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第92話:アイスマンと鍼灸(1/3)

~ドルファー博士の発見~



◆アイスマンとは
91年9月にオーストリアとイタリアの国境近くの山、エッツタール・アルプスの標高3000m付近で、登山客によって偶然に氷漬けの遺体を発見。考古学者の詳しい調査によれば、それはなんと5300年前の人間(男性)であることが判明し、一躍「世紀の発見」となり「アイスマン」と名付けられました。アイスマンは世界最古の冷凍ミイラ。脳や内臓などもそのまま残っていることから、人類の歴史を塗り替えるほどの情報を抱えた、いわば「考古学の至宝」といえるものでした。

◆完全解凍
発見から約20年「南チロル考古学博物館」にて冷凍保存されてきたアイスマンを、ついに完全解凍し、あらゆる分野の科学者たちが集結して、身体からサンプルを取り出して分析が試みられたのです。3月にTV放映されたNHKスペシャル「完全解凍!アイスマン」はその全容を紹介しています。その結果、アイスマンは弓矢と殴打によって殺されたことが、まるで現代の科学捜査官による鑑識のように正確に推理されます。さらに、胃の内容物からは、想像以上においしい食事をとっていたこと。X線の所見では、腰椎すべり症を抱えていて、どうも治療らしきものを施していたことなど、4大文明が発祥しはじめた5300年前の先史時代には想像つかないような、古代史の常識を覆すような事実が次々と出てきたのです。

◆タトゥーと鍼灸の一致
もっとも興味深いのが、腰椎すべり症の治療を施していたということ。これを解明した人物が、オーストリアの医学博士で鍼灸を研究しているレオポルト・ドルファー医師。アイスマンの手足と腰部に、不思議な模様をしたタトゥー(刺青)が15か所あり、それらの位置を調べたドルファー博士は、鍼灸治療のツボの位置とほぼ全てが重なっていることに気づいたのです。腰椎すべり症によって左の腰部から足にわたって坐骨神経痛に悩んでいたアイスマンは、ツボと符合する箇所に、まるで鍼灸を施すようにタトゥーを施したと推理したのです。こうしたアイスマンと鍼灸との関連は、すでにScience誌(98年)や全日本鍼灸学会雑誌(99年)に掲載されていますが、今回TV映像として初めて目の当たりした衝撃は大きなものでした。



◆ドルファー博士の功績
TVで放映されたドルファー博士の鍼灸治療をみると、うれしいことに鍼管を使った和鍼(日本の鍼)を使っています。オーストリアの鍼灸治療がどのくらい普及しているかは不明ですが、ドルファー博士はたぶん日本の鍼を学んだ方だと想像できます。それはともかく、今回衝撃的だったのは、鍼灸治療の原型が中国2000年よりも古い5300年前のヨーロッパにすでにあったという事実です。古代史の常識を覆すほどの今回の発見は、とりもなおさず鍼灸治療に詳しいドルファー博士が研究スタッフの一員にいたからこそともいえます。
「最初にこのタトゥーを見たときは驚きのあまり倒れそうになった」と話すドルファー博士の言葉通り、アイスマンが遺してくれた情報からは、これまでの医療の歴史を見直すに十分な資料を提供していることには間違いないようです。

次回は鍼灸師からみた考察を報告します。(つづく)

※Science誌(1998年10月9日発行, 282巻, 242頁)
※全日本鍼灸学会雑誌第49巻1号(1999年)27頁
※NHKスペシャル「完全解凍!アイスマン」(平成25年3月24日放送)
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第91話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」(4/4)

~経穴図やチェックシートを使う~

◆「意念」の限界
センサーである左手指(第3指)を直接ツボなどに触れなくても、「意念」を使えば左手指をかざすだけで「触ったつもり」として同等の応答反応を得られます。但し、「意念」というのは一定の意識を持続しなければなりません。調べる項目が多いとそうそう持続はできないもの。しかも複数の患者さんを連続で診るときは、前の患者さんの応答反応を引きずりやすく、次の患者さんの診断に影響がでてしまいます。ですから「意念」を使う「FMテスト」は極力少なくしました。(「経絡診断」のみに使用。)
そうした問題を補い安定した方法へと考えたのが、今回紹介する経穴図やチェックシートを使うやり方です。

