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第194話:春の気を身筋に通す金の鍼



◆わたしの治療院では、ステンレス鍼(寸3/2番)の他に、数は少ないが、希望者に限って同サイズの「金鍼」を使用。もう20年ぐらい「金鍼」を使い続けている患者さんは、お二人いらっしゃる。その経験から振り返れば、伝統的医術である鍼治療には、「材質」という大切な要素があることを「金鍼」は教えてくれた。それはとりも直さず、鍼灸師は「道具」にこだわる職人たれ!と気付かされたことでもある。

◆「金鍼」の特長は、なんといっても鍼体の滑らかさとしなやかさ。「細い鍼で浅く刺す」とする流儀ならば、「金鍼」は(贅沢ではあるが)それに相応しい究極の「道具」といえる。それと、治療家の感触からみても明らかに「金鍼」にはパワーがある。それを象徴するひとつのエピソードを紹介。「金鍼」を使い始めた20年前のこと。最も敏感な常連の患者さんに、何も説明しないで、要穴のひとつに「金鍼」をゆっくり浅めに刺入してみた。すると「今日の鍼は何ですか?」と驚かれ、刺入した要穴から「じわじわ何かが流れている」とおっしゃる。これは「金鍼」が「行気(ぎょうき)」と呼ぶ「気の流れに掉さす作用」に長けているという証左でもあった。

◆ところが、「金鍼」が如何に秀逸な道具であるか話をしても、現実には、金鍼は高価なために容易に使える道具ではないことも確かである。たとえば当院で使用するステンレス鍼(寸3/2番)は1本7円のところ、金鍼(寸3/2番)となると1本660円(税込み)となる。それと、伝統的な鍼治療のスタイルをとる治療家が、年々少なくなってきたことも「金鍼」の需要を下げている要因に繋がっていると想像できる。
よって、「金鍼」の存在自体が、このまま消えて行くのではないかと危惧しているのは、きっとわたしだけではないだろう。それだけに、江戸時代から重用されてきた「金鍼」の良さを、これからも後世になんとか伝えていきたいと思う。

※写真の「金鍼」
「青木実意商店」製の「金鍼(寸3/2番)」。K20とは金の純度が20/24ということ。
東京目白にある「青木実意商店」は明治元年創業以来148年の歴史をもつ老舗。
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第192話:NADA JAPANメンバーとしての活動報告と私見



◆活動報告
川崎ダルクさんでの耳鍼治療(NADA-5NP)のボランティアは、4月9日から始めて隔週の火曜日(月2回・所要時間は毎回1時間)のペースで、これまで7回ほど実施したことになります。川崎ダルクさんには、通所/入所合わせて薬物依存症の利用者さんが18名ほどいます。鍼治療を受けるのは強制ではなくて、あくまでも利用者さんの自由意思で決めてもらっています。これまで鍼治療を希望される利用者は、多くて9名、平均すると毎回6名ほどになります。

◆問診はしない
ここでちょっと強調したいのは、治療前後に簡単なアンケート用紙を利用者さんに渡し、今日の体調と治療後の体調の変化について☑で記入してもらうのですが、それ以上の個人情報については、根ほり葉ほりと問診することは決してないのです。そこが通常の鍼灸治療と大きく異なる点です。ですから、利用者さん一人ひとりが、何歳なのか、依存症が何時から発症したのか(病歴)、現在病院からどのような薬がだされているか(現病歴)などなど、個人の医療情報は全く知らないままに、わたしは治療しています。

では、なぜ問診をしてはいけないか―その理由とは、薬物依存症患者が回復に向かう過程では、治療者は患者に「問いただす」ことよりも、患者に寄り添うことを第一義とし、むしろ無言で坦々と治療することの方が大切である。(PTSDの治療ではトラウマが誘発されないためにも特にそれは配慮される。)―と耳鍼治療(NADA-5NP)を開発したNADA USAは指導しています。

