第24話:アナログ感覚を取り戻す

患者さんの中には「仕事でパソコンを使っているので、家に帰ってまでパソコンは使いたくない」という方が結構います。ストレスフルな職場で一日中パソコンに向かい、当然眼は疲れ、頸肩はこりこりというパターンです。パソコンを使った仕事も多様化して、ある管理職の方は右手のマウスで承認印のクリックを400件カチカチするとか、ある商社マンの方は毎日約120件のメールに目を通し、その半分の約60件に返信するとのことです。通勤の電車では、携帯やスマホで仕事から離れた世界に癒しを求めるのでしょうが、いかんせんそれはバーチャルな世界、やり過ぎるとまた目が疲れることになります。

ことほどさように、デジタルは思った以上に生活に深く浸透しているだけに、週末は身体を動かしたり自然と触れ合ったりするなど、意識的にアナログ感覚を取り戻す工夫をしてみることが大事になります。言い換えると、現代は実感というものが持ちにくくなっている時代であり、リアリティを感じるセンサーが働きにくくなっている。だからこそ、アナログ感覚の体験は、リアリティを感じるセンサーを磨く貴重な機会になります。

患者さんによくこんなことをいいます。「ここのベッドで横になっているときだけでも自分の身体と向き合って下さい」と。自分自身が身体をいたわることは、まず自分の身体や呼吸に意識をもっていくことです。できることなら、普段から1日のうち15分でよいから「ぷち瞑想」をお勧めします。そうしたことがリアリティーを感じるきっかけであったり、大事なアナログ感覚を取り戻すことになります。

そもそも私の鍼灸治療は、遠赤外線とか低周波治療器のような電気医療器具は一切つかわず、昔ながらの鍼とお灸を基本としています。私は勝手に「アコースティック治療」と名付けています。まさにアナログな治療だからこそ、患者さんにとってはアナログ感覚を取り戻す効果があるのだと思っています。
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第23話:7歳までは神の子

◆身体で反応する子どもたち
もう20年ぐらい前のことですが、娘が通う保育園のイベントに参加したときのこと。保母さんが読む紙芝居「三びきのやぎのがらがらどん」を食い入るようにみている子供たちを後ろからみていました。「三びきのやぎのがらがらどん」は北欧の民話。絵本が家にあったのでストーリーは覚えていました。小中大の体格が違う3匹のヤギが草を食べに行くのに必ず橋を渡らなければならない。でも橋の下にはトロルという怖いバケモノが潜んでいて、ヤギを襲って食べてやろうと待ち構えています。さあ3匹のヤギは無事に橋を渡って草を食べにいけるでしょうか-というストーリーです。正直そんな単純な話のどこが面白いのかな~と大人の私は思っていました。

ところがです。子どもたちの反応は予想外の展開。子どもたちはトロルの顔を見ると本当に怖がるのです。ヤギが橋を渡りながらトロルと(こづるく)駆け引きをしてうまくかわすと自分のことのように喜び、最後の大きなヤギがトロルを木っ端みじんに(結構残酷に)やっつけると拍手喝采です。最初は子どもたちの身体はじっとしていたのが、しだいに大きく揺れながら反応していきます。どこが面白いのかな~と思っていた私にはちょっと衝撃的な出来事でした。きっと大人がすでに失くしてしまった感性で、子どもたちは反応している。大人のように頭で考えるのでなく、子どもって身体でまるごと反応するものであると教えられました。

◆ツボがシュルシュル
治療のなかでも、こんなことがありました。娘が5才ぐらいのころ、慢性鼻炎があるのでよく鍼治療をしてあげていました。「FMテスト」(筋肉をつかって反応を診る方法)を使ってツボを探るのですが、手をかざして反応があるツボに手が止まると、娘の身体も確かに反応を感じています。娘に聞くと「(ツボのところに)シュルシュル風のようなものを感じる」といいます。ところが、シュルシュルと風のようなものを感じていた娘でも、成長とともに次第に何も感じなくなって、23歳になった今ではそんなことがあったことすら忘れているくらいです。

これは娘に限った話ではなく、こうした特別な感性は子どもには元々備わっていて、成長とともに失っていくもののようです。たまたま大人になってもそれが残っている方がまれにいますが、シュルシュルと風のようなものを感じる、まさに双方向性の反応を共有できる患者さんは、今まで1人しか出会っていません。それはかなりアンテナが敏感な患者さんでした。私の推論ですが、子どもの五感の発達においては当初は凸凹があり、凸凹がなくなり平均化することが大人になるということではないかと思っています。子どもは凸凹があるぶん突出した受診能力、それも身体でまるごと反応する能力をもっていると思うのです。

◆中世では「神の子」
日本の中世に詳しい網野善彦(歴史学)は「中世では7歳までは神の子とみていた」と述べています。つまり子どもは「神」のような特別な感性を備えているということ。幼名に「--丸」と付けるのは「丸」は神を表す言葉だからといいます。船に「--丸」と銘々するのも、船を神格化して海難から避けるという願いが込められているのだそうです。
子どもは特別な感性を元々備わっていることをして、子どもは神の子という見方は、大きくうなづけるところです。

※『三びきのやぎのがらがらどん』福音館(64年)
※網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』ちくま学芸文庫(05年)