◆経穴図を使う

                   【写真D】

上の【写真D】をみて下さい。患者さんの左傍らにあるのはA5版の経穴図。センサーである左手指(第3指)を直接ツボに触るところを、経穴図上のツボを触ります。図を使うことで「意念」を維持できることから、いわば「準意念的」なやり方といえます。先に説明したように、左中指(第3指)と左人差し指(第2指)の、それぞれ「N指」と「S指」を使い分けることで、ツボが「虚」なのか「実」なのかを判別できます。たとえば、「膀胱実」の急性腰痛(ぎっくり腰)において、腰部の「関元兪」が「実」しているとした場合、その遠位の足のツボである「崑崙」とか「金門」などが同じく「実」していることが、経穴図上のそれらのツボに「S指」で触ることで「適(Yes)」反応を以て確認できます。

◆チェックシートを使う
次に、経穴図から発展して、診断内容をまとめたA5版のチェックシートを使うやり方です。複数の診断項目が書かれた文字に、センサーである左手指(第3指)を触れて応答反応を比較しながら診ます。このやり方は、以下に示す「気のありよう」と「情志のありよう」の診断に使っています。尚、診断で浮かび上がった「気の流れ」と「感情」の様子は、さらに経絡や臓腑との関連と合わせて分析していきます。

①気のありよう」を診る
幸田露伴が『努力論』で説く「気を張る」を中心とした「気のありよう」の診断。
(『第62話:露伴が説く「気を張る」こと』を参照)
     「気が散る」「気が凝る」「気が張る」        
     「気が逸る」「気が亢る」「気が弛む」 

②「情志のありよう」を診る
  《七情に対する診断》:古典にみる7種類の感情を診断       
     「怒りの感情」「悲しみの感情」「思いすぎ・考えすぎ」
     「恐れの感情」「喜びすぎの感情」「驚きのショック」「憂いの感情」 

  《詳細な感情の種類》:さらに細かく分析するために用意した項目
     「心配・不安症」 「悲しみ・悲観」 「怒り・怒りっぽい」
     「孤独で寂しい」 「苛立ち・いらいら」「恨み・妬み」
     「不信感・猜疑心」「否定的考え」 「ひがみ」    
     「うつ・落ち込み」「自己陶酔」 「自己攻撃・自己破壊」  

◆結び
鍼灸医学の魅力を世に紹介した人物として、忘れてはならないのが医師の間中喜雄(1911~1989年)の存在です。専門学校時代に読んだ『体の中の原始信号』は、特に影響を受けた本でした。その中に―わたしたちの身体には、音、色、形、磁石などが発するごくわずかな信号に対して、しっかり反応する回路をもっている―と説いています。現代科学では説明できないこの不可解な回路を、間中は「X-信号系」と名付けていました。

「鍼灸」も微細な刺激の信号として身体に入力されるという点では、音、色、形、磁石と全く同じこと。また「FMテスト」で使うセンサーの左手指(第3指)が触る「ツボ」や「漢字」などから入力する情報は、同じく微細な刺激の信号であることを実感しています。間中が提唱したこの「X-信号系」を考えることは、身体がもつ未知なる可能性を論ずるだけではなく、とりもなおさず鍼灸の可能性にまで波及する期待があります。

オリジナルの診断法「FMテスト」を初めてもう20年近くになろうとしていますが、結局考え方の原点は間中喜雄の『体の中の原始信号』にあると思っています。日常の鍼灸治療を通して「身体がもつ未知なる可能性」に触れながら、「FMテスト」を身体の声と会話ができる―ひとつの診断技術へと、さらに磨いていきたいと考えています。   (完)

第90話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」(3/4)