◆ここからが「私見」です。
治療者が問診する能力を放棄して、あえて制約された条件下で治療することは、誰しもがそれを不合理な治療法とみるでしょう。ところが、東洋医学である伝統的鍼灸医学の世界には、そもそも「不問診」という理念が用意されていたことを思い出すべきです。
「問診」をしないでも、視る(望診)、触る(切診)、聞く(聞診)ことで、総合的に診断され得るということ。昔から名人とされる治療家は、顔色を診ただけで、もしくは脈を診ただけで、病の様子や余命までもが瞬時に分かったとされるくらいです。そうした名人級と行かないまでも、問診にかわる他の診断法で十分代用はできるはずです。

◆問診の代わりに「FⅯテスト」
そこで、わたしが採用している診断法を紹介すると、「FⅯテスト」と呼んでいるオリジナルの診断法です。患者さんの左腕橈骨筋を触診することで、「主経絡」と「気持ちの在りよう(感情)」を診断します。たとえば「脈診」は「脈」から身体情報を窺うわけですが、「FⅯテスト」の場合は「筋肉」から身体情報を窺う診断法と理解してもらえればよいと思います。
具体的には、耳鍼治療(NADA-5NP)の刺鍼する前に、坐位のままで利用者さんの左腕を机に置いて「FⅯテスト」を実施します。だいたい1分あれば、利用者さんの「主経絡」と「気持ちの在りよう(感情)」は診断できます。
たとえば、腎経虚の人であれば「腰痛もちですか?」とか、怒りとイライラがあれば「せっかちな性格ですか?」とか、ほんのちょっとだけこちらから言葉をかけてみると、言い当てられたとみえて、利用者さんは受容の顔色に変わるものです。

【主経絡(虚している陰経絡:体質や病証を示す)】
肝経虚・心包経虚・脾経虚・肺経虚・腎経虚の五種類。
【感情の種類(気持ちの在りようを診断)】
 心配/不安、悲しみ/悲観、怒り/怒りっぽい、孤独で寂しい、苛立ち/イライラ、恨み/妬み、不信感/猜疑心、否定的考え、僻み、うつ/おちこみ、自分を責める

◆「助けて」が言えない人に寄り添う鍼灸師へ
薬物依存の研究で著名な松本俊彦医師は―依存症とは「人に依存できない病」と言ってもよいところがある。患者さんの中には、内なる優生思想を抱え、自分は人に迷惑をかけてばかりいるダメな人間だと思い込んでいる人が大変多い。だから「助けて」が言えない人、「SOS」を出せない人である。―と指摘しています。この指摘は重要で、わたしも利用者さんたちは「人に依存できないやさしい人たち」という印象を持ちますし、たとえ問診したとしても中々本音を吐き出すことに慣れていないようにみえます。

ですから、わたしたち鍼灸師が耳鍼治療(NADA-5NP)を通して、利用者さんにできることといえば、伝統的鍼灸医学の不問診を駆使することで、利用者さんの身体の声(主経絡や感情)を受取り理解することです。それができれば、回復に寄り添う存在としての役割を鍼灸師も為し得るのではないかと考えています。(了)

※NADA JAPANのホームページ
☞http://www.nada-japan.com/
※耳鍼治療(NADA-5NP)とは
☞http://anshindohariq.blog.fc2.com/blog-entry-247.html
※「FⅯテスト」とは
☞http://anshindohariq.blog.fc2.com/blog-entry-93.html
※松本俊彦編『「助けて」が言えない』日本評論社(2019年)


第185話:耳鍼『NADA 5NP』の紹介



◆新たな耳鍼として
最近の米国の鍼灸事情を調べてみると、「Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)」のように、耳鍼を使った治療が随分と多くあることが分かります。しかも日本のように主にダイエットを目的とするだけではなく、耳鍼の適応疾患はかなり広範囲に及ぶようです。

そんな中で、これは注目すべき!と思ったのが、薬物依存症(Addiction)やPTSD(心的外傷後ストレス障害Post-Traumatic Stress Disorder)などの精神疾患のために開発された「NADA 5NP」もしくは「NADA プロトコル」と呼ばれる耳鍼治療です。NADA USAという組織が推奨するプロトコル(治療手順)で、患者を座位のままで、左右の耳に5本ずつ刺鍼(5NP=Five Needle Points)して、およそ30分間前後置鍼するという極めて簡単な耳鍼治療なのです。

実は先月、大阪でのNADA JAPAN の講習会に直接参加して、講義と実技を体験してみました。今回はその感想を含めながら、新たな耳鍼である「NADA 5NP」を紹介してみます。