第22話:身体で読む『梁塵秘抄』

NHK大河ドラマ「平清盛」で松田翔太が好演している後白河天皇(法皇)を御存知でしょうか。保元の乱で勝利すると、失脚した兄の崇徳上皇を讃岐へ島流しというのが先週までの展開だったかと思います。(真剣に観ていないので間違っていたらごめんなさい)
後白河天皇は権謀術策に明け暮れながら、熊野に三十回も詣でたと自慢し、白拍子(遊女)を傍にはべらせながら、今様(今でいう歌謡)を歌っていとまなかったという天皇です。ちなみにこれまで大河ドラマで演じた俳優といえば、尾上松緑(「草燃える」)や平幹二朗(「源義経」)などで、松田翔太同様まさに怪優に相応しい役者が常にキャスティングされています。

興味を離さないのは、白拍子が歌った今様の数々を後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』です。仏への帰依を哀切に歌う法文歌(ほうもんか)を始め、戯れ歌、男女の機微、子を思う親の心を歌うなど多様な今様歌謡の珠玉集です。

「佛(ほとけ)は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあはれなる、
         人の音せぬ暁(あかつき)に、ほのかに夢に見え給(たま)ふ」

法華経の教えをかみ砕いて「仏さまは不滅なものとしていつも尊いものです。人の物音のしないような静かな暁には、かすかに夢の中に姿をみせてくださいますよ。」という意味になりましょうか。

「遊びをせんとや生まれけん、戯れせんとや生まれけん、
   遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそゆるがるれ」

「遊ぶために生まれて来たのかしら。戯れるために生まれて来たのかしら。遊んでいる子どもの声を聞いていると、私の身体さえも(うずうず)動いてしまう」という様な意味でしょうか。

これらが当時どんな旋律で歌われていたかは(資料が残されていないので)わからないそうですが、この有名なフレーズにかぎらず、今様がもつ独特のリズム(七・五音四句形式)が不思議にもひびいてきます。それこそ「我が身さえこそゆるがるれ」ではないですが、頭で理解するのではなくて、自然に身体に伝わってくる心地よさがあることを、最近気づきました。

日本語には、頭で理解される文章の他に、『梁塵秘抄』のように読み手の身体にストンストンとリズミカルに入ってくる文章があるようです。本来言葉の持つ力、言霊の力というのでしょうか、身体で読むことで、身体に流れる気がより流れて「我が身さえこそゆるがるれ」となります。『梁塵秘抄』を声に出して読むのは、きっと身体にとっても良薬に勝るものと思っています。

※佐佐木信綱校訂『梁塵秘抄』岩波文庫(33年)
※西郷信綱『梁塵秘抄』ちくま学芸文庫(04年)
 「梁塵」とは妙なる歌のひびきに梁(うつばり)の上の塵も動くという中国の故事に
 もとづく語である―と解説しています。
※石牟礼道子・伊藤比呂美『死を思う―われらも終には仏なり』平凡社新書(07年)
 「梁塵秘抄」から死生観を学ぶという対談が面白い。

第21話:老いと向きあい病をつれそう

高齢の患者さんで特に80歳を越えると、どうしても完全には治らない病をかかえる方が多くなります。腰骨が曲がっていたり膝の軟骨がすり減っていたり、骨の変形はもちろん元にもどることはないのですが、少しでも進行を抑えたい、つらい症状をいくらかでも軽くしたいと定期的に鍼灸治療を受けられます。患者さんにとっては、ひとつの病を抱えるだけで精神的に参ってしまいがちですが、現実につきつけられた問題として、完全に治らない病とどう向き合い、どう上手に付き合っていくかが、とても大事なテーマになっていきます。そして老いの先にある「死」をみつめることにもなります。

歌人の斎藤史(さいとうふみ)(1909~2002)は、老いや病の処し方をテーマにした短歌をたくさん遺しています。単に老いや病と明るく向き合う歌というだけでなく、深い洞察に裏打ちされた人生の真理を提示してくれます。へたな養生書よりきっと参考になりそうです。

「〈コワレモノ注意〉と書ける包み持ち 膝病むわれが傾き歩く」(斎藤史)

これなんか情景が浮かんでくるユーモラスな歌です。自分の膝とコワレモノ表示を対比するおかしさ、そんな状況をむしろ楽しんでいるかのようです。多くの人は膝を傷めると自由に出掛けられないことにまずはショックを受けます。斎藤はそんな自分の姿さえも明るく観察してしまう小気味よさがあります。

「死の側(がわ)より 照明(てら)せばことにかがやきて 
               ひたくれなゐの生ならずやも」(斎藤史)

老いは死をみつめることです。これは歌集「ひたくれなゐ」に収めた彼女の代表的短歌です。いつかは必ず死ぬものと分かってはいても、いざ現実の無常感を前にすれば誰しもが死の恐怖にあたふたとする。ところがこの歌では、暗い死の側よりのぞくと実は生がなんと輝いていることか、という発見。これは中々気づかない着眼です。一瞬の生に光明がさして、いまを大切に生きようと思わせます。 

以前、大病をしたAさん(80代)の自宅に毎回出張して、病後の体力回復のために鍼灸治療をしていました。治療の効あって体力は回復してきたのですが、少し物忘れが多くなったことを気にしはじめると「もう死にたい」と口にするようになりました。「次回私が来るまではとりあえず死ぬことはやめて生きていること」を約束してもらい、出張治療を続けていました。治療家は患者さんの身体だけでなく、心にも向き合っているという当たり前のことに気付かされながらも、ただ無力感を味わうだけでした。ふと斎藤史の「ひたくれなゐ」を思い出し、Aさんには「いまを大切に生きてほしい」と祈るばかりでした。

