡くなり、そのあと身体がだるかったり眠かったり」

人と人との関係で、パワーのある人から何か重いものを受けてしまうとか、人と場(自然)の環境下で、急に身体が重くなって体調を崩すなど、いろいろなケースがあります。随伴症状も様々で、自分の呼吸(リズム)が保てなくて浅い呼吸になり自律神経系症状が出てしまうとか、その方にとって一番弱い所(経絡)に症状が出てしまうなどです。

◆そもそもアンテナが敏感な方とは
「アンテナが敏感な人」は俗に「憑依体質」と呼ばれています。それだけに、日常生活上厄介なことが絶えないという印象を与えます。
しかしながら、それを「受信能力が長けている」と逆に考えてみれば、それだけ特化した「能力」であることに気づくはずです。ちなみに、芸術家(アーチスト)の多くは「アンテナが敏感な人」たちであり、受信能力をそれこそ最大限に活用した上に、表現手段としての発信能力を以て芸術作品に昇華しているのです。

芸術家でなくとも普通の人々であれ、「受信能力が長けている」ということは、感受性に優れているだけでなくて、それに呼応する反応系も早いということ。たとえば、絵画を観る・音楽を聴くことに対して、それが自分に合うか合わないか(本物か否か)を瞬時に答えをだせる人であり、作品にこめられたメッセージに瞬時に照応できる人でもあります。

わたしは、こうした「能力」を概して「霊性」と解釈しています。
「霊性とは、芸術と宗教が合体する次元において、知性や感性を超越して成立するものである。」
これは横尾忠則の発言ですが、宗教に抵抗あるとすればそれを「精神性」と置き換えてもよいと思います。この「能力」が長けた人とは、心理学的には深層の無意識レベルが潤沢で直感・ひらめきに富み、仏教での唯識思想でいえば根本心である「阿頼耶識(あらやしき)」が潤沢であることを意味しています。つまり、それは「見えない大事なもの」を見抜く「霊性」に通じていることだと認識しています。

◆ちょっと一言
ここで言葉を変えて「なにかに憑依された」ときの治療と、ひとくちで言ってしまうと、誤解を受けてしまうその危険性を知っているつもりなので、慎重に言葉を選んでここまで書いたつもりです。
「霊性」を口にすることに抵抗がない基督教に対して、「霊性」を感じていても口にしないのが日本の文化なのかもしれません。

とはいえ、患者さんは様々な愁訴を抱えて今日も来院するわけで、アンテナが敏感故の愁訴もそのひとつなのです。大事なことは、特段そのことを以て怖がる必要はないということ。そして、「霊性」という問題がそこに内在しているということなのです。
次回は、わたしなりの具体的な治療法を提言します。(つづく)

第164話:足頸のツボとドーパミンの関係

◆足頸を曲げる検査


上の写真は、患者さんの足頸を軽く曲げる検査をしています。
「足頸を曲げてみますので力抜いてくださいね」と言葉をかけ、患者さんの踵を下から包み込むようにして軽く屈曲してみます。

ここで診るのは、足関節を他動的に屈曲させたときに、スムーズに動くかどうかです。もし鉛のように「ギューッ」と重い場合であれば「鉛管現象」、もしくは歯車のように「ギコッギコッ」とぎこちなく抵抗する場合であれば「歯車現象」といいます。いずれの場合でも、両足首の動きを比較しながら症状に左右差があるかどうか確認してみます。
これらの「鉛管現象」や「歯車現象」がみられた場合には、神経伝達物質であるドーパミンの減少が疑われます。

◆ドーパミン減少の鑑別
脳幹の神経核から分泌する神経伝達物質のドーパミンは、人間の感情と行動に影響します。その大事なドーパミンが減少してしまうと次の症状があらわれます。

(1)意欲や興味、好奇心などが減退し、無気力な状態になる。
(2)パーキンソン病の症状(後述)