◆「NADA 5NP」誕生の経緯とNADA
「NADA 5NP」誕生の発端は、1970年代の初め、ニューヨーク・サウスブロンクスにあるリンカーン病院のマイケル・スミス医師が、従来の耳鍼法を改良して、薬物依存症のための新たな耳鍼治療を開発したことによります。医師、看護師、心理療法士、ケースワーカーなどのチーム医療とする薬物依存症治療に、患者同士のミーティングと併用して鍼灸師による耳鍼がプログラムに加わると、明らかに回復や医療費の削減に多大な効果をもたらしたと報告されています。

1985年には、この新たな耳鍼治療の普及促進をめざす目的から、マイケル・スミス医師を中心とする専門家グループによって、NADANational Acupuncture Detoxification Association」USAが設立。その後、多くの洲で「NADA 5NP」が薬物依存症治療のプログラムとして取り入れられ、各州にある薬物裁判所(Drag Courts)においても既に使用されています。また、他のニコチンやアルコール依存症の治療にも「NADA 5NP」は欠かせない存在になっています。
さらには、2001年の9.11事件の際は、被災者や消防隊員向けのPTSD治療として、この「NADA 5NP」が活用され実績を挙げました。
今や米国のみならず、欧米や東南アジアにも広がり、現在世界41か国のNADAが各国独自の活動をしています。そして日本でも、大阪に本部を置くNADA JAPAN(代表理事:上原千奈都)が2016年に41か国目として設立したのです。

◆「NADA 5NP」の手順と選穴
「NADA 5NP」の治療はほんの数分ぐらいの簡単な手順からなります。使用する鍼は0.5寸(最近では0.5寸鍼を美容鍼と呼ぶらしい)のディスポ鍼で、太さは1番鍼(径0.16mm)~3番鍼(径0.20mm)を選択。使用する耳のツボは、写真に示す5つの指定されたツボ。刺鍼の順番は特に決まってはいません。患者は座位のままで、左右の耳それぞれ5カ所のツボに、施術者が鍼柄を(午後10時から午前2時の角度で)軽く撚鍼しながら刺入していきます。合計10本の刺入が終われば、照明を少し暗く落とし、音楽を流した室内で、20~45分間、置鍼したまま静かに坐ってもらうのです。治療頻度は毎日から週に数回を推奨しています。



ここで適用される5つの耳穴は次のとおりです。
① Shen Men (神門)
② Lung point (肺点)
③ Kidneys point (腎点)
④ Sympathetic point (交感点)
⑤ Liver Point (肝点)

実際に体験してみると、刺鍼中は耳周辺がボアッと温かくなって眠気を催し、心身共にリラックスする印象を受けました。これら5つのツボによる総体的な効果とは、心や身体を癒やし、穏やかに維持できるように、バランスと秩序を取り戻すものと考えられます。

米国での臨床報告によると、つぎのような効果を挙げています。
◎薬物(あるいは他の)依存に関する症状(気分変動・不安感・不眠・悪夢・イライラ・虫唾が走るような不快感・混乱・幻覚など)の減少。
◎離脱症状、薬物副作用の減少。
◎PTSDに関する症状(不眠・うつ・不安感)の減少
◎高いリラクゼーション効果。ストレス減少。
◎気持ちをポジティブにかえ、回復へのモチベーションをあげる。

◆「NADA 5NP」の特長と目標
「NADA 5NP」の内容を精査していくと、薬物依存症やPTSDという特殊な疾患を扱う上で、耳鍼の特長である施術の簡便さと、「気の場」ともいえる設定づくりを最大限に利用している印象をうけました。

施術の簡便さというのは、リラックスできる椅子があれば、場所は問わないこと。部位が耳に限定しているので短時間で済むこと。そしてなによりも脱衣の必要がないことです。たとえば、薬物依存の回復プログラムとしてのミーティングの前後で、その会議室を使って集団で治療ができますし、米国の9.11事件後におけるPTSD治療のように、被災地の避難所のような場所でも、容易に治療場所をセッティングができて、しかも集団の治療が可能になるのです。