~意念を使う~

◆「部分」と「全体」に介在する「気」
伝統的「脈診法」とは、手首の橈骨動脈に手指を触れて、そこから伝わる脈の「形状」「浮沈」「遅速」などから健康状態を察する診断法です。動脈拍動部という身体の「部分」から身体「全体」を窺うというプロセスは、『華厳経』が説く「一即多 多即一」(部分に全体の宇宙が投影している)というホロニックな世界観に通じます。さらに進めて、東アジア科学史の山田慶兒(京大名誉教授)は、「部分」と「全体」が意味的連関をもって感応するのは、そこに「気」が介在するからこそ成り立つと説いています。

「FMテスト」も、筋肉という「部分」から身体「全体」を窺う診断法です。検者(施術者)と被検者(患者)の間において、「気」を介在とする感応がうまくはたらくには、相互に信頼関係があるのはもちろんのこと、検者(施術者)側には、確固たる目的意識をもった「意念」をはたらかせることが有効です。というのも、「意念」とか「想念」がはたらいている意識下では、「気」はより動きやすい性質があるからです。
そこで今回のテーマは、「FMテスト」に「意念」を活用する応用編です。

◆意念を使った「FMテスト」
たとえば【写真A】のケースでいえば、センサーである左手指(第3指)を「脾虚」の患者さんの右足にある脾経のツボ「太白」を触るところを、触らないで左手指(第3指)をそこに向けてかざすのです。そこではあくまでも「触ったつもり」と「意念」をはたらかせることがコツです。すると、左手指をかざしたとしても、直接触ったときと同じように、テスターである右手指3本(第2~4指)による触診では、硬結が「ストン」と弛んでしまう「適(Yes)」の応答を体感できます。

このように手指をかざすやり方をマスターすると、触りにくい遠くのツボでも容易に診断ができます。たとえば伏臥位(うつぶせ)にならないと触診できない背中や腰のツボでも、仰臥位(あおむけ)のままでも、「触ったつもり」という「意念」をはたらかせることで、容易にツボの反応をチェックできるようになります。

ちなみに、アンテナのかなり敏感な患者さんの場合は、一緒にツボの反応を共有できます。たとえばAさんは、治療中に気の流れを実況中継してくれる不思議な方ですが、それだけでなく、私が「FMテスト」で応答反応を感じている、ある特定のツボに指をかざすと、Aさんにもシュルシュルと風のようなものを、そのツボの部分に感じます。まさに双方向性に反応を共有できる患者さんが存在するのです。(『第51話:霊性の高いひと』参照)


                  【写真C】

次に、上の【写真C】に示す「FMテスト」による「経絡診断」のやり方を説明します。
「経絡治療」というのはまず、患者さんの「体質」を見分けるのが先決になっています。その体質とは、陰経の6つの経絡の内、どれがいちばん気を不足がち(「虚証」という)であるかを診断します。ただしそのうちの「心経の虚」は「心包経の虚」で代表されると考えて、便宜上「肝虚」「心包虚」「脾虚」「肺虚」「腎虚」の5つで分類します。この陰経の5つの「虚証」が、そのまま5つの「体質」分類を表します。(『第79話:「経絡」を診る(2/2)』を参照)

    5つの体質=「肝虚」「心包虚」「脾虚」「肺虚」「腎虚」

わたしの左手指(第3指)は、上から下へ移動しながら「肺・心包・心・肝・脾・腎」と順番に意識下で唱えながら、右手指3本(第2~4指)で患者さんの腕橈骨筋(の硬結)を順次「グリッ・グリッ」と触診して、「ストン」と弛む「適(Yes)」の応答があるところを探します。たとえば「肝」と唱えたときに「ストン」と弛む「適(Yes)」の応答があれば「肝虚」と診断されるわけです。この「肺・心包・心・・」の順番は、臓腑経絡と密接な関係にある背中の背兪穴の並びに準拠しています。

   胸椎03/04間 = 肺兪  (肺経)
   胸椎04/05間 = 厥陰兪 (心包経)
   胸椎05/06間 = 心兪  (心経)
   胸椎09/10間 = 肝兪  (肝経)
   胸椎11/12間 = 脾兪  (脾経)
   腰椎02/03間 = 腎兪  (腎経)  ※( )内は関連経絡を示す。

