第63話:理想は「家具のような音楽」

治療室ではパソコンとオーディオステレオをつないで、インターネットラジオの音楽を流しています。ずいぶん便利になったもので“iTunes”ソフトの中には、たとえばクラシック専用局なら海外の約190局の放送局が用意されています。そこから適当な局を選んでBGMに使っています。

治療室はいわば私的空間であり、自分なりの空間演出として心地よい音楽が流れていればいいぐらいに当初は思っていました。ただ、治療家がよかれと思って音楽を流しても、患者さん一人ひとりはさまざまな感性をもって来院されます。音楽のかけ方や選曲のしかたひとつで、患者さんにとって心地よい音楽にならないことも当然あるのです。

そんな失敗例を紹介すると、ひとつはピアニストの患者さんにうっかりピアノの曲を流してしまったことです。「その音楽止めてくださる」と言われてはっと気づいて、平謝りしてすぐに曲を止めると、患者さんがおっしゃるには、他人のピアノを耳にすると「なんでここはそう弾くのかな?」とか、つい反射的に仕事モードに切り替わり、よけい聴き入ってしまうのでちっとも休まらないとか。至極もっともな話です。カルテの特記事項に「BGMはクラシック以外」と明記して、以後気を付けたことはいうまでもありません。

もうひとつの失敗例は40代の女性。バッハのピアノ曲を流していたら「この曲、別れた亭主がバカみたいに好きでね。」とぽつり吐露されました。せっかく鍼灸で気持ち良く寛いでいるのに、音楽によって余計な記憶を呼び覚ましたということ。ポピュラーな曲ほど、聴き入ってしまい、さらにそこに思い出が絡んでいれば、かえって気を取られて邪魔になってしまうということです。

ここで、治療室での理想的なBGMを考えてみます。たとえば、フランスの作曲家エリック・サティ(1866~1925)が実験音楽として提唱した「家具の音楽」のようなものが最も相応しいのではと思っています。

この「家具の音楽」とは、聴いて!とばかりに前方からやってくる音ではなく、たとえば街を歩くとまわりから聴こえてくるさまざまな音のように、やんわりまわりから穏やかにやってくる音です。聴き手はそれらの音に全面的に感情移入するわけでなく、無意識的に、半無意識的に、なにげなく聴いて、邪魔をされない、それでいて心地よい―と思えるそんな音楽です。

そんな「家具の音楽」のような理想の音楽は、具体的にはなかなかないのですが、次のような選曲の仕方や音楽のかけ方で、それに近い演出はできると思っています。
① 穏やかな曲。アダージョやラルゴなどが理想。
② ポピュラーでない曲。バロック音楽とかピアノやチェロなどの室内楽。
③ 音量を下げて聴く。何気に音が流れている感じのする音量で聴く。

結局、心地よい「音楽」とは、心地よい「流れている音」なのかもしれません。流れていないと室内の空気も流れていないような気がして息が詰まってきますし、流れていると室内の空気と、患者さんとの気の流れもスムーズに流れるような気がしています。

※『音楽の手帖/サティ』青土社(81年)
  サティの音楽は今やポピュラーになりすぎて「家具の音楽」とはいえないかも。
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第14話:安神堂の「七福神」



平成10年の開院以来、治療室の一角を飾っている「七福神」を紹介します。
現在は高知に転勤されたAさんのお勧めで、洗足池の「こうえつ庵」さんから購入したもの。たしか美濃焼の女性陶芸家の作品と聞いています。

宝船に乗った七福神の絵でおなじみの「七福神信仰」は江戸時代に流行。
中国・インド・日本出身の元々アウトローだった神たちを、笑いの神にしたとか。
竹林の七賢人のような哲学はないけど、気楽で自由で満ち足りたインターナショナルな平和共存ムードは十分満載しています。

上列左から中国は道教と禅出身の「福禄寿」「寿老人」「布袋」
前列左からインドはバラモン教出身の「毘沙門天」「大黒天」「弁天」
そしてその右端が日本の固有神「恵比寿」です。
よくみると中国出身のお三方がみな眉毛が白く差別化されています。

三国の神々はみな平等で楽しく遊ぶ様から、梅原猛は七福神を「平和共存遊び曼荼羅」と呼んでいます。笑いの知恵によってみんなが健康になり、平和な世の中になればとの願いが込められています。

※梅原猛著『仏像のこころ』集英社文庫(87年)