次に、「気の場」ともいえる設定づくりに欠かせない要素をあげるとすれば、ひとつは、患者それぞれに同一の治療を提供し、あえて集団で治療することです。それは薬物依存の患者やPTSDの患者を一人にさせないことを最も大切にしているからです。ふたつ目は、「非言語」つまり問診をしないこと。というのは薬物依存の患者にとって大切なことは、反省を促すことよりも、適切な治療を受けることを優先すべきといわれています。そしてPTSDの患者の場合は、過去のトラウマがフラッシュバックする危険のある問診は厳禁ということです。

このように「集団治療」と「非言語」の下で、鍼灸師は患者に寄り添いながら治療を坦々と施すことが、独特の「気の場」を形成します。患者さんが安神安寧(リラックス)が得られる「場」になることが「NADA 5NP」の最大の特長であり、「NADA 5NP」が求める目標であると考えられます。(了)

※NADA USAのホームページ
https://acudetox.com/
※NADA JAPANのホームページ
http://www.nada-japan.com/

第184話:『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』(2/2)検証編



◆専用鍼と刺激量の問題
ニエムゾー博士が開発した『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』を、そのまま臨床で生かそうとしても、「ASP鍼」という専用鍼が入手できないという問題があります。「ASP鍼」を画像でみるかぎり、ディスポーザブル針の専門業者に特注して作らせたものと思われます。しかも下の写真にある形状と太さから判断すると、一般の鍼であればかなり太い方の類で、刺激量はかなり強力だと推定できます。
そこでとりあえず、「ASP鍼」の代用として、豪鍼(寸3-2番)を使用し、且つ刺鍼時には軽く雀啄(じゃくたく)という手技(軽い上下運動)で鍼の響きを加え、5か所に刺鍼した後10分間の置鍼としました。


◆『Battlefield Acupuncture』を活用した症例
①主訴
♯右第7肋骨辺りの痛み(1週間前に転倒打撲)
女性Aさん(64才)は一週間前に旅行先で転倒。打撲による右肩痛を訴える。右肩関節の可動域が前屈130°で痛みが生じる状態。鍼灸治療を施すと4~5日で右肩痛は改善して可動域も正常域まで回復。ところが、肩痛解消と同時に今度は右乳房下の第7肋骨上(ツボでいうと期門あたり)の運動痛が顕在化した様相。笑うと痛い、咳をすると痛い、仰臥位になるとき、もしくは仰臥位から身体を起こすときが痛いと訴える。
②治療内容
a.座位でベッドの横に足を投げ出した姿勢で治療。ゆっくり身体を後ろに倒した時の、患部(右乳房下の第7肋骨上)に響く動作痛を、疼痛レベルMax10と設定してもらう。
b.左右の耳それぞれに、「1:CINGULATE GYRUS」「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」を取穴して印を付けておく。取穴法はオリジナルの「FMテスト」を使用。右手の第1~3指で患部(または腕橈骨筋で代用)を軽く触れながら、左手に持った鍉針の先を該当のツボ周辺に触れ、患部の緊張が弛むポイントを以てツボの位置とする。
c.患側の右耳、健側の左耳の順番でまず「1:CINGULATE GYRUS」に刺鍼をして、動作痛を再現してもらい、疼痛レベルがどの程度減弱したかを申告してもらう。
これを「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の順で、同様に逐次、刺鍼したあとの動作痛の疼痛レベルを確認する。

③治療結果
始め左右の耳にツボ1か所に刺鍼した後に、動作痛の疼痛レベルの軽減を確認すると、それほど顕著な軽減変化がみられない。そこで、疼痛レベルの確認は、全ツボ5か所に刺入を終了した段階のみとした。最終段階の動作痛の疼痛レベルの軽減を確認すると(7/10)つまり30%減少して、「動きが少し楽になった」との回答を得る。置鍼していた合計10本の鍼をすべて抜鍼して治療を終了。そして、翌日に本人から電話連絡が入り、「朝起きたら(3/10)に痛みが軽減して、日常の動きが随分楽になった」との回答を得る。

◆結論
「ASP鍼」よりも明らかに刺激量が少ない「豪鍼(寸3-2番)」を使用したとはいえ、疼痛レベルが治療直後に(7/10)、さらに翌日が(3/10)に減弱したという結果が得られました。この結果から『Battlefield Acupuncture』の鎮痛作用については有効性が認められたと判断できます。

