第47話:酒田の夕日

◆芭蕉もみた「酒田の夕日」
お国自慢といえば、なんといってもふるさと酒田の夕日です。夏から秋にかけての日本海に沈む夕日の美しさは、それはそれは格別なもの。若いときは「誰をも詩人にさせるほどの」と形容してその美しさを讃えていました。それが齢六十に近づくと、遠くふるさとを思いながら、かつて身を包まれたほどの夕日の美しさと寂しさの正体は、憂愁の思いを超えた、「西方浄土」への願いのようなものであったのではないかと思うようになりました。

これは日本画家小野竹喬によるもので、芭蕉が『奥の細道』の旅で、酒田の日和山から、眼下の日本海の落日を詠んだ
 「暑き日を海に入れたり最上川」
を絵にしたものです。
この色調はあくまでも小野竹喬の色調。それよりも、芭蕉が日和山に立ってこの句を詠んだことを、絵の構図から確認できます。上から日本海に沈む夕陽、その下に延びる宮之浦、さらにその下に流れる最上川。それはかつて子どもだったころ、何度も芭蕉と同じ視点で日本海の落日を望んだ「変わらぬ風景」ということです。

◆山折哲雄の解釈
宗教学者の山折哲雄は『鎮守の森は泣いている』の中で、芭蕉の「暑き日を海に入れたり最上川」は最高傑作と説き、芭蕉にとって「酒田の落日」は特別な意味をもっているといいます。そもそも日本人は皆「落日に西方浄土をイメージする文化的遺伝子」を持っているそうで、そうした意味から芭蕉はきっと、真夏の日本海に沈む落日を見ることを、旅の重要な目的にしていたであろうとまで推測しています。日本海の落日の美しさと寂しさに西方浄土のイメージを重ねる山折哲雄の解釈は、なるほどと納得できます。

◆ボースの慟哭
次に『奥の細道』から時代は220年ほど下った、1920年代(大正末~昭和初年)のこと、犬養毅やアジア主義の頭山満らの支援を受けて、日本に亡命していたインド独立運動家ラス・ビハリ・ボースが講演のために酒田を訪れ、日本海の落日を観たという記録が残っています。それは案内役の大川周明(酒田出身)で、自伝『安楽の門』にこう記しています。

「往年の真夏のこと、夕暮れから舟を最上川に浮かべ、夕日に映える鳥海山を海上から眺めるために日本海に出た。ボース君は夕日の美しさに打たれ、長い間黙然と見入って居たが、やがて夕日が静かに紺青の海に沈み去ると、突如『ああ、寂しい』と叫んで、声を挙げて泣いた。私はボース君の慟哭は無理もないと思った。真夏の日本海の入日は、その限りない美しさと寂しさとによって、実に人の腸を断つ。私は母の長逝を聞いた時、静かに西海に沈む夕陽を想い浮かべ、同時にボース君の慟哭をも想い起こした。」

ボースはふるさとベンガルに残した大切な人を思い出して、思わず慟哭したのでしょうか。そして大川周明は亡き母を想い出すときは、必ず日本海の落日を重ねて想うのでしょう。そうした思いを掻き立てる「酒田の夕日」は大切にすべき「自然遺産」のようなもの。いつまでも人の心に残る「変わらぬ風景」であってほしいと願うばかりです。


※山折哲雄『鎮守の森は泣いている』PHP研究所(01年)
※大川周明『安楽の門』、「大川周明全集第一巻」岩崎書店(昭和36年)より
 日本主義、アジア主義の思想家。北一輝と親交があり、東京裁判で唯一民間人としてのA級戦犯になるも、精神病として訴追免除。3度の獄中生活では必ずコーランの翻訳など多数の著書を執筆している。「志士にしては学問があり過ぎ、学者にしては情熱があり過ぎる」とも評された。酒田出身者で私にとって気になる人物のひとり。
※中島岳志『中村屋のボース』白水社(05年)
 大正5年、日本に亡命したインド独立運動家ボースは、新宿中村屋の相馬愛蔵にかくまわれる。のち相馬家の娘婿となり、新宿中村屋のインドカリーはボースが考案したもの。孫文と同様、当時アジア主義の頭山満らの支援の下、全国に「アジア主義大講演会」として遊説。
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第46話:「磁石」と「指の極性による触診技術」

◆磁石の効用と使い方
慢性の肩こりの人なら、ほとんどの方がピップエレキバンを使った経験があると思います。磁石による磁力は、筋肉の血行がよくなることは経験的にわかっています。このような磁石を使った治療は、結構古い時代からありました。たとえば18世紀後半のウイーンで、フランツ・アントン・メスメル(1734~1815)が、磁石とあらかじめ磁性を帯びておいた自分の手を使って治療したことは知られていますが、メスメルはどちらかというと「オカルティズム」の人物。昔は、磁石が不思議なパワーをもった代物として扱われていたようです。

現代の鍼灸では、治療家によっては磁石を併用する方がいます。その場合、厳密にいえばN極とS極の使い分けが問題になります。鍼灸治療の場合、刺激特性の差として、生気を補う「補法」と、邪気をとる「瀉法」がありますが、磁石を使う場合は、一般的にはN極が「補法」、S極が「瀉法」として扱われています。その場合、専門的な使い方になりますが、コリを取るために、コリから離れた手足にある二つのツボに、ひとつはN極、もうひとつにS極を貼るという使い方をします。