足頸を曲げる検査は、ドーパミンの減少を捉えるひとつの目安に使っていますが、大事なことは、ドーパミンがなぜ減少しているかという鑑別です。
それは次の3つのケースが考えられます。

1つ目は「パーキンソン病」(と既に診断されている場合)です。ドーパミンが通常の20パーセントに減少するとパーキンソン病になるといわれます。パーキンソン病には、「振戦(手足や頸がふるえる)」・「無動(身体の動きが緩慢になる)」・「固縮(筋肉が固くなる)」の3つの代表的な症状があります。先にとりあげた関節部の「鉛管現象」や「歯車現象」は、この中の「固縮」に該当します。足頸に限らず手首とか肘の関節の動きもこの対象部位になります。
ちなみに、「振戦」という動的(アクセル)症状は神経伝達物質のアセチルコリンが増えるために起きる症状で、一方「無動」「固縮」という静的(ブレーキ)症状は神経伝達物質のドーパミンが減少という関係になっています。つまり、パーキンソン病とは脳内における神経伝達物質間のバランスの崩れであり、これを東洋医学からみれば、当に陰陽のバランスの崩れとも理解できます。したがってパーキンソン病の治療には、西洋医学(服薬療法)だけではなく、並行して鍼灸治療を施すことも勧めています。

2つ目は「加齢」です。年齢が80代や90代になると(個人差はありますが)ドーパミンが自然に減少していきます。そうなると特にパーキンソン病と診断されなくても、足頸に固縮がみられることがあります。高齢になれば、次第に動作が緩慢になり筋肉が固くなってしまうのは、ドーパミンンが徐々に減少していくという、いわば自然な現象といえます。ここで大事なことは、実年齢に対して加齢が早いかどうかの見極めと、急に加齢が進まないように、いかに養生をするかです。それには鍼灸治療(家庭でのツボ療法も含む)がとても有効的な養生法になります。

3つ目のケースは「薬剤性パーキンソニズム」です。これは、最近特に多い、精神の病気(統合失調症やうつ病)の服用薬により、副作用としてパーキンソン病の症状を作り出してしまうことです。精神の病気に使われる薬のなかでも、特にドーパミンの働きを妨げる作用(ドーパミン拮抗作用)をもつ「向精神病薬」や「抗うつ薬」などの服用がこれに該当します。治療院に訪れる患者さんのなかでも、高齢者やパーキンソン病ではないのに、足首に固縮がみられたら、まずはそうした薬を服用していないか、その中でドーパミン拮抗作用のある薬を使っていないかを尋ねます。もし副作用の症状であれば、そのことを医師に伝えるようにアドバイスしています。

◆ツボの選択(配穴)
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以上のように、足頸の検査から固縮(鉛管現象や歯車現象)が認められた場合には、上の写真に示す3つのツボを使用しています。上から①上巨虚(じょうこきょ)、②解谿(かいけい)、③内庭(ないてい)という、いずれも胃経(正式には「足の陽明胃経」)上のツボです。

ツボの位置は、上巨虚は足三里から下ること3寸。前脛骨筋の筋腹上に位置して、かつ前脛骨筋のモーターポイント(MC)に当たるツボです。
解谿は足頸の背側中央に位置するツボです。この辺りは、足の指を背屈させる長拇趾伸筋腱や長趾伸筋腱を触れられる部位です。
そして内庭は、足の第2指と第3指の付け根の窪みに位置するツボです。
これらのツボで、解谿内庭はそれぞれ五行でいえば、経穴と栄穴であり、ふたつのツボを刺激することで陰陽のバランスも調えられると考えます。

次に経絡の面から考察すると、古典によれば「痿病には陽明胃経をつかう」とされています。この「痿病」とは筋肉が衰えて萎縮やしびれがある状態ですから、筋肉疾患には「胃経」を使うことはより最適な選択といえます。また、「陽明胃経は多気多血」との成句もあります。つまり「胃経」は経絡のなかでも「気」も「血」も豊富に流れている経絡とされています。逆に言えば、「胃経」を治療することで「気」「血」の流れを大いに改善できるということになるのです。

