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第15話:健康と霊性

ブータン王国は国民の約97%が「幸せ」と回答する国として話題になりました。それは医療費と教育費は無料で、伝統的な文化・社会・環境にも配慮した国民総幸福量(GNH)を追求する国策にあることはもちろんです。ただその背景には仏教の価値観が絶対的に大きいといわれます。国民の8割を占めるチベット系仏教(ドゥック派)は「国家の精神的な遺産」であり、宗教建築物や人々の習慣など生活のいたるところに仏教が根づいています。特に国民ひとりひとりが来世を信じている。だから、死ぬことは何も怖くないという精神的霊性に包まれているからこそ、心の健康を満たし幸福だと実感できるのでしょう。

健康とは身体的なもの社会的なもの、そして精神的なものというのがWHO憲章の「健康の定義」です。ブータンの例はその「精神的(mental)なもの」に増して「霊的(spiritual)なもの」をも、健康の大事な要素として捉えている例証です。

このことはブータンに限った話ではなく、WHO憲章の「健康の定義」改正案を協議されたことが、象徴的な出来事としてあります。それは98年のWHO執行理事会(総会の下部機関)において、「健康の定義」に「霊的(spiritual)なもの」という文言を追加する改正案が審議されたのですが、賛成22、反対0、棄権8の投票結果により、総会の議題とすることが採択されました。賛成に強く動いたのはキリスト教やイスラム教の国々でした。ちなみに日本は「十分な審議が必要」として棄権にまわっています。

以前、帯津良一(医師)は講演のなかで、「死後の世界までを含めて養生の範囲とする」と話していたのがとても印象に残っています。末期ガンの患者さんと日々共によりそう医師の立場からの発言ではありますが、ガン患者にかぎらず普段から死後のことを考えておくことが心の健康を保つ、誰もがもつべきひとつの養生学である-という貴重な提案に受け取りました。たしかに「死生学」は今まで末期ガン患者の終末期医療のなかで論じられてきましたが、これからは哲学家や宗教家の智恵を借りて、現代人の普遍的な養生学として俎上にのせることが大切なのかもしれません。

現代の日本では「霊的」とか「霊性」という文言にとかく馴染めないでいるのは、あえて口にしない国民性にあるからではないでしょうか。悠久の日本の文化や神仏宗教を背景とした歴史を考えれば、きっと日本人の霊性はひとりひとりのDNAに刻み込まれ、静かに眠ってスタンバイしているような気がしてならないのですが。


※WHO憲章「健康の定義」改正案採決のその後
翌99年開催のWHO総会で議題になりましたが、現行の憲章は適切に機能しており本件のみ早急に審議する必要性が他の案件に比べ低いなどの理由で、審議しないまま事務局長が見直しを続けていくこととされました。

【改正案】 ( )部分が追加された文言
"Health is a(dynamic)state of complete physical, mental,(spiritual)and social
well-being and not merely the absence of disease or infirmity."
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
 肉体的にも、精神的にも、霊的(spiritual)にも、そして社会的にも、
 すべてが(連続的に)満たされた状態にあることをいいます。」


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