一般の方が使う場合は、そうした専門的な使い方はできませんから、直接コリがあるところに「補法」のN極を貼ればよいのです。それを理由にしたかは分かりませんが、実はピップエレキバンついている磁石は、皮膚に面する方が全てN極になるようにセットされています。専門家の立場から、ピップエレキバンの使い方について助言するならば、ぜひ個数を少なめにすることです。多いから効果的とは限らず、かえって身体に負担になることがあります。最もこっているところに1~2個で十分です。それと元々身体が敏感な方には、絶えず磁力を受けることはお奨めしません。

◆指の極性
次に、人間の指にも磁力があって、指ごとに極性があることを紹介してみましょう。このことにいち早く気付いた人物は「筋診断法」を考案した河野忠男です。指ごとに磁石が存在しているかのような極性の分布は、下の写真に示しました。ただこれは男性の場合です。女性の場合は男性と全く逆になります。



指の磁力といっても、何ガウスと計測できるほどではありません。あくまでも人間の身体には微量ではありますが磁場を形成し、手の指にはこのような極性分布が存在するということです。この覚え方は、男性はまず左の手掌がN極で、親指がそのままN極、人差し指がS極、中指がN極・・と交互にかわり、右の手掌がS極で、親指がそのままS極、人差し指がN極、中指がS極・・と交互にかわります。両手を合わせると互いにN極とS極の関係になります。そして女性の場合は逆に、右の手掌がN極で親指もN極、左の手掌がS極で親指もS極となり、他の指の極性は交互に変化していきます。

これが実際本当かどうか確認する方法があります。U字形の磁石(または短い棒状の磁石)のN極とS極に、それぞれ親指と人差し指(または親指と薬指)で挟むように触ってみます。そのときにNSを反転してみた2通りのやり方で、指が受ける感触を比較してみるのです。すると極性をかえることで「重く感じる」「軽く感じる」の感覚的な違いを実感できます。もし磁石がなければ、乾電池の(+)(-)を挟むように触るやり方でも、同様の違いを体感できます。

◆指の極性を応用
また実用法としては「手当て」があります。たとえば子どもが、お腹が痛いといったときに、すぐにできて子どもが安心するのが親による「手当て」です。その場合、お母さんであれば右手で、お父さんであれば左手で、お腹にやさしく手を軽く当てればN極の補法として作用し、とても効果的なのです。

私の場合専門的になりますが、ツボを探す際(取穴法)に、指の極性を最大限に利用しています。体表上の変化を探るのに、基本的に右手の指3本(第2~4指)で触診しますが、それと同時に、左手の中指(N極)を使って、関連するツボを検知していくやり方です。

具体的に肩凝りを例にとると、コリが生じやすいのは、肩の部分を走る経絡の「小腸経」か「胆経」か「三焦経」のどちらかです。一番凝っている部位を右手の指3本で触診すると、そこが小腸経の「肩外兪(けんがいゆ)」だったとします。小腸経は手の経絡です。右手の指3本で「肩外兪」を触診しながら、同時に左手の中指で、肩凝りと同側の手の小腸経のツボに軽く触っていきます。すると小指に近い「腕骨」という手のツボに触れたときに、「肩外兪」のグリッとしたコリが弛むのが分かります。同時に、患者さん自身の感覚としても、コリが弛んで痛みが軽減することを実感できます。私の左手の中指で捕まえた「腕骨」が治療すべきツボとなるわけです。これは専門的には「循経取穴(じゅんけいしゅけつ)」といいます。体表上のコリなどの異常部位に関連した経絡上のツボを探す方法です。

このように、ツボに指1本触れることが、ピップエレキバン(磁石)を1個貼るのと同じ効果があるといえますし、私はこれを利用してツボを探す方法に応用しているのです。私にとって右手の指3本と左手の中指は、まさにセンサーでありテスターのようなもの、ピアニストの指と同じくらいに(?)大事な部位です。私に限らず、伝統的な鍼灸の治療家は、多くの患者さんの身体を触ることで、触診技術をみがき、いわゆる「治療家の手」を作っているのです。指1本のN極とかS極の極性にもこだわるとても繊細で、伝統的職人の世界です。こつこつ修行の旅はこれからも続けます。

※コリン・ウイルソン/中村保男訳『オカルト』平河出版社(85年)
メスメルは小説になりそうな奇想天外なる人生を歩んでいます。ちなみに催眠術(メスメリズム)を考案したのはメスメルというのは間違いで、正確にはメスメルの弟子のプュイゼギュール侯爵とのこと。
※河野忠男『筋診断法精義』宝島社(93年)
指の極性に気付いたのは80年代前半とのこと。

第45話:開放系の「臓腑経絡システム」

◆臓腑経絡システム
ツボ(経穴)をつなぐラインである経絡(けいらく)とは、足に6本、手に6本の計12本あります。経絡にもとづく身体観では、内臓の生理的機能はすべて体表面における経絡の機能に還元して捉えられます。つまりそれぞれの経絡は関連した内臓に連絡してネットワークを組んでいます。この統合的システムを「臓腑経絡システム」と呼ばれ、いわゆる気の循環系です。