但し、即効性という意味では、明らかに「鍼の刺激量」によって左右されると分析できます。というのは、「豪鍼」を選定する前に、実は「円皮鍼(0.18x0.9mm)」で試行してみたのです。すると「円皮鍼」では疼痛レベルの減弱に全く変化がありませんでした。仮に「円皮鍼」を留鍼したままにすれば翌日に効果が出たのかもしれませんが、鎮痛作用の即効性という点では「円皮鍼」には有効性がないという結果でした。
そうした結果から、「刺鍼の刺激量」に着眼すべきと判断して、「豪鍼(寸3-2番)」には、雀啄を加えることで、いくらかでも刺激の加重を図ってみたわけです。
したがって、即効性を左右するのが「刺鍼の刺激量」であるとすれば、「ASP鍼」に代わる鍼の選定及び適正刺激量についてが、今後の検討課題になります。

5つの特定のツボについては、刺鍼の順番を指定されているだけで、個々のツボがどのような役割をもつのかは明らかにはされていません。とりあえず最大公約数的に5つのツボを使っているのかもしれません。とはいえ、疾患に応じて反応するツボもあれば、逆に反応がないツボもありそうです。たとえば、ニエムゾー博士は論文の中で、ほとんどの片頭痛は、両側の「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の2x3穴に留鍼するだけで解決できると述べています。つまり、疾患の種類に応じて固有の配穴(ツボの組み合わせ)があることを博士は示唆しているのです。この点に関しても興味深く観察していきたいと考えています。

よく耳にすることですが、「鎮痛を目的として痛みの閾値を上げる治療は、根本治療ではない」という指摘があります。しかしながら、顔を歪めて痛みを訴える目の前の患者さんの身体の中を想像してみて下さい。痛みという不安なストレスによって、自然治癒力が働かない状況が浮かんでくるはずです。患者さんにとって、痛み(不安)から瞬時に開放されるということは、同時に自然治癒力の作動ボタンが押され、治癒への道が開かれるようなものです。先の症例でいえば、治療によって即効的に痛みが(7/10)に減弱し、さらには自然治癒力がはたらいて翌日には(3/10)まで減弱したと解釈もできるわけです。
それだけ鎮痛作用における「即効性」のファクターは重要だということ。そうした意味でも、痛みを素早く軽減させる『Battlefield Acupuncture』という新たな「耳鍼療法システム」は、これからの臨床に大いに活用する価値はありそうです。(了)

第183話:『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』(1/2)概要編



◆はじめに:
9月24日に放送されたNHK総合TV『東洋医学ホントのチカラ』をご覧になった方は多いと思います。鍼灸と漢方薬とヨガについての魅力を、最新の情報を交えてわかりやすく説明していました。良質な番組によって、東洋医学とりわけ鍼灸治療に対する認知度が上がることはとても嬉しいことです。

鍼灸治療家からみても、いろいろ興味深いところはありました。なかでも眼を引いたのが、アメリカ空軍のリチャード・ニエムゾー博士(Dr.Richard Niemtzow)が考案した『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』です。慢性腰痛患者に対して、特定の耳ツボに小さな鍼を留め、そして歩いてもらうと、痛みが瞬時に軽減する様子を紹介していました。どうみても従来の「耳鍼療法」とは取穴法や使用する鍼からして全く異質なものという印象を受けました。そこで『Battlefield Acupuncture』についていろいろ調べてみると、そのユニークな治療理論の全容が徐々に分かってきました。

今回は2回に分けて、ネット上で公開されているリチャード・ニエムゾー博士による論文『Battlefield Acupuncture』を基に、その概要を紹介すると共に、実際に臨床でこの治療法を試行した際の、わたしなりの手応えと感想をまとめた検証結果を報告してみたいと思います。

