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‘20 今年もよろしくお願い申し上げます


あけましておめでとうございます。

昨年、ブログの書き込みが疎かになってしまったのは、一昨年11月より立ち上げたフェースブック「進藤安神堂」への投稿がどうしても中心になったからです。好奇心だけは生来盛んで散漫すぎるわたしには、むしろフェースブックの空間が性に合うようです。とはいえブログを止めたわけでもなく、まとまった形になれば、随時ブログにアップしていこうとは思っています。

思えば一昨年の夏に、本格的ともいえる(他言無用の)「山の行」に初めて挑戦し、秋には大阪に足を運んでNADA JAPANのメンバーとなりました。そして昨年4月からは、ボランテア活動として、川崎ダルクさんでの耳鍼治療(NADA-5NP)を展開しています。
当初は新たなことに挑戦することに躊躇しながらも、意を決し行動したことが幸いして、令和2年を迎える今、「行」にしても「鍼灸」のことにしても、次なるステージへの手応えを感じるに至りました。

これからも、直感と好奇心の赴くままに前へ歩むことで、得られる縁起の「繋がり」に感謝しつつ、日々精進していきたいと思っています。

※絵の作者は動物画家の森田あずみさん。娘の結婚にちなみ書き込んだFacebookの拙文が某会報に掲載され、そのときの森田あずみさんによる挿絵です。
※Facebook「進藤安神堂」は登録されていればどなたでも覗けます。
 お友達リクエストも歓迎しますが、その際は、ひとことメッセージをお書きくだされば幸いです。

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‘18 今年もよろしくお願い申し上げます



あけましておめでとうございます。

「不思議な偶然」ともいえる出来事によく遭遇します。
新年早々に、こんなことがありました。

元旦に届いた一枚の年賀状に書かれていた内容が、なぜか昨年来わたしが取り組んできた事柄にまるで呼応しているかのようで、思わず驚いてしまったのです。その一枚とは、故郷で設計事務所を営む従兄弟からの年賀状。
「歴史的な事業に携わること、その誇りと責任と」と題した文面に、昨年夏、鳥海山大物忌神社(鳥海山山頂の神社)で20年に一度の「本殿式年遷座祭」が執り行われ、当事務所が40年前から携わっている造営の設計監理を、今回も無事終えたと書かれていました。
鳥海山山頂という場所柄、本殿は小規模ながらも、伊勢神宮より拝領した貴重な檜(ヒノキ)の古材を再加工して、ヘリコプターで標高2236mの山頂まで運び、そして組み立てるという、当に20年に一度の歴史的プロジェクト。そこに40年に渡り携われたという技術者としての矜持が伝わってくる年賀状でした。

一方わたしはといえば、ある古文書から偶然知り得たファミリヒストリーの断片を契機に、鳥海山の山岳信仰と修験道の世界に惹かれ、その関連書物を読み漁り、ついには昨夏、出羽三山における修験道の行を体験。
しかもこの一連の流れが、20年に一度に執り行われる鳥海山大物忌神社「本殿式年遷座祭」という年に、実はしっかりと呼応していたことを、こうして従兄弟からの年賀状で教えられたのです。

ふと立ち止まり、この「不思議な偶然」を享受するのはもちろんですが、一連の流れに抗うことなく、素直に流れに掉さしてきたことに、なぜかほっとする自分もいたりします。
「不思議な偶然」は待てば得られるというものではなく、直感と好奇心の赴くままに前へ歩むことで得られるということ。さらには、そうすることで、広い縁起の「繋がり」に自分が包摂されていることに気づかされてゆくものかもしれません。
ならば、今年も新たな「繋がり」を求めて、日々精進していきたいと思っているところです。(了)

‘17 今年もよろしくお願い申し上げます



あけましておめでとうございます。

2012年から始めた『安神堂の慎思録』をいつも読んでいただきありがとうございます。

これまで書いてきた記事のなかで、特に東洋医学以外の記事を振りかえると、茨木のり子、世阿弥、梁塵秘抄(後白河上皇)、斎藤史、岡倉天心、幸田露伴、夏目漱石、網野善彦、シュタイナー、ユング、中沢新一、井筒俊彦、森敦、宮沢賢治などをとりあげてきました。それと、歴史については、東アジアの古代史と近代史、宗教については仏教・道教・儒教のほか神道や修験道など、いずれもが、個人的に興味があるものを選んで書いてきたものです。

