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第202話:中嶋泉『アンチ・アクション(日本戦後絵画と女性画家)』



2020年のサントリー学芸賞(芸術文学部門)を受賞した中嶋泉さん(大阪大学大学院准教授)の『アンチ・アクション(日本戦後絵画と女性画家)』を読んでみました。

この本は、戦後美術史のジェンダー的問題を探り、草間彌生(1929~)、田中敦子(1932~2005)、福島秀子(1927~1997)という三人の女性美術家の創作活動を見直し、戦後文化のもとで女性がくぐり抜けた政治状況を確認し、その挑戦としての彼女たちの作品の再解釈を試みています。

ジェンダーの視点から覗いた、60年代あたりの日本の現代美術界の実情には驚きました。画壇には旧態依然たる男性中心のヒエラルキーが確立して、女性美術家には「女性らしさ」が求められ、活躍の場すらも排除するという有様だったとか。当時の著名な美術評論家ですら「芸術家と女性とが自分の中で結びつかない」などと(まるで今の森喜朗のような?)因襲的な女性観の言説が普通にみられたというのです。

そんな男性中心主義の画壇において、田中敦子(具体美術協会)と福島秀子(実験工房)の二人は、「男性的」と見なされる方法とは違う形で主体的に芸術活動に取り組み実績を残しています。一方の草間彌生といえば、早々に日本画壇とは決別し57年に渡米。ニューヨークデビューを契機に、抽象表現主義の第二世代作家の一人として確固たる地位を築いたと言われています。

これら3人の女性美術家の、再評価されるべき共通した創作活動上の業績とは、60年代に席巻した絵画思想「アクションペインティング」に対しての、オルタナティブを示そうとしたことにあると著者は指摘します。ここで「アクション」が意味するのは、即興的な筆使い、大振りな体の動き、絵具の飛沫が象徴するなど、男性性の激しさにありました。表題の「アンチ・アクション」とは、彼女たちがそうした男性性に対抗してみせた(性別や民族を超えたところの)差別化の芸術意識を、当に象徴的に表しているのです。

現在最も著名な日本の美術家である草間彌生に留まらず、今や故人となった田中敦子と福島秀子という同時代に生きた最も革新的な二人を加え、さらに戦後美術史のジェンダー的視点で、彼女たちの「アンチ・アクション」と表する創作活動を見直し、現代の俎上に上げてみせたところが、この本の魅力であり最も革新的なところだと実感できました。

※中嶋泉『アンチ・アクション(日本戦後絵画と女性画家)』株式会社ブリュッケ(2019年)
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第201話:古井由吉『われもまた天に』を読んで



今や現代文学の最高峰とまで評価されている作家・古井由吉(享年82)が亡くなったのが昨年の2020年2月。一昨年来、『新潮』に発表してきた連作の3作目が、昨年の5月号に未完のまま遺稿として発表された。そんな一連の経緯を知らないまま、その2作目の短編『われもまた天に』が掲載された『新潮』2019年9月号を、偶然にもブックオフで見つけ、流れに赴くまま、初めての体験となる古井文学の世界へと入り込んでみた。

その『われもまた天に』は驚いた。というのは、まるで現在の新型コロナウイルスの感染拡大を予見していたかのように、古来の「疫病」について言及していた。古井由吉がこの短編を執筆した時期は一昨年の4月~5月の改元の頃。折からの「寒の戻り」というべき天候不順が続き「冬が暖かく春になり冷え込むと、とかく疫病の流行を見る、と古い漢方では考えられていたようだ。」と東洋の伝統医学の知見で、近々来るであろう「疫病」を予見していたのだ。

「疫病」とはウイルスや細菌で感染するのではない。「天の癘気(れいき)のもとで人に一斉に、重い軽いはあっても(中略)ひとしく起こる危機・・」とあり、そもそも「疫病」は「天」から等しく下される「危機」であり、あくまで「天」と「人」の関係の問題だと言うのだ。

亡くなる1年前、改元の頃の古井由吉はといえば、老いと病を抱えながら、どんな細やかな天候の異常さでさえも心身まるごとで感受していたに違いない。だからこそ、「天(自然)」と「人」の深淵に及ぶほどの濃密な文体として古井文学が成立しているのは、きっと自然との照応をとことん試みたからなのだろう。自然と人の境界線がない世界だけに、読み込んで深みにはまる魔力がこの作品にある。