※斎藤史『斎藤史歌文集』講談社文芸文庫(01年)

第20話:「旧暦」を調べてわかったこと

◆はじめに
『旧暦カレンダー』を治療室のいつもみえるところに貼っています。月齢がビジュアルにわかるように、月の形が日付の下に描いているスタイルが一番便利です。本日2012年6月20日でいうならば、旧暦の5月1日で新月になります。そう今日から皐月(さつき)。梅雨は水無月より旧暦の皐月の方が似合います。

「満月に人は生まれやすく、新月に人は死にやすい」とか「満月になると気分や体調に変化を起こしやすい」などといわれます。実際そうした傾向を感じることはあります。ではこの旧暦という暦はどんな特徴があるのか調べてみました。

◆旧暦の歴史と概要
中国哲学では天人相関の基本的信仰があります。自然界の現象(天)と人間生活の現象(人)との相関関係を経験的に見出して、その関係性を尊重する眼差しをもっていることです。古代中国では同じ天を扱う「天文」と「暦学」が、精密科学としての伝統的地位を確立していました。その中の「暦学」は天の運行の規則性を見出し、その規則によって将来をも正確に予測するもので、太陽や月の運行の数学的関係式を作り、将来の日食や月食を予報するまでに至り、四千年以上前に開発されたのが「農暦」という暦でした。

旧暦とは正確には「太陰太陽暦」という暦法です。日本では明治5年(1872年)12月3日の改暦まで、千二百年以上にわたって使われてきました。基本は「農暦」と同じです。古くは7世紀後半「白村江の戦い」の後、百済から逃れてきた渡来人によって日本に伝わったとされています。中国の隋唐に倣った律令官僚制度のなかでは、「陰陽寮(おんようのつかさ)」にあり、天文博士や暦博士が担っていました。実際の季節とズレを修正する目的もしくは政治的な目的からしばしば改暦を繰り返してきました。ちなみに針灸博士は「典薬寮(てんやくのつかさ)」になります。

この旧暦は、基本的には月の運行を中心として、1年は大の月(30日)が6回、小の月(29日)が6回、合わせて354日になります。しかし、そのままでは「太陽暦」との誤差が、1年で11日あまりも生じてしまいます。春夏秋冬のある東アジアでは、四季がずれてしまうのです。古来、中国では天文学が発達していたので、一年(太陽年)が365日であることが分かっていたのです。(これがすごい!)そこで考えだされたのが、「太陽暦」を活用した「閏月(うるうづき)」です。太陽暦との誤差を調節するために、「平気法」という法則に基づいて、19年に7回、閏月が入り、その年は1年が13ヶ月になります。
旧暦を一般的に「太陰暦」と呼ぶことで、月の運行だけで作っていると誤解を生じやすいのですが、実際には月の運行と太陽の運行の両方を加味した「太陰太陽暦」なのです。また、二十四節気(立春~大寒)が四季の区分の指標になっています。

◆旧暦の活用
実は今年2012年は「閏3月」があり、1年が13ヶ月で構成されています。これは今年の春は1月から閏3月まで4ヶ月あることになり「今年の春は長い」という季節の特徴を示しています。実際太陽暦で言えば旧正月(春節)だった1月23日から5月20日までの期間になります。(つまり金環日食の5月21日から夏がスタートしていた。)閏月が四季のどこに入るかで、日本の気候が大きく変動することも、実際の気象統計と照合すると納得できるといわれています。こうした旧暦の情報から前もって商売に活用することもあるとか。たとえば婦人服を扱う経営者が、今年は春が長いとの予測をもとに、長袖のブラウスや薄手のセーターをいつもより多めに仕入れて長めに置くのだそうです。

◆天文学的な文化遺産
ところで今年の相次ぐ天文ショーで気づかれたと思いますが、金環日食の5月21日は旧暦の4月1日の新月で、部分月食の6月4日は旧暦の4月15日の満月でした。つまり日食は新月の朔(1日)にあり、月食は満月の望(15日)と決まっています。暦が太陽と月の運行に密着するように作られいて、旧暦は太陽暦よりもはるかに天文学的であるということです。一方西洋から始まった「太陽暦」は、天文学とは離れたところにあり、生活上の便宜のための簡単なもの、もしくは教会の行事や年中行事を暦注するものであったというわけです。「太陽暦」であれば来年のカレンダーを子供でも作れますが、旧暦のカレンダーはそう簡単には作れないのです。ですから古来より暦学家は太陽や月の運行を数学的関係式で割り出し、その正しさを日食や月食の予測で確認していたのです。

旧暦の知識を学ぶといろいろなことがわかってきます。旧暦は迷信でも不合理なものでもなく、先人が遺してくれた文化遺産です。きわめて天文学的に裏打ちされたもの、ひらたくいえば「自然のありように適した暦」というだけでなく「人にやさしい暦」なのです。

※中山茂『日本の天文学-占い・暦・宇宙観』朝日文庫(00年)
※小林弦彦『旧暦はくらしの羅針盤』NHK出版生活人新書(02年)

第19話:身体の声を聴く

患者さんとは一期一会の御縁をいただいて、一定の時間のなかで同じ空間を共有しています。治療家はそこで患者さんの身体と上手く感応できてこそ、身体の声を聴くことができ適切な診断治療ができると理解しています。そんな意味から、鍼灸治療は「気の交流」であると思っています。

