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第77話:世阿弥に学ぶ(その3)

「体・用」のこと

◆見て学ぶ
舞台の袖に正坐した弟子が、師匠の演ずる姿を逐次もらさず見ているという光景は、歌舞伎や落語の世界では今でもよくあるようです。わたしの修業時代も、師匠が患者さんを治療している傍に立って、使ったツボの名前をカルテに記入しながら、師匠の一挙手一投足をとにかく見て学ぶことから始めたものです。

鍼を打つときの立ち位置と姿勢、腕のかたち、または患者さんから質問されたときの応え方、緊張している患者さんをなごませる冗談のひとつふたつの類まで、師匠のすべてを「倣う」ことが、わたしなりの「習い」と思ってやっていました。

◆何を見て学ぶか
ところがいざ自分の患者さんを受け持つ段になると、ひとつの症状に対して師匠が治療していた通りのツボを使ったとしても、同じような効果がでないのです。当時はそのことで随分悩んだものですが、いまでこそ振り返って考えれば、それは師匠の一挙手一投足という「現象的な表れ」を倣うだけであって、その先にある師匠がもつ「本質的な構造」に踏み込んでまでの習いに至らなかった故の結果だったのです。



◆世阿弥の見かた
こうしたものの見かたについて、能楽の世阿弥も同じように論じているところがとても興味深く、大いに参考になるところです。たとえば、世阿弥の『至花道』には、能の演戯をみるときには「本質的な構造<体>」と「現象的な表れ<用>」という、ふたつの局面、「体」と「用」で認識すべしと説いています。ここで「体・用」ということをたとえてみると、「体」を花とすれば、「用」は花の匂いのようなもの。また「体」を月とすれば、「用」は月の光にあたります。つまり「体」は「主体」であり「用」は「作用」という意味合いを含んでいます。

 「本質的な構造」=「体」=「主体」
 「現象的な表れ」=「用」=「作用」

さらに世阿弥がいわく、未熟な人は現象面である「用」のみを観て模倣しようとする。これは「用」が元々「体」から生ずるという道理を知らないからだ。逆に能の本質を認識している人は内面的直感(心)で観るから、現象面にとらわれず演戯の根底にある「体」を理解することが可能になるのだ、と説いています。

ここで大事なポイントは、「用」が元々「体」から生ずる、ということ。これは陰陽論からの転用で、「体」が「陰」、「用」が「陽」に当たり、「陽」は「陰」から生じる関係に符合します。ちなみに、このように物事を「体・用」の切り口で論ずる思考を「体用の論理」と呼んでいます。

 「体」=内面的直観で感ずるもの=「陰」
 「用」=五感で捉えられるもの =「陽」:「陰」から生じる

◆「体(本質)」を知るには
能は「本質」を「花」として表現する芸術です。それだけに世阿弥がいう「(能の)本質を認識している人は内面的直感(心)で観る」という指摘は、あらゆる物の見かたの本質を付いた至言で、とても示唆的です。

というのも「体用の論理」とは、東洋医学における身体を診るときの指針でもあるのです。つまり患者さんの病態を「体」と「用」から弁別して大本である「体」を見極めるということと、実は同じことなのです。

では「内面的直感(心)で観る」ということは具体的にはどういうことでしょうか。一治療家として普段心掛けていることから提言すれば、「内面的直感(心)で観る」とは「身体感受性を最大化すること」だと思っています。あくまでもそれはイメージの世界ですが、できるだけ「自分の身体を細かく割る」ということ。自分の身体をソリッドな単体ではなく、人間の身体を構成する60兆の細胞で「みる」そして「臨む」というイメージとして捉えています。

このように、六百年も前の世阿弥とシンクロできるのは不思議な気がします。世阿弥が遺した教えは、能楽の世界を超え、さらに時代を超えた今でも、わたしたちに普く生きているのです。(完)


※山田慶兒著『混沌の海へ』朝日選書(1982年)
東アジア科学史の山田慶兒(京大名誉教授)によれば、「体用の論理」はもともと仏教にあった用語を宋学が流用したとあり。世阿弥は宋学や南方禅に影響を受けていたと思われる。
※『日本の名著:世阿弥』中央公論社(昭和44年)
山崎正和(演出家)と観世寿夫(能役者)による現代語訳と解説。
※内田樹『死と身体-コミュニケーションの磁場』医学書院(04年)
「自分の身体を細かく割る」は内田樹が武道家から教わった方法。
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