西洋医学と比較すると、東洋医学の身体観の特徴は、身体内部のメカニズムについて十分な解剖学的分析をしないところにあります。これは逆に、東洋医学が一種の「体表医学」、つまり皮膚表面への施術を臨床の基本にしてきたためです。方法論的観点からみて、皮膚を基本にして身体を捉えるという身体観が、東洋医学の最大の特徴です。患者さんの皮膚表面に対して、治療家の眼差しの先には、たえずツボと経絡があり、その反応から内臓の生理的機能を窺い知るのです。

このように身体機能の捉え方は、西洋医学の身体観とは大きく異なっています。診断と治療の対象となる、この「臓腑経絡システム」について、その基本的特質はどこにあるのでしょうか。それが今回のテーマです。

◆インターフェースとしての「井穴」
まずここで注目したいのが、身体と外界の関係です。各経絡の末端は手足の先端になっていますが、気の流れは、この先端にあるツボを通じて外界と交流しているものと考えられています。手足の先端のツボを特に「井穴(せいけつ)」と総称しています。「井」には「泉が湧きでる」という意味があり、まさに気の流れがそこで出入りする様を表現しています。
具体的に、手の6本の経絡を例にして説明します。



爪の横に●印を付けているのが、各経絡の「井穴」です。親指(第1指)から薬指(第4指)まで各1か所あり、小指(第5指)には2か所あります。ここで手の経絡には「陰経」3本と「陽経」3本に分類されます。「陰経の井穴」は経絡の終点になり、気の流れはそこから外に出て(OUT)いきます。逆に「陽経の井穴」は経絡の始点になり、気の流れはそこに外から入って(IN)きます。これらをまとめると次のようになります。

第1指 ●印:少商(しょうしょう)=肺経 (陰経)→OUT
第2指 ●印:商陽(しょうよう) =大腸経(陽経)←IN
第3指 ●印:中衝(ちゅうしょう)=心包経(陰経)→OUT
第4指 ●印:関衝(かんしょう) =三焦経(陽経)←IN
第5指 ●印:少衝(しょうしょう)=心経 (陰経)→OUT
第5指 ●印:少沢(しょうたく) =小腸経(陽経)←IN

ちなみに、第2指にかけているのがDR(ダイオードリング)です。銅線にシリコンダイオードを巻いたもので、気の流れを活性化する作用があります。全体の形状がわかるように横に置いています。実は敏感な方にこれを指にかけてもらうと、指の先がシュルシュルと感じ、それもスパイラル(渦巻き状)に気が動くのが分かるというのです。まさに気が出入りする「井穴」を体感できます。

◆開放系のシステム
本題に戻すと、このように気の流れが指の先端(井穴)を通じて外界と交流している点に、東洋的身体観の基本的特質がみられるように思うのです。西洋医学では、身体をまず外界から切り離して自己完結した閉鎖系(closed system)としてとらえ、つぎにその構造を各内臓に分解してその機能を捉えようとします。これに対して東洋医学では、身体を最初から外界とつながった開放系(open system)として捉え、身体と外界との間の感覚では捉えにくい一種の生命エネルギーの交流、つまり気の吸収と排出が行われている、とみているのです。

気を分類すると以下のようになります。(第02話:「気の医学」の「気」とは―参照) 
『気の分類』
   ○生理的エネルギー:身体の中を流れる気
   ○心理的エネルギー:心と身体を結ぶ気
   ○感応的エネルギー:人と人、人と自然の間で感応する気

人間は身体の中に気が流れていると同時に、さまざまな環境下で外部と気のキャッチボールしながら生きているとみることができます。このダイナミックな気の運動性は、「臓腑経絡システム」が開放系(open system)として機能しているからだと考えられます。

※湯浅泰雄『気・修業・身体』平河出版社(86年)

第44話:『センス・オブ・ワンダー』

子どものころに経験した感性の記憶には、大人になっても妙に忘れないものがあります。たとえば小学生のころ、台風が近づいたために早めの集団下校となり、昇降口から正門を出ると、いきなり正面から生温かい風が顔にあたって、一瞬身体を緊張させました。そのときに感じた、嵐を前にした不安感と、それでいてなぜかワクワクしてくる(きっと口に出してはいけない)高揚感。この不思議な感覚は、生温かい風が伝った頬の感触とともに、今でもはっきり覚えています。

それは自然と対峙しての畏怖畏敬の念、と大人の頭では簡単に解説してしまうのでしょうが、でも一番大切なことは、瑞々しい感性をもっていた子どものころに、それを体感できたこと―と気づかさせてくれたのは『センス・オブ・ワンダー』という、米国の海洋生物学者レイチェル・カーソンの本でした。

センス・オブ・ワンダーとは、子どものころに経験する「神秘さや不思議さに目を見はる感性」をいいます。レイチェル・カーソンはさらに
「この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。」と述べています。

この本は、彼女が甥のロジャーを海や山の自然の中に連れていき、そこで自然の営みの中にある不思議を、驚きを持って共体験し、その中から自然を親しく理解し付き合っていこうとすることを描いています。60頁たらずの冊子に、季節折々の写真を差し込んだ絵本のような本です。

ベストセラーになった『沈黙の春』を書き終えたとき、自分に残された時間がそれほど長くないことを知って、その最後の仕事としてこの『センス・オブ・ワンダー』に手を加えはじめたとか。発表の際には「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」というメッセージが添えられていたそうです。
子どもをもつ大人や、子どものころの感性を忘れそうになっている大人の方に、ぜひ読んでいただきたい本です。