細かく言えば、かざしている左手指(第3指)の先は、背中の背兪穴に「触ったつもり」になって、順次下へ指をスライドさせ、「肺虚ですか?心包虚ですか?・・」と尋ねてゆく気持ちで「意念」をはたらかせて応答反応を診ることが肝要です。

こうした「意念」を使った「FMテスト」は、施術者の体調によっては思い込みが発生しやすいことがあります。その短所を補う対策としては、他の診断法と組み合わせて2重にチェックすることは先に述べた通りです。       (つづく)

第89話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」(2/4)

~「FMテスト」の留意点~

◆診断法の特徴
同じような既存の診断法に「Oリングテスト」があります。被検者に親指と人差し指でOの形をしたリングを組んでもらい、検者はそれをはずそうとしたときの抵抗の度合いを診る検査法です。この場合は被検者の「対立筋」という筋肉を使った検査法といえます。「FMテスト」も「Oリングテスト」と同様に筋肉を媒介にして、身体情報を「Yes」か「No」かのデジタル信号で受信するという点では共通しています。「FMテスト」はそうした意味から「Oリングテスト」の変法と考えてもよいでしょう。

こうした診断技術は、手指の微妙な感覚を駆使するというのが特徴です。逆にいえば、個人的な感覚に偏ってしまうと、思い込みが先走る危険性もはらんでいます。あくまでも客観性に基づく高い精度の検査方法に確立するまでには、それなりの創意と工夫が必要です。今回は、これまでの試行錯誤から見えてきた「FMテスト」の留意点を以下のようにまとめてみました。

◆「FMテスト」の留意点
①右手の触診技術
「FMテスト」で一番難しいのが右手の触診技術です。先に述べたように、右手指(第2~4指)を患者さんの左腕橈骨筋に当て、親指(第1指)を下から挟むように支えます。筋肉の走行に対して直角方向に軽く「グリッ・グリッ」と硬結を弾くように触診します。(【写真B】
この場合、左腕橈骨筋の硬結を「1・2」のリズムでゆっくり揺するのですが、そのとき掴んでいる硬結は揺すりながらも絶対に逃がさないことです。初心者にとってはこれが意外と難しい点。これが習得できないと、「弛む」「弛まない」というデジタルな信号を的確に受信できないのです。よって、右手の触診技術をしっかり習得することが「FMテスト」にとって最も大切な基本といえます。


                   【写真B】

②指の極性
センサーである左手指は、「指の極性」を考慮して「N極」の指を使用します。したがって施術者が男性であれば中指(第3指)、女性であれば人差し指(第2指)を使います。「指の極性」については『第46話:「磁石」と「指の極性による触診技術」』を参照してください。

    男性の施術者 ⇒ 左中指(第3指)
    女性の施術者 ⇒ 左人差し指(第2指)

さらに、ツボ(経穴)を触ったときの、N指とS指では、センサーの入力情報の質が違います。たとえばN指で触ったときに「適(Yes)」と出れば、それは「虚のツボ」で「補すべきツボ」であり、S指で触ったときに「適(Yes)」と出れば、それは「実のツボ」で「瀉すべきツボ」と捉えられます。このように「FMテスト」には、「N指」と「S指」の2種類のセンサーを使うことで、虚実の診断にも使えます。

    「N指」 ⇒ 「虚」の反応を受信
    「S指」 ⇒ 「実」の反応を受信

③フィルターとしての「知識と理論」
筋肉を媒介とした診断技術の「FMテスト」は、単に技術を習得すればよいわけではありません。センサーの左手指からの入力情報から、テスターの右手指による出力結果に至るプロセスには、施術者がもっている「知識・理論」というフィルターが必ず介在します。逆に「知識・理論」という判断材料がなければ、「FMテスト」は機能をなさないといえます。