伝統的な「脈診」においても、手首にある橈骨動脈を触れた感触から身体全体の状態を窺うことは、極めて感覚的な診断システムですが、「部分」から「全体」を窺うという構図からして、山田慶児「感応の原理」として成り立っていると説明しています。

ツボを探るときに、丁寧に触診して反応穴(治療にとって必要なツボ)をみつけるときもあれば、患者さんと話しながら身体を診ている中で、突然目の前にツボが現れる場合があります。まるでツボが鍼やお灸をしてと言わんばかりにです。不思議な現象ですが、同業の友人に聞いても同じような経験をしたことがあるといいます。

また常連の患者さんと治療中に何気ない話をしているときに、患者さんが話そうとしたことが、私が先に口に出したり、逆に私が話そうとしたことが、患者さんが先に口にだしたりすることがあります。これは以心伝心というか、ユングがいう共時性(シンクロニシティ)の世界として、深層の無意識レベルでお互いが感応しあっていることだと理解しています。

このように、患者さんの身体を聴くという行為は、治療家が患者さんの身体と感応して捉えるわけで、感性を基にした診断技術(脈診や触診など)を体得しておくことは当然のことですが、最も肝要なことは、治療家自身のアンテナ(受信能力)の精度を上げておくことです。

そこで、患者さんを前にしてアンテナを張るときは、いつも意識していることがあります。身体感受性を最大化するために、できるだけ「自分の身体を細かく割る」ということです。自分の身体をソリッドな単体ではなくて、人間の身体を構成する六〇兆の細胞で割るのです。つまり六〇兆の細胞で診るというイメージです。これは内田樹が武道家から教わったやりかたで、本来は武道家が相手の身体から送られてくる身体信号を聴きとるときの身構えですが、治療における「身体の声を聴く」ことにも大いに参考になっています。

ちなみに私が行う「身体の声を聴く」診察方法は、主に「FMテスト」というオリジナルの診断法を使っています。患者さんの筋肉(腕橈骨筋)に尋ねる方法なので、「Oリングテスト」の変法ともいえます。それを体系化しようと、文章にして書きとめては、また書き直したりしています。独り善がりにならず、あくまでも再現性と客観性をクリアできる診察技術として磨いていきたいと思っております。

※山田慶児『中国医学はいかにつくられたか』岩波新書(99年)
※内田樹『死と身体-コミュニケーションの磁場』医学書院(04年)

第18話:「息」と「気」

歌人河野裕子が亡くなるまでの闘病生活を記録したETV特集を観ました。ガンを患いほとんど寝たきりでも歌を詠み、かぼそくも精一杯の声でしぼりだす三十一文字を、夫の永田和宏(歌人/科学者)は病床で聴きとり克明にノートに綴ります。そしてまさに歌人河野裕子の最期の歌となったのが

「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」

手を伸ばしてみると、最愛のあなたに触れたような気がしたけれど、それを確かめようにも、もう息がたりない、という意味なのでしょうか。壮絶さの中にも夫婦の情愛が満ちた相聞歌です。

この世をつなぎとめるのは「息」ということ。国語でも「いき」と「いきる」と「き」の間には密接なつながりがあります。「生」と「死」の間には人体の物質的質量は変わらないのに、息があるか息がないかの違い、そして気があるか気がないかの違いが歴然とあります。古くは『日本書紀』などで、気を「いき」と呼んでいたとか。また『黄帝内経』では「一呼吸で気は3寸進む」とあります。気は気息、呼吸と密接な関係があるとみなしています。

東洋の伝統的な身体修行として「坐禅」や「静坐」などがありますが、一括して「瞑想」とよばれます。これらは単にリラックスさせるだけではなく、本来宗教的な「行」として発展してきました。宗教的といっても目的はひとつ、心と身体をひとつ(心身一如)にすることです。心と身体をひとつになるには、間をとりもつ「気」のはたらきをよくすること。「気」のはたらきをよくするには当然「息」を調える(調息)ことが大切というわけです。逆にいえば、「呼吸法」の目的は「気を調える」これに尽きるのです。

鍼灸治療した後は、身体が軽くなりなんとなく元気になっているといいます。そして呼吸に意識をもっていくと、明らかに治療前に比べて呼吸が深くなっています。呼吸が深いということは自律神経が安定して上体がリラックス、いわゆる”上虚下実”(丹田に気が充実してどっしりし、上体には余分な力が入っていないこと)の理想形になっていること。鍼灸治療によって気の流れが調い、その結果呼吸もしっかり調うということなのです。

とはいえ、普段限りある「この世の息」を意識して呼吸などしていないものです。ただ禅の世界では坐禅をしながら呼吸に意識をもっていく「数息観」という呼吸法があります。静謐な中で「いき」と「いきる」をひとつにするということでしょうか。東洋の身体修行には、あらゆる深遠なメソッドがすで用意されていることに、いまさらながら驚かされます。

第17話:アスペルガー症候群

世界で6000万部も売上げたというミステリーの傑作「ミレニアム」3部作が、これほどまでに読まれるのは、たぶん準主役のリスベット・サランデルという女性の強烈な個性にあるとみています。孤独を好み、背中にドラゴンのタトゥーをした天才ハッカーで、幼少時には精神病院に収監させられたという謎の過去をもつ。見たことを瞬時に記憶する能力をもち、数学を好み、敵の襲撃を受けているときに「フェルマーの定理」を直感的に解いてしまうが、後に重症を負ってそのことを忘れてしまう。そんな彼女、実は「アスペルガー症候群」という設定になっているのです。

