第17話:アスペルガー症候群

世界で6000万部も売上げたというミステリーの傑作「ミレニアム」3部作が、これほどまでに読まれるのは、たぶん準主役のリスベット・サランデルという女性の強烈な個性にあるとみています。孤独を好み、背中にドラゴンのタトゥーをした天才ハッカーで、幼少時には精神病院に収監させられたという謎の過去をもつ。見たことを瞬時に記憶する能力をもち、数学を好み、敵の襲撃を受けているときに「フェルマーの定理」を直感的に解いてしまうが、後に重症を負ってそのことを忘れてしまう。そんな彼女、実は「アスペルガー症候群」という設定になっているのです。

社会性の障害をもちながら、ときにはこうした特殊な才能をもつアスペルガー症候群と自閉を合わせて“ASD(自閉症スペクトラム障害)”と呼ばれますが、生まれつき脳の一部の働きにアンバランスがある「発達障害」のひとつです。子供のころは「言葉の発達が遅く」「友達の輪に入ろうとせず、一人で遊ぶ」「まわりの空気が読めず、突拍子もない発言をしてしまう」などという言動が特徴で、大人になってからの社会生活では「人の気持ちが分からない」とか「こだわりがつよい」ことが特徴とされています。

とかく誤解されやすいのは、「親のしつけの問題」や「性格の問題」や「心の問題」として扱われやすいこと。実際は、生まれつき脳の一部の働きにアンバランスがある発達障害。ですから子供の時に見過ごされるケースが多く、早期発見が課題になります。
この「生まれつき脳の一部の働きにアンバランス」という発達障害を、杉山登志郎(日本小児精神神経学会・常務理事)は、「障害」ではなく正しくは「発達の道筋の乱れ」とか「発達凸凹」という意味で理解しようと呼びかけています。

最近報道されたことですが、昭和大学付属烏山病院では「大人の発達障害」専門外来を開き、コミュニケーションスキルを学ぶデイケアが行なわれています。また外国の話ですが、ノルウェーのあるIT企業は、部門によってはアスペルガー症候群の人を優先して採用しているとか。「こだわりがつよい」という性格を逆に長所として企業側が活用し始めたというのは注目すべきことです。リスベット・サランデルのような強烈な個性でも、少なくともノルウェーでは働き口に困らないということになります。

過去に1度、アスペルガー症候群と診断されたばかりの40代の男性を治療したことがあります。その方いわく、専門医にちゃんと診断してもらってとにかくほっとした。人間関係で衝突しやすかったのは、すべて自分の「性格の問題」との呪縛から解放された気分。妻が僕のことを、やっかいでも「個性」と認めてくれたことがうれしい―とおっしゃっていたことが今でも印象に残っています。

※スティーグ・ラーソン『ミレニアム123』ハヤカワ文庫(11年)
患者さんの勧めで読んだらはまりました。1より2、2より3と面白みが倍増する稀有な本です。
※杉山登志郎『発達障害の子どもたち』講談社現代新書(07年)

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第08話:肩こり考(肩で仕事をする日本人)

患者さんに「肩こり」の話をするときは、自説の「鎧説」をもって説明しています。頸から肩背中にかけて菱形の僧帽筋がまさに「鎧(よろい)」のようなものですが、その鎧は人それぞれ一様ではない「しろもの」。軽い鎧もあれば、重く湿った鎧、重く鉛のような鎧などなど、きっとさまざまな事情を背負いこんだ結果なのです。

「鎧」は戦の道具。現代であれば、さしずめ仕事の場面が「戦」であり、戦闘モードのスイッチが入ることで、自然と僧帽筋を中心に無意識に身がまえ「鎧」となるということ。その「鎧」の緊張の度合いによっては不快な痛みを生じます。職場に近づくと「鎧」は重くなり、職場から離れると「鎧」は軽くなる。またゆっくり休暇を過ごせば「鎧」を背負っていたことを忘れるのです。仕事にかぎらず日常のストレスフルな人間関係においても同様です。以上の文章で「仕事」を「人間関係」に「職場」を「いやな人」に置き換えても同様です。

むろん肩こりの原因には、姿勢の悪さとかストレートネックなどの骨格的な原因も当然ありますが、それは肩こりのむしろ誘因といえるもの。圧倒的にストレスに対する肩の緊張と疲労が主たる原因といってよいでしょう。
それもこの「肩こり」は日本人特有のものという特徴があります。なぜなら外国語には「肩こり」に該当する言葉がなかなか見つからないからです。

東洋医学の本場中国では「肩こり」に該当するものはありません。中国では鈍痛のことを「酸(スワン)」と表現します。腰がスワン、肩がスワン、腕がスワンというように、ことさら肩の症状を特別扱いすることはないようです。
では米国の場合はどうかといえば、「肩」より「背骨」に着目します。例えば英語で根を詰めて仕事をすることを「重荷を背中に背負う」(carry a burden on one`s back)と言い、熱心に働くことを「背骨を折る」(break one`s back)という具合です。ですから、英語圏の人々は「肩」ではなく「背骨」(back)で仕事をしていることが分かります。ちなみに「腰痛」のことは「背骨の痛み」(back pain)と表現します。

ならば日本人は「肩で仕事をする国民」であるといえます。言葉が文化を語る証左という意味においても「肩」から派生した言葉がいかに多いか、以下のように列挙してみれば十分それが理解できます。
「肩書き」「肩肘を張る」「肩透かしを食らう」「肩代わりをする」「肩入れする」「肩で息をする」「肩が怒る」「肩で風を切る」「肩の荷が下りる」「肩がつかえる」「肩を並べる」「肩をかす」などなど。

ことほどさように「肩」には、日本人の生き方のすべてが集約されていることがわかります。「肩で仕事をする」健気な日本人であり、「肩こり」も日本の文化風土のひとつであることを考えると、あながち「肩こり」はわるいことだけではない気がしませんか。むろん「鎧」は軽いことにこしたことはなく、鍼灸師はしっかりそれに対してお助けすることは当然ですが・・。