わたしは、これら3つのツボに灸点紙を貼り、経絡の走行に沿い①⇒②⇒③の順番で透熱灸を5~7壮繰り返し据えています。家庭でやる場合は、透熱灸に代わり「せんねん灸」のような簡便灸を使ってもよいでしょう。
この治療を継続していくと、足首の固縮が次第に改善していくことが実感できます。ぜひ家庭療法としても試してみてください。

◆むすび(鍼灸でドーパミン分泌低下を改善できるか)
足頸の固縮は表面的には筋肉疾患にみえますが、実際には脳内のドーパミン放出低下という背景があるわけです。それに対して鍼灸はどれだけの効果が期待できるのかという疑問は当然あるかと思います。そうした疑問に対して答えるならば、鍼灸は薬のような強い効果はないにしても、穏やかな効果はあると認識しています。

というのは、ドーパミンの放出に深く関与しているのが「安らぎ」の神経伝達物質であるセロトニンといわれているからです。そもそも「気の医学」「癒しの医療」と呼ばれる鍼灸治療を施すことは、身体がリラックスしてセロトニンが放出されます。また治療家と患者さんとの独特な治療空間からみても、それは「グルーミング」や「スキンシップ」と同質の効果であることから、セロトニンの放出がより期待できるというものです。
つまり、鍼灸治療によってセロトニンが放出され、それが刺激となってドーパミン放出の安定につながり、「意欲や興味、好奇心などが減退し、無気力な状態」という感情も、次第に改善してゆくと認識しています。(了)

第150話:「華陀夾脊穴」について(2/2)



前回は、「華陀夾脊穴」(以下「華佗穴」)の主治として、『素問・繆刺篇』を基に「経絡病」を中心に説明しました。今回は「臓腑病」への応用について言及します。

◆現代中医学では
現代中医書の『針灸學簡編』(中医研究院1959年出版)を調べてみると、「華佗穴」の主治について「一般的に咳嗽、喘鳴、胸脅痛、肋間神経痛、肺結核、下肢麻痺等によしとされ、また部位別に分類すると、上胸部の夾脊穴は心肺病や上肢の病症に。下胸部の夾脊穴は胃腸病症に。腰部の夾脊穴は腰部、腹部、及び下肢の病症によい」とされています。
 上胸部の夾脊穴 ⇒心肺病や上肢の病症 
 下胸部の夾脊穴 ⇒胃腸病症
 腰部の夾脊穴   ⇒腰部、腹部、及び下肢の病症

この部位別の主治をみただけでも、「経絡病」と「臓腑病」に効く、まるで「万能のツボ」のようで、にわかに信じがたい気になります。というのも主治の通りならば「華佗穴」に隣接した「膀胱一行」線の「背兪穴」と同じになるからです。

◆沢田流の「背部三行」
ところが、その「華佗穴」の効能にいち早く注目し体系化した日本人の治療家がいました。鍼灸の名手と謳われた沢田健(1877~1938)です。沢田の自書は遺されていないのですが、弟子の代田文誌(1900~1974)による、沢田流聞書と銘打った名著『鍼灸真髄』には、沢田独特の治療理念の数々が公開されています。

その『鍼灸真髄』によれば、沢田は「華佗穴」を「背兪穴」の仲間に組み込んで体系化しています。その上で「華佗穴」(督脈から両傍0.5寸の位置)のラインを「第一行」とし、従来の「膀胱第一行」(督脈から両傍1.5寸の位置)を「第二行」、さらに従来の「膀胱第二行」(督脈から両傍3寸の位置)を「第三行」と解釈をし直しているのです。
 「華佗穴」のライン ⇒沢田流「膀胱第一行」
 「膀胱第一行」線  ⇒沢田流「膀胱第二行」
 「膀胱第二行」線  ⇒沢田流「膀胱第三行」