社会性の障害をもちながら、ときにはこうした特殊な才能をもつアスペルガー症候群と自閉を合わせて“ASD(自閉症スペクトラム障害)”と呼ばれますが、生まれつき脳の一部の働きにアンバランスがある「発達障害」のひとつです。子供のころは「言葉の発達が遅く」「友達の輪に入ろうとせず、一人で遊ぶ」「まわりの空気が読めず、突拍子もない発言をしてしまう」などという言動が特徴で、大人になってからの社会生活では「人の気持ちが分からない」とか「こだわりがつよい」ことが特徴とされています。

とかく誤解されやすいのは、「親のしつけの問題」や「性格の問題」や「心の問題」として扱われやすいこと。実際は、生まれつき脳の一部の働きにアンバランスがある発達障害。ですから子供の時に見過ごされるケースが多く、早期発見が課題になります。
この「生まれつき脳の一部の働きにアンバランス」という発達障害を、杉山登志郎(日本小児精神神経学会・常務理事)は、「障害」ではなく正しくは「発達の道筋の乱れ」とか「発達凸凹」という意味で理解しようと呼びかけています。

最近報道されたことですが、昭和大学付属烏山病院では「大人の発達障害」専門外来を開き、コミュニケーションスキルを学ぶデイケアが行なわれています。また外国の話ですが、ノルウェーのあるIT企業は、部門によってはアスペルガー症候群の人を優先して採用しているとか。「こだわりがつよい」という性格を逆に長所として企業側が活用し始めたというのは注目すべきことです。リスベット・サランデルのような強烈な個性でも、少なくともノルウェーでは働き口に困らないということになります。

過去に1度、アスペルガー症候群と診断されたばかりの40代の男性を治療したことがあります。その方いわく、専門医にちゃんと診断してもらってとにかくほっとした。人間関係で衝突しやすかったのは、すべて自分の「性格の問題」との呪縛から解放された気分。妻が僕のことを、やっかいでも「個性」と認めてくれたことがうれしい―とおっしゃっていたことが今でも印象に残っています。

※スティーグ・ラーソン『ミレニアム123』ハヤカワ文庫(11年)
患者さんの勧めで読んだらはまりました。1より2、2より3と面白みが倍増する稀有な本です。
※杉山登志郎『発達障害の子どもたち』講談社現代新書(07年)

第16話:西洋の「プネウマ」と「気」

日本で「スピリチュアル」という言葉が頻繁に使われるようになったのは『オーラの泉』が大きなきっかけになったように思います。オーラの色とか守護霊とか前世の記憶とか、それまで密やかに扱われていたはずの言葉が、お茶の間で普通に口にするようなりました。「霊的な世界」ではなく「スピリチュアルな世界」と表現し、江原さんを「霊能者」と呼ばず(本来精神療法家という意味である)「スピリチュアルカウンセラー」と呼ぶように、「霊的」を「スピリチュアル」と置き換えただけで、ずいぶんとファッショナブルな装いに響いてくるものです。

気になるのは、日本人が考える「霊的」と西洋人が考える「スピリチュアル」にはほんとうに差異はないのだろうかという疑問です。英語ではthe spirit(霊)、spiritual(霊的)、spirituality(霊性)などがありますが、そのなかのspirit(霊)という語源と言葉の周辺を調べてみました。

すると神学に詳しい佐藤優(作家・元外務省高官)の本に詳しくその解答がありました。
この「spirit」は、意外にもその語源がギリシャ語の「プネウマ(霊)」に行きつきます。キリスト教のみならず西洋思想のなかでは、「プネウマ(霊)」は「プシュケー(魂)」と共に二項対立の言葉として存在しています。霊があるところに魂があり、魂があるところに霊があるという関係です。

このギリシャ語で「プネウマ」というのは、もともと「いき」「いぶき」「気」という意味をもつ語であり、そのかぎりで、いのちの根源すなわち生命原理を指し示す語になる。次に、プネウマは「風」「空気」という意味にも用いられる。ラテン語で、これに相当するのはスピリッスという語だが、これが近代の英語でスピリット、フランス語でエスプリ、ドイツ語でガイストとなり、われわれの国語ではこれに「精神」「霊」または「気合」という訳語を当てている。-とあります。

                     → スピリッス(ラテン語)
「プネウマ(霊)」(ギリシャ語) → スピリット(英語)   ← 霊・精神(日本語)
                    → エスプリ (仏語)
                     → ガイスト (独語)

アルコール度の高いお酒を「スピリット」と呼びますが、ポーランド製の「スピリタス」はなんと95度以上もあるとか。まさにプネウマの力がこめられたお酒です。スピリタスを飲むと体内にスピリットが、つまり気合が入った気がするというもの。そして強い酒のぷわっとむせるようなエネルギーが強い風のように吹くイメージとして捉えられているわけです。

日本人が考える「霊的」と西洋人が考える「スピリチュアル」はまったく同義ではないことは、文明の差異から明らかです。西洋では霊と魂を分けて考えますが、日本では霊魂という言葉があるように、両者はひとつにされています。さらに中国では霊魂を陰陽のカテゴリーとして「魂」と「魄」に分けて考える、という特徴もあります。背中の肩甲骨の内側には、「霊」「神」「魂」「魄」そして「神」という字が付くツボが密集しています。これらを中国哲学をもって交通整理して分析すると、また新たな興味が湧いてきますがそれは次の機会にします。  参照記事⇒「第99話:背中のツボからみえるもの」