※レーチェル・カーソン/上遠恵美子訳『センス・オブ・ワンダー』新潮社(96年)
 ときおり図書館で借りるのですが、いつも予約が複数入っているほどのロングセラー本です。
※福岡伸一/阿川佐和子『センス・オブ・ワンダーを探して』大和書房(11年)
『センス・オブ・ワンダー』をモチーフにした対談本。福岡博士と佐和子さんがそれぞれ経験したセンス・オブ・ワンダーを語っています。
※鎌田東二『神道とは何か』PHP新書(00年)
 宗教学者の鎌田東二はこの本の中で『センス・オブ・ワンダー』を取り上げています。

第43話:気を動かす「色」「形」「音」(その3)

◆「密教」にみる「色」「形」「音」―――
先日ETVで、松任谷由美が和歌山県の高野山(高野山真言宗本山金剛峯寺)を訪ねる番組がありました。とりわけ「大塔」内にある立体曼陀羅を構成する16本の柱に描かれた「十六大菩薩」の絵画とか、案内役の僧侶がひろげてみせてくれた「曼荼羅図」(12世紀頃の再現図)が印象に残ります。原色をそのまま使った色合い、特に朱色と藍色が鮮やかに強調されて、たぶん古色蒼然の仏像をみなれた人ならば、きっとけばけばしく感じるほどの色合いでした。松任谷がそれらを評して「天空のコスモポリス」とか「オリエントの薫り」と表現していましたが、たしかにその色調に異国の匂いがどことなく感じられます。

天才空海が平安時代に入唐して日本に持ちこんだ「密教」は、仏教の中では独特の世界をもっています。そもそも「密教」はヒンズー教の「タントラ」という教義を取り入れたもの。そうしたインド的な要素がつよいことが、たぶん絵画や曼荼羅の色調にも反映されているのでしょう。ただ、空海は「密教」をそのまま受け入れたわけでなく、多くの自作の教義書を著す中で、日本古来のアニミズム(精霊崇拝)や山岳宗教と共通するものを取り入れ、日本密教としての「真言宗」に結実したといわれています。

まえおきが長くなりました。本題の「色」「形」「音」が「気」を動かす力があること―実は、そのことは「密教」の教義と見事に符合しているのです。つまり「密教」によれば、「色」「形」「音」とは、この宇宙を動かす力があると主張します。そうした背景をここで紹介してみたいと思います。

はじめに、「タントラ」によれば、宇宙は聖音オームのような基本音から展開したものであると考えます。つまり私たちがこの宇宙で見たり感じたりする「物質」は、ひとつの「聖音」から派生し、すべてある特定の周波数をもった震動する「音」だということ。さらに「音」から眼に見える「形」が生まれるのです。

  聖音(オーム) ⇒  震動する「音」 ⇒ 眼に見える「形」=「物質」

さらに空海の『声字実相義(しょうじじっそうぎ)』の中で、「物質」を、顕色(けんじき)、形色(ぎょうじき)、表色(ひょうじき)の三種に分けています。顕色とは赤とか青といったいわゆるカラーのことで、形色とは長短などの形をいい、表色とは身体を動かす運動を指します。

  「物質」 ⇒ 「色」と「形」と「運動」がある

ここで「音」から派生した「形」と「色」と「運動」については、タントラや密教においてはそれぞれ密接に結びついて、「宇宙の本質的なもの」とつながると主張します。この「宇宙の本質的なもの」とは、密教の最高神「大日如来」です。つまり「音」「形」「色」「運動」は時空を超えた真実在であり、「大日如来」につながる象徴(シンボル)なのです。

  「音」「形」「色」「運動」 ⇒ 「大日如来」への象徴(シンボル)

ですから、密教の絵画や曼荼羅などのもつ一見けばけばしい「色」とか、一見無機質で幾何学的な「形」は、人間の美的感覚に訴えるために用意されたわけでない、この宇宙(大日如来)の象徴をもって表現しようとしたものと理解されなければならないのです。

密教の瞑想では、現世のまま「大日如来」と一体となって悟りをひらいて仏となることを「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」といいます。その「即身成仏」の実践論が「三蜜加持(さんみつかじ)」です。三蜜とは、身(しん)口(く)意(い)のはたらきのことで、加持とは、我々のはたらきと仏のはたらきが合致することです。具体的には、瞑想しながら身体に手印(しゅいん=手の組む形)を結び、口に真言(しんごん)を唱え、心に「大日如来」を観想します。つまりそこには、手印の「形」と真言の「音」と観想する「大日如来」の「色」が、それぞれ象徴的な力として内包されているのです。

   身(しん)⇒ 身体に手印   = 「形」
   口(く)  ⇒ 口に真言    = 「音」
   意(い) ⇒ 心に「大日如来」= 「色」

このように、密教では「色」「形」「音」は「宇宙の本質的なもの」の象徴であり、宇宙を動かす「力」にもなります。このことが、鍼灸の世界においても、「色」「形」「音」をして身体の気を動かす証左になっていると考えます。(完)

※松長有慶『密教』岩波新書(91年)
※末木文美士『日本仏教史』新潮文庫(平成08年)

第42話:気を動かす「色」「形」「音」(その2)