この場合の「華佗穴」の名称は、肝兪の内側であれば「肝兪第一行」、腎兪の内側であれば「腎兪第一行」というように、それぞれ便宜的に名付けられます。

代田の解説によれば、沢田が「華佗穴」に注目するきっかけとなったのは、シーボルトに鍼を教えたとされる石坂宗哲(1770~1841)の著『鍼灸説約』にあるといいます。ただ、石坂宗哲は「華佗穴」が応用範囲の広いことを説いていますが、「背兪穴」の仲間に組み込むまでには至らなかったとし、この沢田流「背部の三行」は、あくまでも沢田の独創的理論であると強調しています。

◆「華佗穴」の主治
したがって「華佗穴」は沢田流の「膀胱第一行」になります。代田は『鍼灸治療基礎學』のなかで、「膀胱第一行」の主治について次のような例を紹介しています。

(略)その応用として面白いのは、沢田先生の説によれば、
舌に痛みあるものが心兪第一行でとれ
眼に痛みあるものが肝兪第一行でとれ
胃に痛みあるものが脾兪または胃兪の第一行でとれ
腸に痛みあり下痢するものが大腸兪の第一行でとれ
風邪で咳嗽のでるものが、風門と膈輸の第一行でとれる
というようにして、その応用の無限なることである。

(『鍼灸治療基礎學』323頁:膀胱経第一行の応用)より

◆病の進行度による差別化
では従来の「背兪穴」とどう区別して使用すればよいのかという疑問が生じます。それに対し沢田は病の進行度に応じて使い分けると説きます。

沢田先生の説によれば、凡そ病の起こりは背腰部の第一行にあらわれ(これを第一期という)それが漸次第二行に移行し(第二期)、愈々重くなると第三行に入る(第三期)のであって、従来病が膏肓に入ると云ったのは第三期に相当する。(膏肓は第三行。京門も第三行の部位である。)
(『鍼灸治療基礎學』323頁:膀胱経第一行の応用)より

となると、沢田流「膀胱第一行」である「華佗穴」は、比較的新しい病(新病)、殊に熱のある急性病のときに、その反応を最も呈しやすいということ。逆に比較的古い病(久病)に対しては、沢田流「膀胱第三行」を取穴すればよいし、また普段の「気の調整」という意味合いでは、沢田流「膀胱第二行」を取穴すればよいと解釈できます。
 「急性病(新病)」⇒ 沢田流「膀胱第一行」(華佗穴)
 「気の調整」   ⇒ 沢田流「膀胱第二行」(背兪穴)
 「慢性病(久病)」⇒ 沢田流「膀胱第三行」


◆結びに
以上のように、「華佗穴」を沢田流の「背部三行」の一部として解釈し、「臓腑病」の治療に活用しています。たとえば経絡診断で「肝虚証」のときは「背部三行」上のツボで、「肝兪第一行」と「肝兪」と「魂門」の横に並ぶ3穴の反応を確かめ、それと病の進行度と照合しながらツボを決めます。殊に病が昨日今日のものや、急性疾患であれば、必ず「華佗穴」である沢田流「第一行」の反応を確かめるようにしています。
鍼灸の名手・沢田健が遺した智慧を継承しつつ、こうして臨床で検証していくことが、わたしたち治療家の務めだと考えております。(了)


※代田文誌著『沢田流聞書・鍼灸真髄』医道の日本社(昭和51年)
沢田流の真髄を紹介したロングセラー書。
※代田文誌著『鍼灸治療基礎學』医道の日本社(1940年)
※石坂宗哲(1770~1841)
江戸後期の鍼灸医家。オランダ医学を研究し、鍼灸での漢蘭折衷を計った。彼の鍼灸術は『鍼灸説約』に説かれている。

第149話:「華陀夾脊穴」について(1/2)