◆Battlefield Acupunctureとは
アメリカ空軍の鍼灸総合医学センター(Air Force Acupuncture and Integrative Medicine Center)のリチャード・ニエムゾー博士が、即効的な鎮痛を目的とした「耳鍼療法」を研究する過程で、2001年に開発したのが『Battlefield Acupuncture』です。日本語では「戦場鍼治療」と訳されるように、そもそも戦場が医療現場であることを前提に開発されたものです。急性や慢性に関わらず痛みを抱えた兵士に対して、鎮痛剤を使うことなく数分で痛みを軽減し、しかも耳鍼という性質上、嗜眠などの副作用がほとんどないのが最大の特長です。もちろん戦場に限らず、この治療システムはわたしたちの日常の臨床全般でも利用可能であり、当に新たな「耳鍼療法システム」として今後日本でも注目を浴びそうです。

従来の「耳鍼療法」の経穴図では、胎児を逆さにした解剖学的形状を(フラクタルに)耳の形に反映されています。耳たぶの中央が眼であり、耳穴周辺の窪みが内臓群であり、耳上部が足に対応したツボという訳です。たとえば、肩痛の治療であれば「肩点」を治療穴として選び、そこに鍼を留めるのです。

ところが、『Battlefield Acupuncture』の場合は、次に示す5つの特定されたツボを選択的に使用されます。



【5つの特定のツボ】
   1:CINGULATE GYRUS  (帯状回)
   2:THALAMUS    (視床)
   3:OMEGA2    (オメガ2)
   4:POINT ZERO    (ポイントゼロ)
   5:SHEN MEN    (神門)

ここで1~5の番号は、取穴の選択的な順番(後述)を表しています。ツボの命名と根拠については全てを把握している訳ではありませんが、「CINGULATE GYRUS」と「THALAMUS」はおそらく脳の解剖学的な名前に由来し、「SHEN MEN」は従来の耳穴である「神門」(の中国語読み)に対応していると思われます。

これら5つの特定のツボは、鎮痛を目的に選ばれた訳ですが、その鎮痛に至る機序については、NHKの番組を拝借すると、次のように説明していました。
「5つの特定のツボを刺激することで、まずは前頭前野における脳の血流が増加して活動が活発になります。前頭前野のはたらきはそもそも脳の興奮を抑えることであり、そのことが、痛みを感じる扁桃体の興奮を抑えるように作用して、結果的に痛みを感じさせなくするのです。」というように、5つの特定のツボは中枢神経レベルを刺激して痛みの処理をすると考えています。逆に言えば、中枢神経レベルに特異的にはたらく5つのツボを、リチャード・ニエムゾー博士が発見したということです。

◆治療の手順


慢性腰痛患者を例にすると、「ペインスケール」の図表をみせて、いま歩いている時の腰の痛みを、仮に疼痛レベルMax10と設定してもらいます。痛い方の腰が左側であれば、まずは左耳の「1:CINGULATE GYRUS」に「ASP鍼」という専用の鍼を刺して留めます。そのまま2分間ほど歩いてもらい、先ほどの痛みがどの程度軽減したかを再度「ペインスケール」をみせて、疼痛レベルを数値(痛みが7まで軽減すれば7/10)で申告してもらいます。次に反対側の右耳の「1:CINGULATE GYRUS」に「ASP鍼」を留鍼して、再び2分間ほど歩いてもらい同様に疼痛レベルに変化があるかを確認します。

以上の方法を、「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の順番で左右に「ASP鍼」を留鍼し、逐次、疼痛レベルに変化があるかを確認していきます。その過程中に、申告した疼痛レベルが0~1/10になった段階で、目標を達成し治療は終了とします。ちなみに「ASP鍼」は最大3~4日間を目安に留めます。

但し、治療を施しても疼痛レベルが治癒に到達しない場合があります。高齢者のケースあるいは、より複雑な病理を有する慢性病のケースです。治癒に到達しないといえども、疼痛レベルがある程度減弱することは鎮痛作用が一定程度はたらいていることを意味しています。つまりそれは、痛みが軽減することで次第に自然治癒力が追随してくる道筋と考えられます。よってそうした場合は、隔週で治療を継続することが望ましいと、リチャード・ニエムゾー博士は述べています。
次回は検証結果を報告します。(つづく)

※参考文献:
https://www.isla-laser.org/wp-content/uploads/Niemtzow-Battlefield-Acupuncture.pdf

※追記(2018-12-15)
:POINTO ZERO とは臍部(へそ)を意味。脾点とも符号することから中焦を代表したツボと考えられる。