いずれにしてもここで重要なのは、ギリシャ語のプネウマがもともと「いき」「いぶき」「気」という意味だったり、「風」「空気」という意味をもっていたこと。西洋の「プネウマの原理」は中国の「気の原理」と近いところにあるということです。

※佐藤優著『はじめての宗教論・右論』NHK出版生活人新書(09年)
 ここでのプネウマの解釈は、松浪信三郎『死の思索』岩波新書(83年)を引用。

第15話:健康と霊性

ブータン王国は国民の約97%が「幸せ」と回答する国として話題になりました。それは医療費と教育費は無料で、伝統的な文化・社会・環境にも配慮した国民総幸福量(GNH)を追求する国策にあることはもちろんです。ただその背景には仏教の価値観が絶対的に大きいといわれます。国民の8割を占めるチベット系仏教(ドゥック派)は「国家の精神的な遺産」であり、宗教建築物や人々の習慣など生活のいたるところに仏教が根づいています。特に国民ひとりひとりが来世を信じている。だから、死ぬことは何も怖くないという精神的霊性に包まれているからこそ、心の健康を満たし幸福だと実感できるのでしょう。

健康とは身体的なもの社会的なもの、そして精神的なものというのがWHO憲章の「健康の定義」です。ブータンの例はその「精神的(mental)なもの」に増して「霊的(spiritual)なもの」をも、健康の大事な要素として捉えている例証です。

このことはブータンに限った話ではなく、WHO憲章の「健康の定義」改正案を協議されたことが、象徴的な出来事としてあります。それは98年のWHO執行理事会(総会の下部機関)において、「健康の定義」に「霊的(spiritual)なもの」という文言を追加する改正案が審議されたのですが、賛成22、反対0、棄権8の投票結果により、総会の議題とすることが採択されました。賛成に強く動いたのはキリスト教やイスラム教の国々でした。ちなみに日本は「十分な審議が必要」として棄権にまわっています。

以前、帯津良一(医師)は講演のなかで、「死後の世界までを含めて養生の範囲とする」と話していたのがとても印象に残っています。末期ガンの患者さんと日々共によりそう医師の立場からの発言ではありますが、ガン患者にかぎらず普段から死後のことを考えておくことが心の健康を保つ、誰もがもつべきひとつの養生学である-という貴重な提案に受け取りました。たしかに「死生学」は今まで末期ガン患者の終末期医療のなかで論じられてきましたが、これからは哲学家や宗教家の智恵を借りて、現代人の普遍的な養生学として俎上にのせることが大切なのかもしれません。

現代の日本では「霊的」とか「霊性」という文言にとかく馴染めないでいるのは、あえて口にしない国民性にあるからではないでしょうか。悠久の日本の文化や神仏宗教を背景とした歴史を考えれば、きっと日本人の霊性はひとりひとりのDNAに刻み込まれ、静かに眠ってスタンバイしているような気がしてならないのですが。


※WHO憲章「健康の定義」改正案採決のその後
翌99年開催のWHO総会で議題になりましたが、現行の憲章は適切に機能しており本件のみ早急に審議する必要性が他の案件に比べ低いなどの理由で、審議しないまま事務局長が見直しを続けていくこととされました。

【改正案】 ( )部分が追加された文言
"Health is a(dynamic)state of complete physical, mental,(spiritual)and social
well-being and not merely the absence of disease or infirmity."
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
 肉体的にも、精神的にも、霊的(spiritual)にも、そして社会的にも、
 すべてが(連続的に)満たされた状態にあることをいいます。」


第14話:安神堂の「七福神」



平成10年の開院以来、治療室の一角を飾っている「七福神」を紹介します。
現在は高知に転勤されたAさんのお勧めで、洗足池の「こうえつ庵」さんから購入したもの。たしか美濃焼の女性陶芸家の作品と聞いています。

宝船に乗った七福神の絵でおなじみの「七福神信仰」は江戸時代に流行。
中国・インド・日本出身の元々アウトローだった神たちを、笑いの神にしたとか。
竹林の七賢人のような哲学はないけど、気楽で自由で満ち足りたインターナショナルな平和共存ムードは十分満載しています。

上列左から中国は道教と禅出身の「福禄寿」「寿老人」「布袋」
前列左からインドはバラモン教出身の「毘沙門天」「大黒天」「弁天」
そしてその右端が日本の固有神「恵比寿」です。
よくみると中国出身のお三方がみな眉毛が白く差別化されています。

三国の神々はみな平等で楽しく遊ぶ様から、梅原猛は七福神を「平和共存遊び曼荼羅」と呼んでいます。笑いの知恵によってみんなが健康になり、平和な世の中になればとの願いが込められています。

※梅原猛著『仏像のこころ』集英社文庫(87年)

第13話:お灸の俳句

昨年のことです。患者さんのAさんがお灸の俳句を詠んでくれました。
そろそろ梅雨明けかなと思うころ、開口一番「お灸」の句を作ったから、ぜひ見てほしいとおっしゃいます。なんでも当月の句会で、当季雑詠として投句したばかりだそうで、報告方々その作品を披露してくれました。

短冊には丁寧な字で次のように書かれていました。

「鍼灸の 炎る響きや 身の緊まる」

ちなみに「炎る(もゆる)」は夏の季語と説明。講評の段では、他の会員の多くが鍼灸治療の経験がなく、どうしてもこの「炎る響き」という表現を理解してくれなくて悔しかった、とAさんはおっしゃっいます。