蛇足ながら、もうひとつ驚いたのが、森鴎外からの引用である。
古井由吉は老いていく上で不可欠な「天」と「人」の理について、明代の医学者・李挺(りてい)の言葉を引用している。それが実は森鴎外の史伝のなかの『伊沢蘭軒』からの孫引きなのだ。そこで『伊沢蘭軒』を調べてみると森鴎外の原文は漢文のまま。つまり古井由吉は漢文を読み下しにして紹介していることになる。その経緯を「三読してどうも自分の頭には大きすぎると通り過ぎかけたところで、なにがし心残りがしたようで、書き留めておいた」とある。これこそ森鴎外を深く愛読している証左であろう。

このことは小説に直接関係のない、あくまでも個人的な興味だけど、最近、町田康までもが毎日新聞に森鴎外を論じていた。明治の文豪・森鴎外は現代の作家に未だ大きな影響を与えている存在だということ。恐るべしは森鴎外なのだ!と、古井由吉の文学からもそれが十分窺えたのだ。(了)

第199話:忘れられた詩人・大木惇夫のこと



表題の大木惇夫(1895~1977)とは北原白秋門下の詩人。年配の方であれば東海林太郎の『国境の町』(昭和9年)、若い人であれば混声合唱曲でお馴染みの『大地讃頌』(昭和37年)を作詞した方と言えばお分かりかも。でもなんといっても、戦時中に国の要請とはいえ軍歌や戦争詩(『戦友別盃の歌』が有名)を量産したために、戦後は社会から批判と排除を受けた詩人ということです。

戦後は、心臓神経症のほかに神経衰弱でやせ細り、再生の光輝く文化人とは全く無縁に、家族と離れて隠れ家に身を潜めて暮らしていたそうです。一方で、サトウハチロウ(『長崎の鐘』)や西條八十(『青い山脈』)が、歌謡曲の人気作詞家へと変貌したことを考えれば、時代の流れに乗じることなく、重い自省の中で、純粋詩の創作に拘り続けた彼の生き方は、不器用ではありながらも、むしろ誠実さを感じるほどです。

とはいえ、その誠実さの陰で、家族は大変な境遇を強いられたようです。
『忘れられた詩人の伝記』は次女である宮田毬栄(文芸誌『海』元編集長)により、そうした大木惇夫の軌跡を克明に綴っています。上下2段組の480頁に及ぶ伝記は、本来の枠を超えて、壮絶な家族史の様相に変わり「父の人生があまりにも不運に取りつかれ、私たち家族がそれに巻き込まれ、理不尽な生活を強いられた」とあります。

ただひとつ、救いだったのは、生涯の代表作である『大地讃頌』を評価した行でした。
「戦争の悲惨、愚劣を身をもって経験した父は、いかなる戦争をも受け容れようとしなかった。『大地讃頌』は父の苦悩と悔悟が育てた大いなる愛の歌である」とあります。
名曲『大地讃頌』のなかに大木惇夫が生きている、そんな思いで今度聴いてみよう。


※宮田毬栄著『忘れられた詩人の伝記』中央公論新社(2015年)
※大木惇夫に興味をもったのは、母校の校歌の作詞者が大地讃頌の作詞者と同じであると気づいたのがきっかけでした。大木は戦後、生活のためとはいえ、全国で約60校の校歌をも手掛けています。

第198話:『星の王子さま』は大人になって読み返す本



彼女から『星の王子さま』(岩波書店/内藤濯訳)をプレゼントされたのは、たしか17歳のとき。生意気にも「たかが童話」とうそぶき結局読まずじまい。それが本格的に読みだしたのが10年前のこと。すでに55歳の中年のおじさんになっていた。ところが、思いのほか難しい大人の作品だと思った。当時を振り返れば、2000年にサン=テグジュペリの生誕100年を迎え、翻訳の版権も終えた2004年からは新訳本が目白押しに出版されていた。今や新訳本の数は14冊、読み比べもできるほどである。と同時に、『星の王子さま』は子供向けの「童話」の枠を遥かに超え、大人になって読み返す「本」となっている。

本は全体で27の話から構成。そのなかで一番のお気に入りが、狐が登場する21番目の話。そこには次のような珠玉の言葉が散りばめている。

狐が言った。「おれの秘密を教えようか。簡単なことさ。心で見ないと物事はよく見えない。肝心なことは目には見えないということだ」
「肝心なことは目には見えない」と王子さまは忘れないように繰り返した。
「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」
「ぼくがバラのためにかけた時間・・・」と王子さまは忘れないように繰り返した。 (倉橋由美子訳)


「肝心なことは目には見えない」とか、すべての関係性で最も大切なことは「そこにかけた時間」だなんて、17歳の私にはとうてい理解不能であろう。ところがそうした「真理の深さ」に近づくために(無駄に見えようとも)人生がある、と中年になった私は『星の王子さま』に教わり、その言葉の意味をようやく反芻することができた。
ある作家は、何度読んでも「読み終わった気がしない本だ」と書いていた。それは、読む人の齢の重ね方に応じて、その着目する処も、珠玉の言葉も、たぶん代わっていくからだろう。だから『星の王子さま』は、読む時に応じて、いつも時宜を得た「人生の処方箋」を提供してくれる、とても大切な本になっている。