◆形について―――
形が気を動かす力があることを確かめる方法は、前述のように手のひらにのせてみるとか、ツボに貼る方法があります。たしかにパワーのある形と認められるのは、正三角形です。昔からピラミッドパワーと呼ばれるように、三角にはパワーがあるようです。次には、二つの正三角形を組み合わせた六芒星(ろくぼうせい)又の名を「ダビデの星」です。これらは、色と組み合わせてツボに貼る治療法が実際にあります。

「形」の力は特別なものと思いがちですが、身近なところでは「漢字」こそが、その力を有したものだと思っています。漢字は表意文字であり、形という顔があり、それに意味を伴っています。漢字学者の白川静によれば「漢字には文字が生まれる以前の悠遠なことばの時代の記憶がある」と述べ、さらに「漢字ひとつひとつに力と命がある」とまで言い切ります。

鍼灸治療で使うツボ(経穴)は漢字で表記されています。それぞれが意味を以て先人が命名したもの。ツボに「力」が注がれています。その「力」こそ「漢字」によって担保されたものです。それこそ、ツボは漢字文化圏の世界遺産だと思う所以です。

ちなみにツボの名前は、漢字文化圏以外の外国では、WHO(国際保健機構)が制定した国際標準に照らし、英数字の記号に変貌してしまいます。例えば、「足三里」は「ST36」となります。同じ部位に刺鍼するにも、頭に「ST36」をいくらイメージしても、残念ながら本来「足三里」がもつツボの力は引き出せないのでは、と老婆心ながら思ったりしています。


◆音について―――
気功のひとつに「六字訣(ろくじけつ)」があります。これは立位のポーズを取りながら、特定の声を発することで、経絡の気の流れを活性化する方法です。その特定の声とは、正確に中国語の発音で言います。その経絡ごとに決まっている音は下記の通りです。

「肝経の人」 に効く音  = 「嘘」 xu (シュイー)
「心経の人」 に効く音  = 「呵」 he (ハー)
「心包経の人」に効く音  = 「嘻」 xi (シー)
「脾経の人」 に効く音  = 「呼」 hu (フー)
「肺経の人」 に効く音  = 「口四」si(スー) ※口偏に四という字
「腎経の人」 に効く音  = 「吹」 chui(チュイー)

この6種類の音は、古くは隋代の『天台小止観』にその原型があります。『天台小止観』とは中国天台宗の開祖智顗(ちぎ)が著わした止観(座禅)の教義書です。その原型とは「六種の気」とあり、座禅をしながら特定の音を発する呼吸法です。

「六字訣」は中国語で発するので難があります。これを解消するために、日本語の「いろは」に該当する音素コードを調べた方がいます。それは次の通りです。

「肝経の人」 に効く音  = 「よ」
「心経の人」 に効く音  = 「れ」
「心包経の人」に効く音  = 「ぎょ」
「脾経の人」 に効く音  = 「る」
「肺経の人」 に効く音  = 「ゆ」
「腎経の人」 に効く音  = 「ろ」

これら中国語と日本語のケースごとに検証してみると、確かに特定の経絡に反応して、気の流れがスムーズになることが分かります。その検証方法を紹介すると、例えば経絡診断で「心包経の人」がいます。ベッドに仰臥位で横になっている状態で、私がその患者さんの背中に手をまわして触診し、グリッと痛みを感じるコリをみつけます。そのコリを軽くグリッグリッと触診しながら、同時に中国語の「嘻」もしくは日本語の「ぎょ」を患者さんに連呼してもらいます。すると次第にグリッと痛みを感じるコリが徐々に弛んで、痛みがなくなることを、患者さんは実感できます。気がスムーズに流れてコリがなくなったわけです。

以前「脾経」の方に、「る」という音が身体にとても合うことを説明すると、名前の頭に「る」がつく家族がいるそうで、その名前を呼ぶときは、ほかの家族に比べて一番気持ち良いと話していたことが印象的です。このように、気の流れをスムーズにする音とか、身体にとって相性がよい音が、誰にでも必ずあるようです。(つづく)

※関口真大訳註『天台小止観』岩波文庫(74年)
 第9章「治病患」は止観(座禅)を使って病気を治す方法を論じている。
※小田伸吾『気診釈奇経八脈考』針灸気診研究会(01年)
「いろは」の音素コードを紹介している。

第41話:気を動かす「色」「形」「音」(その1)



手のひらにのせた青の矢印が遠位方向(外方向)に向いています。これと近位方向(内方向)に向けたときの感覚を比較します。青の矢印が遠位方向に向けた方が、手のひらにシュルシュルと外に何かが出ていくように感じます。これはなにを現しているかというと、色と形が気を動かしている現象です。この場合、青という色は外に気を動かし、矢印という形は、矢印の方向に余計に動かす力があることを意味します。逆に赤の矢印の場合は、近位方向に向けた方が、手のひらにシュルシュルと内側に何かが入ってくるように感じます。

◆色について―――
この実験のように、赤と青には気の動きに対して、それぞれ「IN」と「OUT」に働く性質があるようです。ただし、これは赤と青に限った性質です。
また東洋医学の世界では古くから「赤」「青」「黄」「白」「黒」の「五色(ごしき)」という五種類の色がありますが、これが「心」「肝」「脾」「肺」「腎」の「五臓」と対応しています。鍼灸には経絡治療という治療システムがあり、五臓に連絡した経絡、「心経」「肝経」「脾経」「肺経」「腎経」に「心包経」を加えた計6本が、足や手に流れています。手足に何が流れているかといえば、気が流れてそのライン上にツボが存在しています。(尚、「心包経」は心臓の外堀を担う経絡です。)