Aさんは70代後半。治療しながらかわす会話からも、俳句がいかに大切なものであるか、俳句に疎い私にも重々伝わってくるほどです。
句作にかける意欲は衰える様子もない。ただ没頭するあまりについ長時間坐ってしまうと腰に疲労はたまりやすく、その都度治療においでになります。

鍼灸治療の目的は、腰の疲労を取ってあげることは勿論のこと、専門的には「腎虚」の治療です。「腎虚」の特徴のひとつが「根気の衰え」。お灸で「腎」を養うことで、いつまでも句作に励む意欲(力)を保つ―そんな願いをこめつつ治療に「気」を込めます。お灸は指で小さくひねって据える昔ながらの方法(透熱灸という)。火傷することなくジワッーと身体の深部まで熱がとどくのが、とても気持ちがよいとAさん。ときには腰のツボにお灸を据えているのに、なぜか足先の方に「ジーン」と伝わります。これが「お灸の響き」といって、気の流れが広範囲に通じたことだと私は理解しています。

お灸独特の「響き」を、夏の季語「炎る」を添えて詠んでいただくことは、治療家冥利に尽き、何よりもうれしいことです。Aさんの一句、永く大切に胸に刻んでおきます。

第12話:本山博の世界

6月3日、慶応大学三田キャンパス北館ホールで開催されたシンポジウム『地球時代のスピリチュアリティと宗教』を聴いてきました。目玉はなんといっても本山博の講演です。これまで一般向けに講演することが少ないため、今回は貴重な講演になるだろうとの予想に、案の定会場は立ち見がでるほどの盛況ぶりでした。本山博は現在87歳、耳が不自由なこと以外はカクシャクとした話しぶり。本山博を知らない方に一言で説明するのはたいへん難しいのですが、彼は宗教家であり科学者です。宗教家としては「密教ヨーガ」を中心とした宗教的行者。科学者としては「気の科学」の探求者であり、「経絡」の存在を世界で初めて科学的に実証した功績があります。

このシンポの主催者は慶応大の樫尾直樹(宗教学)や千葉大の小林正弥(公共哲学)らの著名な学者です。いまなぜ本山博かという理由を、シンポジストの小林は「本山博には実証科学としての確実な基礎がある」と言及し、本山が説く霊的精神性とコミュニティーの考え方には、公共哲学としても注目している-と述べました。続いて自らが瞑想を始めてもう3年たつという同じくシンポジストの樫尾は、「宗教的実践(行)をしない宗教学者」を「料理を作らない料理研究家」と自嘲気味に喩え、「宗教学者自らがまずは坐ろう」と実践的姿勢を提案し、その上で本山博の宗教学的業績を検証していく必要性を説いていました。

こうした著名な学者たちが本山博を取りあげるのは、きっと昨年の東日本大震災が大いに関係があるのでしょう。「文明の事故」ともいえる福島原発事故は、今や地球規模で解決されるべき問題です。そこにスピリチュアリティと宗教に回答を求めるひとつのムーブメント。今後もさらに注目していきたい事柄です。

私が本山博に関心をもったのはここ半年のことです。きっかけのひとつは治療上のヒントを、たまたま読んでいた本山博の著書から共時的に得られたこと。もうひとつは永年探し求めていた『天台小止観』の解説本が本山博の著作のなかにあったことです。(日蓮宗の僧侶でありシンポジストの影山教俊も『天台小止観』が本山博と関わったきっかけであると話されていました。)

講演会で話を直接聴くのは、私にとって今回初めて。限られた時間の中で多くを得ることは叶わぬことですが、ただ本から受けるイメージと寸分違わずという印象を得たことが今回の収穫でした。私が宗教家を選ぶ際には2つの基準があります。「行者であること」と「清廉であること」。このふたつを本山博は見事に満たしています。


※本山博(1925年~ ):
大正14年香川県小豆島生まれ。霊能者の母と養母の下で子供の時から宗教的行を積み、多くの神秘体験を経験する。東京文理科大学(現、筑波大学)大学院博士課程で霊的世界の実在性と人間存在の心身霊という多層性を、電気生理学、生物物理学などによって解明。これら論文発表の場が主に欧米のため、現在でも日本より欧米で有名。60年以上にわたるヨーガの瞑想行による宗教体験を基礎としながら、世界の諸宗教を比較宗教学的に研究。また、養母を教祖とした玉光神社(吉祥寺)の宮司でもある。

※本山博を知るための入門書2冊
本山博・稲盛和夫共著『人間の本質』PHP研究所(09年)
本山博著『スピリチュアリティの真実』PHP研究所(08年)

※本山博の世界を知るための名著刊行会シリーズ4冊
本山博著『坐禅・瞑想・道教の神秘』名著刊行会(91年)
本山博著『呪術オカルト隠された神秘』名著刊行会(89年)
本山博著『宗教と医学』名著刊行会(92年)
本山博著『気・瞑想・ヨーガの健康学』名著刊行会(94年)

※本山博の宗教的行を学ぶための2冊
本山博著『密教ヨーガ』宗教心理出版(78年)
本山博著『チャクラの覚醒と解説』宗教心理出版(90年)

第11話:『東北学』ふたたび

311の東日本大震災は、その日を境に「震災前」「震災後」と否が応でも時代を区分されたわけで、その歴史的な衝撃は一生忘れることはないでしょう。それと、ふるさと東北を今まで以上に意識させられました。