   センサー(左手指)⇒ フィルター(頭) ⇒テスター(右手指)
   《指からの情報》    《知識・理論》   《筋肉からの応答》

したがって、経穴とか経絡理論などの専門的な「知識・理論」を潤沢にもつほど、「FMテスト」の診断精度は向上します。さらに、専門的な「知識・理論」が広範囲に渡るほど、「FMテスト」の応用範囲もより広くなるといえます。

④思いこみの排除
感覚的な診断法ほど、施術者の思い込みが発生しやすいことは先に述べました。その短所を補う対策としては、他の診断法と組み合わせて2重にチェックすることです。これを確認診断といいます。たとえば先の【写真A】のケースならば、「FMテスト」で割り出したツボ「太白」が本当に正しいかを「腹診」でチェックします。脾の診断点である「臍部(さいぶ)」を右手指で軽く押圧すると、患者さんが痛み(圧迫感)を感じることを確認します。次に、左手指(第3指)でツボ「太白」を軽く触れた状態で、同じように「臍部(さいぶ)」の押圧による痛みを診ます。すると患者さんが「痛くなくなった」といえば、このツボ「太白」の取穴で間違いないわけです。このように感覚的な変化を施術者と患者さんが共有することは、正確さを確認するだけでなく、患者さんの信頼を得るという意味合いにおいても、とても大切なことです。          (つづく)

第88話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」(1/4)

~「FMテスト」の概要~

◆「FMテスト」とは
「FMテスト」とは、さまざまの身体情報を受信するためのオリジナルの診断法です。この診断法は道具を一切使わず、施術者の手指(Finger)と被検者の筋肉(Muscle)だけを使うことから「FMテスト」と命名しています。このうち施術者の手指(Finger)には2つの役割があり、左手指(第3指)は対象物に触るセンサー(感知器)の役割、そして右手指3本(第2~4指)は被検者の筋肉(腕橈骨筋)を触診して反応を窺うテスター(検知器)としての役割を持ちます。

  左手指    =センサー(感知器) ⇒ 対象物に触れて情報を入力
  右手指3本  =テスター(検知器) ⇒ 被検者の筋肉から応答が出力

これまで試行錯誤を重ねた結果、「FMテスト」ができることは、大きく分けて以下の2つがあります。

  【1】主要診断(経絡診断、気のありよう、情志のありようなどを診る)
  【2】経穴診断(治療すべきツボを探し、正確な位置までを決める)

今回は「FMテスト」の概要について、少し専門的な内容になりますが、順を追って説明していきます。

◆「FMテスト」の実際例


                    【写真A】

上の【写真A】を使って実際の「FMテスト」を説明します。これは、経絡治療における要穴(大事なツボ)の正確な位置を「FMテスト」で割り出すところです。わたしの左手指(第3指)は、患者さんの右足にある脾経のツボ「太白」を触り、わたしの右手指3本は患者さんの左腕橈骨筋を軽く握るように触診しています。(但し、患者さんを既に「脾虚証」と診断しています。)

センサーである左手指(第3指)をツボ「太白」周辺の皮膚に軽く当て、ゆっくりスライドさせます。と同時にテスターである右手指(第2~4指)を患者さんの左腕橈骨筋に当て、筋肉の走行に対して直角方向に軽く「グリッ・グリッ」と弾くように触診します。この場合、右手指(第2~4指)の触診がぶれないように、親指(第1指)を下から挟むように支えています。

そこで何を診るかというと、左手指で経穴にさわったときの右手指に感じる筋肉の微妙な変化です。ある特定の位置を触ったときに、腕橈骨筋がストンと弛んでしまう瞬間があります。その弛むポイントこそが反応している経穴(この場合は「太白」)の正しい位置なのです。

FMテストは、このように筋肉が「弛む」「弛まない」とする現象を利用した診断法です。患者さんの筋肉が「弛む」「弛まない」という反応は、そのまま「適(Yes)」「不適(No)」の反応になります。【写真A】の場合は、反応経穴を捉えるのが目的ですが、左手指が触る対象を変えれば、いろいろな診断法に使えるということです。つまり「FMテスト」は、筋肉と会話することで、患者さんの身体情報を「Yes」か「No」かのデジタル信号として受信できる診断法といえるのです。
   筋肉が「弛む」    ⇒「適(Yes)」の身体反応
   筋肉が「弛まない」 ⇒「不適(No)」の身体反応
                                           (つづく)