鍼灸師が治療するのは、「五臓」だけでなく、五臓に連絡するこれら「経絡」を含めた所謂「臓腑経絡システム」を治療の対象にします。なぜなら、経絡に流れる気を含めた状態の、まさにアクティブな身体を診ているからです。実際には、その患者さんにとって一番重要な「経絡」は何かを、まずは診断します。話が長くなりましたが、要するにこの「経絡診断」によって、「肝経の人」なのか「腎経の人」等々を判別します。本題に戻すと、その経絡のタイプによって、以下のように色が配当されます。

「心経の人」  → 赤
「肝経の人」  → 青
「脾経の人」  → 黄
「肺経の人」  → 白
「腎経の人」  → 黒 (以上が古典にある五色)
「心包経の人」 → 桃 (後世の人が桃色と決めた)

ここで例えば、「肝経の人」とはストレスによって気が変動しやすく、目が疲れやすく、「足がつる」とかの筋肉疲労を起こしやすい人です。「肝経の人」は総じて、青色が身体に合って、なおかつ肝経に流れる気の流れがよりスムーズに流れますということ。これを利用して、肝経の要穴(重要なツボ)に青の色紙を貼るという治療法も実際にあります。

また、患者さんが日常でできることとしては、青の装飾品を身に着けることです。この場合、ビーズのようなものより、ラピスラズリーとかトルコ石のような「宝石」の類の方がより効果的です。なぜなら、古来より宝石などの装飾品を身に着けるのは、石がもつパワーで身を守ったり、魔を払ったりする意味がたぶんあったと思われるからです。

経絡診断によって、身体に合う「色」を患者さんに伝えると、「もともとその色は、私の好きな色です。」と応える方が多いです。よく好んで選ぶ洋服の色と符合する場合でも、きっと身体に合う色を、身体が自然に選んでいるのです。また現代美術をやられている方も、その色は一番使ってしまう絵の具の色です、と応えたケースもありました。

特定の「色」が身体に合うというのは、その方にとって最も大事な「経絡」の気の流れがよりスムーズに流れやすくなり、内臓を含めた「臓腑経絡システム」を調えることになります。「色」にはそうした「力」があるのです。(つづく)

第40話:愛と涙はどっちが高い?

中学生のAさんとかわした治療中での会話。たぶん話の流れは、楽しい授業ってあるの?と何気に尋ねたのだと思います。すると彼女は、ひとりだけ好きな国語の先生がいて、その先生の授業だけは楽しかったかな、と答えてくれます。とりわけ楽しかったのが、『なんにでも値段をつける古道具屋のおじさんの詩』という詩の授業だったとか。なぜって、先生は私に、とても大切な時間を提供してくれたからと言います。

詩の最後に「では愛と涙はどちらが高いの?」と問いかけて終わるところ、先生が「じゃあどっちが高いかみんなでディスカッションしよう」と授業は展開していったそうです。そこで彼女が「絶対、涙だよ!」とその理由を熱く語ったところ、「なるほどそれはとてもきみらしい」と褒めてくれたんだとか。その先生の一言が、自分という個性を全幅認めてくれた気がして、とてもうれしかった、とその時の様子を思い出すように、嬉しそうに話してくれました。

後で調べると『なんにでも値段をつける古道具屋のおじさんの詩』の作者は寺山修司と判明。「テラヤマ」という響きに懐かしさを覚え、私自身20代の頃、寺山の短歌に夢中になったことを思い出します。彼が48歳で亡くなって、もう29年。気がつけば私はその歳をとうに越えてしまった。今や中学高校の教科書に載っていることも初めて知りました。ただ、親子ほど離れた年齢差でも、寺山修司を通しての心に映るたしかな風景が、お互いにもっていることの不思議さを感じます。

治療中の何気ない会話でも、けっして無駄なものはないと思っています。こうして寺山修司のはなしで治療院の空気はいっぺんに穏やかなものに、いやなによりも、そんなときこそいい気が流れて、きっと鍼灸の効果にも後押ししてくれているような気がしています。


※寺山修司(1935~1983)
なんのてらいもなく津軽なまりで訥々と話す寺山に、20代の頃は同じ東北人として嫉妬していたのかも。寺山の短歌で特に好きなもの。
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」(『空には本』から)
「吸いさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず」(『田園に死す』から)
「ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」(『初期歌篇』から)

第39話:「霊台」考(その3)

◆「気」を察する処―としての霊台―――

史記の時代、戦場における「霊台」という場所は、味方の巫女が、敵陣から漂ってくる「運気」を占う処でした。ならば背中のツボ「霊台」も、いわゆる「気」を察する処ではないか?というのが今回のテーマです。

気を察するというのは、そこが受信能力を有するということ。卑近な例をあげれば、ドキッとした時に、背中が一瞬ひやりとします。一般的には、ひやりと感じるときはかなり大きな驚きの類です。これは誰もが経験することで、冷静に思い出せば、背中のちょうどツボ「霊台」の位置とだいたい一致するような気がします。総じて背中の「霊台」辺りには、外部からの刺激を受信する能力がありそうですが、それが単に「驚き」というケースだけとは限らないようです。

