第44話:『センス・オブ・ワンダー』

子どものころに経験した感性の記憶には、大人になっても妙に忘れないものがあります。たとえば小学生のころ、台風が近づいたために早めの集団下校となり、昇降口から正門を出ると、いきなり正面から生温かい風が顔にあたって、一瞬身体を緊張させました。そのときに感じた、嵐を前にした不安感と、それでいてなぜかワクワクしてくる(きっと口に出してはいけない)高揚感。この不思議な感覚は、生温かい風が伝った頬の感触とともに、今でもはっきり覚えています。

それは自然と対峙しての畏怖畏敬の念、と大人の頭では簡単に解説してしまうのでしょうが、でも一番大切なことは、瑞々しい感性をもっていた子どものころに、それを体感できたこと―と気づかさせてくれたのは『センス・オブ・ワンダー』という、米国の海洋生物学者レイチェル・カーソンの本でした。

センス・オブ・ワンダーとは、子どものころに経験する「神秘さや不思議さに目を見はる感性」をいいます。レイチェル・カーソンはさらに
「この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。」と述べています。

この本は、彼女が甥のロジャーを海や山の自然の中に連れていき、そこで自然の営みの中にある不思議を、驚きを持って共体験し、その中から自然を親しく理解し付き合っていこうとすることを描いています。60頁たらずの冊子に、季節折々の写真を差し込んだ絵本のような本です。

ベストセラーになった『沈黙の春』を書き終えたとき、自分に残された時間がそれほど長くないことを知って、その最後の仕事としてこの『センス・オブ・ワンダー』に手を加えはじめたとか。発表の際には「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」というメッセージが添えられていたそうです。
子どもをもつ大人や、子どものころの感性を忘れそうになっている大人の方に、ぜひ読んでいただきたい本です。


※レーチェル・カーソン/上遠恵美子訳『センス・オブ・ワンダー』新潮社(96年)
 ときおり図書館で借りるのですが、いつも予約が複数入っているほどのロングセラー本です。
※福岡伸一/阿川佐和子『センス・オブ・ワンダーを探して』大和書房(11年)
『センス・オブ・ワンダー』をモチーフにした対談本。福岡博士と佐和子さんがそれぞれ経験したセンス・オブ・ワンダーを語っています。
※鎌田東二『神道とは何か』PHP新書(00年)
 宗教学者の鎌田東二はこの本の中で『センス・オブ・ワンダー』を取り上げています。
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文化からの復興(新刊本の紹介)



文化からの復興
-市民と震災といわきアリオスと-

ニッセイ基礎研究所/いわき芸術文化交流館アリオス
水曜社(2012年07月07日)定価1,800円+税


“いわき芸術文化交流館アリオス”は東北地方最大規模のアートセンターです。
08年のオープン以来、順調に運営されて延べ来館者数があと150人で200万人に達するという記念日を迎えるはずだった日が、まさに東日本大震災が発生した2011年3月11日でした。震災の翌日からこの「いわきアリオス」は一転して「避難所いわきアリオス」にかわります。そんな未曽有の状況にあった「いわきアリオス」の、震災から全館再オープンにこぎつけるまでのこの1年をドキュメントにまとめています。

文化による復興に取り組んだのは関係者だけでなく、いわき市民が自発的に深く関わって活動していました。いわゆる「はこもの」の文化施設(お高くとまった場所)としてスタートしたものが、震災後の「避難所」から「文化の復興」へと市民をまきこんで果たしたことで、市民と文化施設の距離がぐっと縮んでいったとか。これが一番注目すべきことです。

昨年11月1日、再オープンを記念して中劇場では「バレエ界の女王」と呼ばれるシルヴィー・ギエムが被災地の子どもを集めて「ボレロ」を披露し大きなニュースになりました。それはそれで感動的な出来事ですが、この本の表紙を飾っているのはシルヴィー・ギエムではなく、再オープンの前祝いとして小学校で行われたピアニスト小山実稚子による出前コンサートです。市民と膝擦り合わせるほどの距離感を大事にする文化施設の有り様を、まさに示唆しているかのような装丁も素敵です。

この本の執筆者のひとりである大澤寅雄さんは、以前から奥様の手塚夏子さんを通じて御縁を頂いています。それと妻のふるさとである「いわき」は、私にとっても何度か足を運んでお世話になった街です。この本が発行した7日は娘の誕生日。23年前に現在の「いわきアリオス」の近くにある産院で生まれました。そんな数々の御縁からこの本を紹介させて頂きました。