わたしは本を読むことは好きです。ただ、若いときのような乱読する勢いはなくなったとはいえ、最近では、きわめて選択的に多読した上で、それが気が合う本となれば何度も繰り返して読むようになってきました。

「東洋医学」に直接関係ないものでも、多読を繰り返していくと、いつの日か、それぞれの情報と情報が突然繋がり、自分の世界の中で編集されていくという楽しみを何度か味わっております。元々、思想や文化の成り立ちは先人たちの情報の編集作業によってなされてきたと松岡正剛は論じていますが、読書という個人的な営みの中にも、情報の編集作業という醍醐味は享受できるものであると認識しています。

そもそも、東洋思想自体が「仏教」「道教」「儒教」などによる重層構造で成立している歴史的背景を考慮するならば、一見逆引きに似た読書のアプローチは、先人が担ってきた情報の編集作業のあらましを体感することにもなると思っております。
もちろん、東洋思想と直結した治療についての身体性の記録も、随時書き留めていきます。
今年もかわることなく、あくまでも好奇心の流れに掉さして、きわめて直観の赴くままに、先人の智慧の海へと航海を続けてまいります。(了)

‘16 今年もよろしくお願い申し上げます



あけまして おめでとうございます

見えるものを追いかけるのに忙しすぎた私たちには
水木しげる翁の『目に見えないものを信じる』ことと
星の王子さまの『大切なものは見えない』ことは
とても心にひびく言葉になっています。

人と人の間に流れる「気」 人と自然の間に流れる「気」
身体の中に流れる「気」などは見えない大切なもの。

今年も よい「気」が流れますように。
   2016年 元旦


※年賀状の追記:17才の誕生日に、とある女性から『星の王子さま』をプレゼントされたのですが、気持ちの居処が定まらぬ少年のわたしには「童話なんて」という反発もあってか、以後ずっと読むこともなく、しまいには本の所在がわからなくなると同時に、わたしといえばごくごく普通の大人になっていました。
それが昨年のこと、サン・テクジュペリ没後70年に便乗して、新訳の数冊(ブックオフではどれもが新品で108円!)を読んでみました。そこでわかったのが『星の王子さま』は子供向けの「童話」ではなくて、あくまでも大人が読むための「小説」だということでした。まさに45年越しの誕生日プレゼントの意味を、遅ればせながらも味わうことになりました。
それともうひとつ。賀状を読んでくださったAさんから「バオバブの木をシンガポールの植物園でみつけ、これだ!と思った」という嬉しいメールをいただきました。

「鍼灸」に興味を持ちはじめたあなたへ



鍼灸の道に入って22年、治療家として続けてこられたのは、それこそ患者さんとのご縁に恵まれたことによります。身体の手入れ、健康管理として週に1度もしくは月に1度、定期的に通院される患者さんの中には、もう10年以上のお付き合いの方が何人かいらっしゃいます。

そうした常連の患者さんでさえ、はじめて来院されたときは、多かれ少なかれ「清水の舞台」から飛び降りる覚悟だったとおっしゃいます。チラシを手にしてから1年間大事にとっておいた末に、意を決しての来院という方もいらっしゃいます。

鍼灸は他の治療に比べるとどうしてもハードルが高いというイメージがあるようです。ところが一方では、少しの勇気と好奇心をもって来院されたことで、伝統医療である鍼灸がすっかり気に入られ、今では普段の健康管理として上手に鍼灸を利用される方が大勢いらっしゃるのです。

東洋医学は病名のつかない症状群に威力を発揮します。普段からの健康上の不安や悩みは、実ははっきりと病名がつくものより、病名のつかない症状のほうが圧倒的に多いものです。ツボを触診し、身体の声にじっくり耳を傾けます。大きな病気の兆候であればもちろん病院に行かれることをその場でお勧めします。それ以外でしたら、体質からくるもの、年齢からくるもの、ストレス反応からくるもの、身体表現として現れるもの、それらをかみ砕いて説明した上で治療を始めるようにしています。

大事なことは、治療すべきポイントがその方の養生すべきポイントと重なることです。ときには症状と上手に付き合うことが大切な場合もあるでしょう。いずれにせよ、その方にとって最適な養生法とは何かを、一緒になって考えていけるように努めてまいります。

「鍼灸」に興味を持ちはじめたあなたと、新たなご縁が結ばれることを願いつつ、ご来院をお待ちしております。
                                               (進藤安神堂)