例えば、患者のAさんが経験した話。大学卒業後、第1希望ではなかった企業に就職し、気が乗らないまま臨んだ研修講義の時、うっかり居眠りをします。すると突然背中の真ん中に熱いお湯をかけられたと思い、はっと目が覚めたそうです。でも実際そんなことは起こるはずもなく、なによりもその刺激がきっかけで眠気がいっぺんで飛んでしまい、気を取り直したそうです。あとで気が付けば、その日がちょうど父の命日とのこと。あれはきっと父が私に発した「喝!」だったと。今では会社の中堅として活躍されているAさんです。背中の「霊台」はこのような不思議なメッセージを受信するようです。

次に、患者のBさんの例。Bさんは、初対面の人に対して直感的に「嫌だな」と思ったら、意識的にバリアを張れるといいます。それは背中の「霊台」辺りに意識をもっていく方法で、自分でなんとなく身につけた技術だとか。ただこれを長く続けると身体が疲れるので、頻繁には使えないそうです。人と人の間では「気」のキャッチボールをして関係を築くのですが、いつも良い「気」とは限らず、人によっては身体に悪い「気」があります。Bさんの場合は、もちろん悪い気を直感的に見抜く力がある方ですが、さらに「霊台」による受信機能を一時的に「OFF」にして、選択的にバリアを張ることができるということです。

このように背中の「霊台」辺りに、「気」の受信能力があることは、患者さんの証言からも明らかと思えます。

ここで、背中の受信能力で思い出すのが、武士の身体感覚です。武士が一歩外に出れば絶えず背中に意識をもち、いわゆる「殺気」を背中に感じるといいます。内田樹が、昔の武士の身体感覚を想像するときの一つの手がかりとして、紋付の家紋をとりあげています。紋付には家紋が五つあり、内田はとりわけ背中の大きな家紋に注目します。背中の大きな家紋は、家格の象徴という非常に大切なものであると同時に、見えない背後にあって「殺気」を感じるかどうか、絶えず気を張っている、いわば「背中の眼」のような存在であるということです。そしてこの背中の大きな家紋こそ、襟に近い処にあるとはいえ、私にとっては、ツボ「霊台」を連想させるのです。



上の図のように紋付には家紋が五つ。前身頃(まえみごろ)には胸に二つ、後身頃(うしろみごろ)には、袖の後ろに二つ、そして大きな紋が背中に一つとなります。これをみて、それこそ「はっと」気づいたことがあります。背中の大きな紋が「霊台」を連想させるだけでなく、以下のように、残りの家紋もなんと「霊」とつくツボを連想できることです。

   胸に二つの家紋    → ツボ「霊墟(れいきょ)」
   袖の後ろに二つの家紋 → ツボ「霊道(れいどう)」
   背中中央の大きな家紋 → ツボ「霊台(れいだい)」

このことは、「霊」という字がつくツボは、それぞれ身体の部位にはりめぐらされた「アンテナ」の役割を担うことを示しているのかもしれません。従って今後は「霊墟」や「霊道」についても、ツボとしての反応を観察していこうと思っています。

以上のように、ツボ「霊台」には、「こころ」としての眼差しと、「気を察する処」としての眼差しをもって、施灸するよう心掛けています。(完)

※内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』角川文庫(平成19年)
※「霊」の字がつくツボは、他に後頭部の「承霊(しょうれい)」がある。
 ちょうど眉毛中央の裏側の後頭部に位置している。

第38話:「霊台」考(その2)

◆「こころ」としての霊台――――

「霊台」が「魂」とか「こころ」の意味として使われているのは、古くは『荘子』雑篇の「庚桑楚」にあります。「(わずらいを)霊台に内(い)るべからず」とあり、この「こころ(霊台)」の中には、自然の道によって定まるものがあり、そこにはわずらいを侵入させてはいけない-という内容が述べられています。

翻って、背中のツボ「霊台」の周辺に目を落としてみれば、その肩甲骨内側のエリアに、この「霊台」をはじめ「心」とか「神」がつくツボが、以下のようにひしめいていることがわかります。きっと、このエリアは「こころ」に関連した「大事な処」であろうことを窺わせます。実際、精神疲労が募ると、肩甲骨内縁とよばれるこのエリアは、筋肉でいえば菱形筋ですが、まるで鉛のようなどんよりした様相になる処です。

神堂―心兪―神道―心兪―神堂  ・・胸椎05と06の間 
◎◎―◎◎―霊台―◎◎―◎◎  ・・胸椎06と07の間 

中国の古典を読むと、「こころ」は「肝心脾肺腎」の五臓に分かれて存在する、ということになります。とりわけ「心臓」に宿る「神」は重要で、そのために古典によっては心臓のみを「こころ」の在りかとして強調することすらあります。では、「心&神」の「こころ」とその下に置かれた「霊台」の「こころ」はどう解釈すればよいのか、私の勝手な解釈かもしれませんが、「霊台」の「こころ」はより深い、いわゆる「深層心」のように捉えています。

仏教の「唯識」では、「六識」、つまり眼識(げんしき)・耳識(にしき)・鼻識(びしき)・舌識(ぜつしき)・身識(しんしき)・意識(いしき)の六つは「表層心」と呼ばれ、「末那識(まなしき)」と「阿頼耶識(あらやしき)」が「深層心」と分類されます。つまり「心&神」の「こころ」は「六識」に該当する「表層心」で、「霊台」の「こころ」は「末那識」と「阿頼耶識」に該当する「深層心」ではないかとみています。特に「阿頼耶識」はフロイトの精神分析でいう「無意識」に当たるとされています。いわゆる直感の世界を含む「深層心」になります。