第87話:桜のワンシーン



春の嵐とともに、桜前線はようやく関東からふるさと東北へと歩みを進めたようです。
さて、「桜狂い」と呼ばれた西行さんには、吉野山の桜を詠んだ歌が60首もあるとか。
わたしのお気に入りは次の2首。

「ねがわくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」
「散る花を惜しむ心やとどまりて また来ん春のたねになるべき」

満開の中で死ねたらいいねという気持ちと、来年の桜に再生を託そうとする気持ちは
どちらもありだよね、と思うのが「桜」のもつ魅力でしょうか。

桜が咲くといつも思い出すのが、Aさんから伺ったちょっといい話。

Aさんの御主人が亡くなったのが6年前のこと。葬儀は3月の末で、ちょうど桜が満開の日でした。霊柩車が桐ケ谷斎場に向かうときに、運転手の方が時間を調整しようと、気をきかして少し迂回したらしいのです。その行き先がかむろ坂の桜並木。車はそこで満開の桜の中をゆっくりと動いていったそうです。それがまるで映画のワンシーンかのように、桜並木の中をスローモーションで移動する車を俯瞰して撮った映像がふと浮かんできて、おもわず胸がつまったとのこと。Aさんは今でもあの「桜のワンシーン」は忘れないといいます。

それはきっと、御主人が遺してくれた、満開の桜で染めた「最後の想い出」ということでしょう。しかもその「桜のワンシーン」は、家族の心象風景として、毎年桜の季節になれば、桜の満開と共にAさんの下にちゃんと忘れずに届けてくれるということです。

第86話:「桜の木に気をかけなはれ」



「桜が散るとまた桜の一年が始まるもんです」
とTVのインタビューに答えて話すのは、京都の桜守(さくらもり)十六代佐野藤右衛門です。
咲いているだけが桜ではなく、散っては葉桜になって実を結び、夏の盆が過ぎると幹が成長し、秋には紅葉し、冬にはじっと新芽の準備をする、そのすべてがあってこそが桜の一年。と強調します。

そこで、桜とどう向き合うかについて、
「花見が終わっても散歩のついででいいから、桜の木に気をかけなはれ、そうすると桜もきっと応えてくれるもんですわ」
と教えてくれます。

咲いているだけが桜ではない、という指摘は耳が痛いほどに理解できます。春になれば花見に浮かれるだけで、ほかの季節の桜に思いを馳せることは確かになかったこと。秋になって桜の紅葉が「きれいだ」と気づいたのは、恥ずかしいかな、ここ数年のことでした。

佐野藤右衛門の話からは、桜を通して「人と自然は共生している」ということがよく分かります。さらに桜守が「木のこころ」を読みとって適切に手を加えることと、治療家が「身体とこころ」を診て治療することには、なにか共通した「眼差し」があるようにも読み取れます。なぜなら、桜に四季折々の顔があるように、人の「身体とこころ」も、季節に感応しながら変化してゆくものだからです。

佐野藤右衛門の『櫻よ・「花見の作法」から「木のこころ」』(集英社文庫)を読んでみました。章ごとのタイトルがとても粋です。その一部を紹介すると、

「人知れず咲く山桜が最高の花見」
「花見は一人でするもんや」
「姥桜こそ、美しい」
「自然に対してもっと五感を働かせ」
「あんたの都合で桜は咲かへん」
「桜に狂い咲きなど絶対にない」

とこんなふうに、興味をひかれる内容が続きます。
佐野藤右衛門の語りには職人(名人)ならではの直截簡明な小気味よさがあり、しかも「桜」の領域を越えるほどに示唆に富んだ深い洞察に溢れています。

※佐野藤右衛門『櫻よ・「花見の作法」から「木のこころ」』集英社文庫(04年)
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