※追記(2020-07-04)
この21番目の話で、狐が王子さまに教えようとしているのは、「人と人」、「人と生きもの」、「人と自然」との繋がりの在り方。狐はそこで「飼いならす」(英訳では「tamed」)というワードを使い説明している。「飼いならす」とは(一見誤解を与えそうだが)それは対等で「唯一の関係」になるという、とても深い意味をもつ。
さらに、「唯一の関係」を築く秘策として、「肝心なことは見えない」から「心で見ること」が大事だよ、と狐は王子さまにアドバイスしたのがこの場面。要は、相手のことを思うこと、相手のために時間をかけること、それが相手を「心で見ること」であろう。もちろん、この狐との話は『星の王子さま』全体のキモになっていることから、訳者は「飼いならす」の扱いに格闘している様子が窺え、「仲良くなる」(倉橋由美子)とか「なじみになる」(石井洋二郎)とか「なつかせる」(野崎歓)などに翻訳されている。
ちなみに、同級生である詩人の鈴木康之くんは、「飼いならす(tamed)」をフランス語の「ジュテーム(Je t'aime)=貴方を愛している」の中の「aime(愛する)」と重ねて解釈したことを、『西通川の記憶』で述べていた。彼は当に慧眼の詩人だと思うところだ。

第196話:教えて頂いた3つの物語

◆偶然にも・・
今年の春に、3人の患者さんから「本」と「絵本」と「紙芝居」を教えてもらいました。それは『異なるもの同士の愛』という共通したテーマに満ち溢れています。子ども向けの作品とはいえ、幸福な出会いをもたらしてくれる作品です。不思議なご縁で治療院にお寄せ頂いた3つの物語を、ここで紹介してみます。

◆本『カモメに飛ぶことを教えた猫』

ハンブルグ港に住む黒猫のゾルバは、突然、瀕死のカモメから卵を預かる。ゾルバは、仲間の協力を得ながら、卵から孵化したヒナを親代わりとして立派に育てるという話。このミッションが達成できたのは、母カモメと交わした固い約束があったから。それと、ゾルバに知恵と勇気を常に与えてくれる仲間の存在は大きい。仲間と一緒になって艱難辛苦を乗り越える展開は、まるで冒険活劇のようで楽しい。

◆絵本『ワニに なにが おこったか』 

アフリカに住むワニのガーパは、可愛い子ワニが生まれてくるのを楽しみに待っていた。ところが卵を割って出てきたのは鳥のヒナだった。ヒナはいつも離れず、ガーパを自分の母親だと疑わない。そんなヒナを不憫と思うガーパは、母性のやさしさをもって立派に育てる。ただ、ガーパには理解してくれる仲間は皆無。差別と偏見に満ちた周囲の目に苛まれながらも、母親の役割を全うする孤高のガーパは美しい。

◆紙芝居『わにが めんどりを たべないわけ』

川に住むワニが、美味しそうな雌鶏を、ひと飲みしようとすると、雌鶏が「わたしのお兄さん、わたしを食べないで」と言って逃げた。同じことが2度もあり、ワニは「なんで、おいらをお兄さんと呼ぶんだろう?」と悩んでしまう。そこに、森に住むトカゲくんが登場して、その疑問を解いてくれる。「僕も君もそして鶏もみんな卵から生まれる。だから兄弟なのさ!」と。それからワニは雌鶏を決して食べようとしませんでした。
異なるものに共通項をみつけることで互いが理解できる―という気付きの物語。


※『カモメに飛ぶことを教えた猫』
ルイス・セプルペダ作/河野万里子訳 白水ブックス(2019年)
中2英語の教科書に一部「ゾルバの約束(Zorba’s Promise)」として掲載され、劇団四季では子ども向けのミュージカルとしても上演されている。
※『ワニに なにが おこったか』  
M.マクスビナー 原作/田中潔 文/V.オリシヴァング 絵 偕成社(2007年)
「寒いロシアの作家が、熱いアフリカのワニから魂をゆさぶられる絵本を贈ってくれた。素晴らしい絵本は命つきるまで、あなたに住みつく」佐野洋子による帯の文章
※『わにが めんどりを たべないわけ』
製作 童心社/脚本 荒木文子/絵 小林ひろみ 2003年発行
図書館からこの紙芝居を借りて、保育士の妻にあえて読み聞かせしてみた。「小さい子どもにはとても分かりやすい構成だね」との太鼓判。改めて紙芝居の持つ力を再認識。