神堂―心兪―神道―心兪―神堂  ⇒ 「表層心」の場?:「六識」
◎◎―◎◎―霊台―◎◎―◎◎  ⇒ 「深層心」の場?:「末那識」「阿頼耶識」

そんなことを連想させたのは、実は夏目漱石の『草枕』でした。小説の中に「霊台」という言葉が出てくるのです。『草枕』は漱石の中では奇妙な作品で「俳句的小説」といわれます。画工の視点からみた「美」の捉え方を説明するなかで、この「霊台」という言葉が次のように使われています。

「丹青は画架に向って塗抹(とまつ)せんでも五彩の絢爛はおのずから心眼に映る。ただおのが住む世を、かく観じ得て、霊台方寸のカメラに澆季溷濁(ぎょうきこんだく)の俗界を清くうららかに収め得れば足る。」

ここで「方寸」とは「霊台」と同様に「こころ」という意味です。ですから「霊台方寸のカメラ」とはその前の「心眼」と同じ意味と理解できます。要約すると、画家は「感じたもの」をただ画架(キャンパス)に写すのではなくて、「霊台」という「心眼」に収め得ればそれで十分なこと。つまり芸術家は、「美」を「心眼」とか「霊台」と呼ぶ、直感的な無意識の世界に収められる能力をもっている人であると言っているのです。

このように、漱石の『草枕』は、「霊台」が「深層心」とか無意識の世界を意味している、絶好の材料を提供しているように読めます。ならば、背中のツボ「霊台」に対しても、「深層心」とか「無意識への扉」として捉えられると考えるのです。

ここで関連して、「霊台」解釈の更なる援軍が現れます。それは帯津良一(医師)です。鎌田茂雄(仏教学者)との対談で、帯津が「末那識」と「阿頼耶識」について、次のように述べています。

免疫が半分解明されたところで、あと自然治癒力が手つかずでまだ残っているというわけです。(中略)唯識で言うと「末那識」が免疫のところである。自分(自我)ということを考える。「阿頼耶識」の共通の生命のようなところが自然治癒力だろうと、私は思っている。

帯津は、ある空間の持っているポテンシャルエネルギーの総和を自然治癒力だろうと仮説していますが、その空間を「無意識」のレベルの「阿頼耶識」においているのです。

以上のように、背中の霊台について「こころ」の面から調べていくと、「深層心」とか「無意識」の意味合いに捉えられ、さらに、帯津理論を加えると、免疫とか自然治癒力に通じていきます。
ことほどさように、背中のツボ「霊台」は、これほど大切なツボはないと確信できます。最近では、すべての患者さんに、そうした眼差しをもって「霊台」に施灸するよう心がけています。
(つづく)

※『新釈漢文大系8:荘子(下)』明治書院(昭和42年)
※夏目漱石『草枕』新潮文庫(昭和25年)
 英訳された『草枕』はピアニストの鬼才グレン・グールドが愛読していたとか。
※鎌田茂雄・帯津良一『気と呼吸法』春秋社(99年)

第37話:「霊台」考(その1)

◆はじめに----

ここ数年来、背中の「霊台」というツボに注目しています。「霊台」は背骨の上にあるツボで、胸椎6番と胸椎7番の間にあり、高さは乳房のちょっと下になります。普段よくつかわれるほどポピュラーなツボではありませんが、中国鍼灸の古典を調べると、古代では「脾臓の熱」に、近世では喘息などの肺疾患に効くとの記載があります。

一見地味そうで、「霊」の字がつくのがちょっと気になる程度の「霊台」に、がぜん注目したのは、漢字学者:白川静による「気の原義」(第07話を参照)がきっかけでした。
白川によれば、「気」は「運気」の流れることを示す字。「運気」とは戦場に漂う妖気で、外族の侵寇のとき、敵方のシャーマンが前線に出て、一斉に呪いをかけたもの。それを味方の巫女たちが、また一斉にその運気を望む呪儀をする―という構図でした。

その「運気を望む呪儀」というのは、味方の巫女が敵陣から漂ってくる運気に望んで、敵兵の士気などを読みとり勝運を占うということです。その運気を望む一定の場所(いわば気の観測所)こそが、実は「霊台」という呼称なのです。この呼称の一致を知ったのは、たまたま宮城谷昌光のエッセイを読んでからでした。ならば、運気を察する場所が「霊台」であれば、背中のツボ「霊台」にも当然同じような意味があって然るべき、と思い立ったのが、そもそもの「霊台」への興味の始まりなのです。

そこでまず手始めに、古い漢和辞典(『字源』蕑野道明)から「霊台」を紐解いてみます。すると以下のように、主な2つの意味がありました。

 ⅰ:魂のある所《荘子・庚桑楚》
 ⅱ:雲気を望む台(うてな)。天文台の類。《後漢書》

霊台には、雲気を察する場という意味の他に、魂の宿るところ、つまり「心」という意味があることがわかります。これら2つの面から、ツボ「霊台」にも同じような意味合いがないか探ってみました。       (つづく)


※白川静「気の原義」:『鍼灸OSAKA別冊ムック:東洋の身体知』(04年)より
※宮城谷昌光『史記の風景』新潮文庫(平成12年)