◆はじめに
脊柱(脊椎)を挟み込むような位置に、左右一対ずつの「華陀夾脊穴(かだ・きょうせきけつ)」というツボがあります。成書には「第1胸椎から第5腰椎までで、それぞれの棘突起(きょくとっき)の下、両側に0.5寸離れた位置にあり、左右各々、胸椎の傍(胸夾脊)に12穴、腰椎の傍(腰夾脊)に5穴、合計17穴」とあります。
ここで「棘突起の下」とは脊椎間の谷間(凹部)のこと。骨度法(古代のヒューマンスケール)によれば(患者さんの)親指の幅が「1寸」とするので、両側「0.5寸」とは脊椎間の谷間から約1センチの位置になります。

ツボ名に冠した「華佗(かだ)」とは後漢末に活躍した名医です。漢薬や針灸には非凡な才能を示し、問診もせずに病気の原因を突きとめ、ときに「麻沸散(まふつさん)」という麻酔薬を使って外科手術をし、または「五禽戯(ごきんぎ)」という導引術(今でいう体操法)を考案したとされる人物です。また『三国志』では、魏の曹操の治療を断ったとする罪で捕らえられ、ついには獄死と記されるように、華佗は体制に与(くみ)しない孤高の名医としても描かれています。

この「華陀夾脊穴」(以下「華佗穴」)は、名医「華佗」の名を冠することからも、歴代の医家たちが「華佗穴」を特別重要なツボとして扱ってきたことは明らかです。
そこで今回は、関連する古典の文献、近代の治療家による捉え方、さらに、わたしなりの使い方などを織り交ぜながら、「華陀穴」の魅力に迫ってみます。

◆古典の『素問』では
「華陀穴」について初めて触れた文献は『黄帝内経・素問(こうていだいけい・そもん)』の繆刺論篇(びゅうしろんへん)にあります。
その内容は「邪気が太陽経の絡(背中を走る膀胱経)に宿ると、痙攣を起こして背中が引きつれ脇に響いて痛む。そのときは大椎から下の位置で、背骨の両傍を強く押さえて痛む箇所にツボを取り、これを三刺する」と記載しています。

これは現代で言えば、「ぎっくり背中」や「ぎっくり腰」に該当する筋性疾患に効くツボであると解釈できます。ちなみに唐代の医学書『千金要方』においても、「華陀穴」は「転筋(こむらがえり)」に効くとされ、これも筋肉のこわばりの症状になります。
つまり、「華陀穴」とは総じて筋肉がこわばるような疾患、しかも(下肢も含めた)背部の膀胱経上に現れた筋性疾患に適用するツボであると考えられます。

◆実際の取穴法
では実際の取穴法を説明します。先に述べたように「華陀穴」は複数のツボ群です。当該症状を治療するためには、症状を最も改善できるツボを、そのゾーンから、いかに正確に捉えるかがポイントになります。「指の極性」を応用したわたし流の取穴法を基に、以下の各疾患についての手順をまとめてみました。

【頸痛の場合】:
これは、朝起きると頸が回らない「寝違い(落枕)」などの頸痛のケースです。
ベッドに側臥位(患部を上)で寝てもらいます。
頸椎の周辺を慎重に押して痛い処を探します。往々にして頸椎の横突起辺りに圧痛を伴う凝りを確認できます。確認できたらそこに印をつけます。
右手の第2第3指の指腹でその印をした箇所を軽くゆすります。ゆすると痛いことを患者さんに必ず確認します。
左手のN指(第3指)の指尖を、周辺の任意の「華陀穴」にゆっくりスライドさせて、同時に触診している右手の第2第3指の指腹で感じる凝りが「ストン」と弛む箇所を探します。
「ストン」と弛むと同時に、患者さん側も痛くなくなることを確認します。
そこが治療すべきツボ「華陀穴」の位置となります。
尚、頸痛につかう「華陀穴」は、胸椎の1番から4番辺りのいずれかの胸夾脊にあります。
《参照》⇒第167話:患部の近位取穴法(頸痛編)