ここ数年、東北芸術工科大学の赤坂憲雄教授(現在は学習院大学教授)が提唱している『東北学』に関心をもっています。京都の歴史はたかだか1千数百年。それに比べ東北は1万年を超える長きにわたって、縄文の精神が流れている―そんな視座が当に「東北学」の真髄であり魅力です。発信している「東北文化センター」の設立宣言には、最後こんなくだりがあります。

「この東北こそ、日本に残された最後の自然―母なる大地―である。現代文明の過ちを克服し人間の尊厳を取り戻す戦いの砦である。」

少々大げさにみえた文章が、震災後に読み返すとリアリティをもって胸に届きます。「現代文明の過ち」は当に福島を中心とした原発事故そのものです。「文明の事故」は不幸にも東北を舞台にして起き、ついには日本人全体に課せられた十字架のように今や立ちはだかっています。

赤坂憲雄と7賢人との対話『東北ルネサンス』には、井上ひさし、中沢新一、谷川健一、高橋富雄などの対談を掲載しています。なかでも日本の近代化は絶えず東北を犠牲にしてきたと指摘していた井上ひさしが、もし生きていていたらこの状況をどうコメントしていただろうかと思いを馳せます。被災地の復興を願いながら、いま読み返すと新たな東北の在り方がみえてきます。

※赤坂憲雄『東北学/忘れられた東北』講談社学術文庫(09年)
※赤坂憲雄編『東北ルネサンス』小学館文庫(07年)
※赤坂憲雄共著『東北再生』イースト・プレス(11年)

第10話:絵画と「気」の交流(水墨画の世界)

◆瞬時に答えをだす人
美術館でひとつの絵画を観るときに、瞬時に答えをだす人がいます。その答えとは「これはダメ、私には合わない!」という感覚です。絵画に対する評価を一刀両断に下し、場合によっては踵を返してその絵から離れます。逆に「合う」となれば、じっとその絵画と対峙して魅入るときもあります。この「合う・合わない」という感覚は、理屈で説明できない領域のことで、それこそ肌が合うとか合わないというか生理的な感覚、もしくは原初的な感覚に近いようです。こうした方は絵画にかぎらず、初対面で人と会うときでも「この人は信頼できる人か否か」を瞬時に見分ける能力をもっているように見受けられます。つまり「人と人」の間での気のキャッチボールに敏感に反応する人は、「人と絵画(芸術作品)」の間においても、敏感に感応できるようです。

◆「受信能力」と「発信能力」
そもそも芸術作品の作り手である画家は、作品にこめられた美なり思想性なりを発信し、鑑賞する側はそれに対して受信する関係にあります。画家の横尾忠則は、その「発信能力」というのは男性原理であり「受信能力」というのは女性原理であると述べ、とりわけ芸術家本人は「発信能力」だけでは成り立たず、「受信能力」も兼ね備わっていないと成立しないといいます。作品の発想は直感的に「天から降りてくる」といいますから、芸術家は「受信能力」に長けていることがむしろ必須条件ということです。

横尾忠則らしいユニークな解説です。確かに「受信能力」が女性原理であるという指摘は、シャーマンは圧倒的に女性が多いことからも頷けますし、芸術家は男性原理の「発信能力」と女性原理の「受信能力」が両方兼ね備わっているという指摘も、芸術家にはいわゆる両性具有の(中性的な)方が多いということからも腑に落ちます。だとすると、絵画をみて瞬時に答えをだす人はそれこそ「受信能力」が長けた人であり、さらに表現手段を身につけて、外に発信する能力(男性原理)が備われば、きっと芸術家に近づけるということです。


◆水墨画にみる感応システム
このように「人と絵画(芸術作品)」の間に、気のキャッチボールを交わす感応システムが存在して、互いの関係性が築かれるわけですが、ここで絵画側からアプローチする特殊な世界である水墨画の世界を紹介します。中国で誕生した水墨画は特に禅との関係が深いともいわれています。

特筆すべきはこの「水墨画」こそ、「気」のキャッチボールを交わすことを目的にした稀有な芸術世界なのです。つまりもともと「美」を追求したものではなく、景色の「気」を絵にとじこめて、観るものにいかに感応させるか―を作品評価の基準にしています。「気の世界」との関連性として論じた湯浅泰雄の言を借りれば、

「黒はすべての色彩の否定で、白はすべての色彩の無。自然の風景からすべての色彩を剥ぎとっても、そこにはなお、みえない気(景気)が流れている。画家はそれを描くのである。さらに、その絵を観るひとにも、気の響きを感じるのである。」と解説しています。

これは中国南北朝時代(4~6世紀)の謝赫(しゃかく)が『古画品録』に論じた山水画の本質に関する心得のひとつ「気韻生動(きんせいどう)」をいいます。気韻生動とは「気の響きが生き生きと動いている」こと。最高ランクの水墨画とは、山水に漂う「気」を描きこみ、その絵にどれほど気韻が生動しているかで決まるというわけです。

景色の「気」を「景気」と呼び、景気が強い場所が「名所」として尊ばれます。近世のひとが「名所○選」とか、歌枕として好んだ場所はみな景気が強い場所です。今日の経済社会で「景気はどうですか?」といっている「景気」は、もともとは水墨画を由来とした景色の気だったのです。

※横尾忠則著『見えるものと観えないもの』ちくま文庫(97年)
※湯浅泰雄著『共時性の宇宙観』人文書院(95年)
※松岡正剛著『花鳥風月の科学』中公文庫(04年)