【背筋痛の場合】:
これは、背骨の両側にある脊柱起立筋や、肩甲骨の内側にある菱形筋などを傷めた、所謂「ぎっくり背中」のケースです。
ベッドに側臥位(患部を上)で寝てもらいます。
痛いという患部を確認します。そこに印をつけます。尚、痛い姿勢をさせて痛みを再現させると患部の位置がより正確に把握できます。
右手の第2第3指の指腹で、印をした箇所を(筋線維と直角方向に)軽くゆすり、ゆすると痛いことを患者さんに必ず確認します。
左手のN指(第3指)の指尖で、胸夾脊の任意の「華陀穴」をスライドさせて、同時に触診している右手の第2第3指の指腹で感じる凝りが「ストン」と弛む箇所を探します。
「ストン」と弛むと同時に、患者さん側も痛くなくなることを確認します。
そこが治療すべきツボ「華陀穴」の位置になります。
尚、背筋痛につかう「華陀穴」は、患部から斜め上方にある胸夾脊にあります。

【腰痛の場合】:
これは、腰椎周囲の筋肉、腸骨稜上部の筋肉、仙腸関節周りの筋肉などを傷めた、所謂「ぎっくり腰」のケースです。
ベッドに側臥位(患部を上)で寝てもらいます。
痛いという患部を確認します。そこに印をつけます。尚、痛い姿勢をさせて痛みを再現させるか、立位で正常な姿勢に戻してあげると、患部の位置がより正確に把握できます。
右手の第2第3指の指腹で、印をした箇所を(筋線維と直角方向に)軽くゆすり、ゆすると痛いことを患者さんに必ず確認します。
左手のN指(第3指)の指尖で、腰夾脊の任意の「華陀穴」をスライドさせて、同時に触診している右手の第2第3指の指腹で感じる凝りが「ストン」と弛む箇所を探します。
「ストン」と弛むと同時に、患者さん側も痛くなくなることを確認します。
そこが治療すべきツボ「華陀穴」の位置になります。
尚、腰痛につかう「華陀穴」は、患部から斜め上方にある腰夾脊にあります。
《参照》⇒第166話:患部の近位取穴法(腰痛編)

◆「華陀穴」への治療法と効果の確認
取穴した「華陀穴」には刺鍼か施灸を選びます。
刺鍼の場合は、1センチぐらいの刺入で雀啄して少し響かせます。施灸の場合は透熱灸を5~7壮据えます。
治療後、患部がゆすっても痛くないかを確認します。腰痛の場合は、立位になってもらい骨盤(前傾や後傾)や背骨(左傾や右傾)の変位が是正されているかを確認します。

◆「華陀穴」の特長
「華陀穴」はシャープな効き目を呈するという実感を持っています。特に筋肉の表層部というより、筋肉の深層部や、さらに靭帯レベルに達するような感触を得ています。
したがって、正確な取穴と適量な刺激量を得られれば、靭帯レベルの緊張を弛めることによって、背骨や骨盤の歪みまでが正常に戻すことができます。
また刺鍼の安全性も期待できます。特に背筋痛のように、患部が胸背部であると、鍼の深刺しは気胸を起こす危険があります。その点、患部に刺鍼することなく、華佗穴に刺鍼することで痛みがとれれば、そうした医療事故を起こさずに済みます。

次回は経絡病から臓腑病への使い方について説明します。(つづく)


※『黄帝内経・素問』の繆刺論篇「華佗夾脊穴」の行
「邪客於足太陽之絡、令人拘攣背急引脇而痛、
刺之従項始数脊椎夾脊疾按之應手如痛刺之傍三■立巳」

※「指の極性」を使った取穴法について
参照記事⇒「第46話:磁石と指の極性による触診技術」
参照記事⇒「第103話:患部の近位取穴法」