第109話:「鍼灸治療を続けている人はガンになりにくい」



◆永く通院されている患者さんにみるひとつの傾向
鍼灸師の資格を取得してちょうど20年になります。治療家として続けてこられたのは、患者さんとの御縁に恵まれたことによります。身体の手入れや健康管理として週に1度や月に2度、定期的に通院される患者さんの中には、もう10年以上のお付き合いの方が何人かいらっしゃいます。

そうした常連の患者さんを永年みていて気づいたことがあります。それは「どなたもガンになっていない」という事実です。ただ「鍼灸治療を続けている人はガンになりにくい」という結論を下すには、統計学的に成立するほどの人数ではありません。ましてや定期的に通院される方は、一般の方より健康に対する意識が高いのではといわれるかもしれません。

それでもです。臨床20年を経た治療家個人の感触とはいえ、鍼灸治療を定期的に受けている方は、きっと鍼灸の効果を常に蓄積的に享受することで免疫力が向上し、結果「ガンになりにくい体質」へと変わっていったのではないかとみているのです。

◆安保理論からの裏付け
少々乱暴とも思えるこうした仮説に対して、科学的な裏付けを提供してくれる学説が近年ようやく登場しました。それは免疫学者として知られる新潟大学大学院(医歯学総合研究科)の安保徹教授が96年に発見した「白血球の自律神経支配の法則」です。この学説からは、人がどうして病気になるのかという仕組みが、免疫と自律神経の面から見えてきたのです。

結論から述べると、鍼灸治療を施すと身体がリラックスし自律神経は副交感神経が優位になります。同時に白血球の中の顆粒球とリンパ球の比率をみるとリンパ球の方が大きい。このリンパ球数増大は免疫系の活性化を意味します。したがって永年定期的に鍼灸治療を施されている人ほど、常に免疫力を刺激されているのでガンになりにくい身体になっている―という図式です。
では、それを裏付けた安保徹教授の学説「白血球の自律神経支配の法則」について順を追って説明してみます。

◆「白血球の自律神経支配の法則」
わたしたちの身体のさまざまな臓器や器官は自律神経で調節されており、交感神経と副交感神経でさまざまな調整が行われています。活発に活動する昼間は交感神経が優位にはたらき、緊張を解く夕方から夜にかけては副交感神経が優位にはたらきます。

ウイルスや細菌といった異物が体内に侵入した際に取り込んで処理をする「白血球」には、基本細胞である「マクロファージ」、貪食能の強い「顆粒球」、免疫を高める「リンパ球」の3種類があります。 「顆粒球」は大量の活性酸素で体内に侵入した異物を処理。しかし、「顆粒球」は増え過ぎると、常在菌をどんどん攻撃し、化膿性の炎症を発現させるようになります。「顆粒球」は短期間で死滅しますが、その際に活性酸素を放出し、周囲の組織を酸化・破壊させます。「リンパ球」は普段は休んでいて、細菌が浸入した際に「マクロファージ」からのサイトカインという物質の情報によって、抗原の侵入に気づきはじめて活発な分裂を繰り返し、戦う準備態勢を整えるのです。

 【白血球の3種類】
  a. 顆粒球    :貪食能の強い細胞
  b. リンパ球   :免疫力を高める細胞
  c. マクロファージ:リンパ球にサイトカインを伝達


ここで「これらの白血球は自律神経の支配下にあり、交感神経が優位になると顆粒球が増え、副交感神経が優位になるとリンパ球が増えるというメカニズムでわたしたちの身体は守られている」というのが安保教授の学説「白血球の自律神経支配の法則」です。そしてそのバランスが崩れることでさまざまな疾病が発症するのです。大半は、交感神経神経優位の「顆粒球」が増えておこる疾病です。これが病気になる仕組みの全貌です。

  交感神経優位  ⇒ 顆粒球↑  ⇒ 活性酸素放出 ⇒ 過剰放出 ⇒ 疾病
  副交感神経優位 ⇒ リンパ球↑ ⇒ 免疫発動

では、ガンはどうかというと、ストレスなどで交感神経の緊張状態が続き、「顆粒球」が過剰に増えるようになると生じます。 身体の中でガンが発生しやすいのは細胞の再生・分裂が頻繁に行われる細胞で、「顆粒球」の放出する活性酸素により増殖遺伝子が損傷し、発ガンへと向かうのです。

したがって安保教授によれば「ガンと診断された場合、あるいはガンを予防するためには、まずこれまでの生き方を見直し、ストレスを取り除き、副交感神経優位型の生活で、自身に内在するリンパ球を引き上げる工夫をしていくことで免疫力を高めることが何よりも大切」と説いています。

◆鍼灸を施すと「副交感神経が優位」になる
そこで強調したいのが、継続的に鍼灸治療を受けることは、安保教授が勧める「副交感神経優位型の生活」への手助けになるということ。というのは、鍼灸を施すと身体はリラックスし、「副交感神経が優位」になることは経験的に分かっています。
さらに、治療の前後に血液検査を実施すると、白血球中の「リンパ球」の数値が治療前と比較して治療後には明らかに上昇していることが分かってきました。

たとえば、治療をすると患者さんは「身体が軽くなる」「気持ちがおちつく」「身体が温かくなる」「お腹が空いて食欲がでる」「便通がよくなる」「尿がしたくなる」と言います。そして、長期間治療を続けている方は「風邪が引きにくくなった」という変化もよく口にします。これらの変化はいずれもが「副交感神経が優位」にはたらいている証拠です。鍼灸治療を施すことによって、「副交感神経が優位」となり、心身はリラックスし、特定の内臓器官のはたらきが促進され、「リンパ球」の数値が増大することで免疫力が確実に高まっていることを意味しています。

 【副交感神経が優位の状態】
  「身体が軽くなる」「気持ちがおちつく」(心身が安定)
  「身体が温かくなる」        (循環器系の活動促進)
  「食欲がでる、便通がよい」     (消化器系の活動促進)
  「尿がしたくなる」         (泌尿器系の活動促進)
  「風邪が引きにくくなった」     (免疫力が向上)


◆鍼灸治療の大きな可能性
わたしが鍼灸専門学校生だった20年前は、「鍼灸を施すと白血球が増えて免疫力が高まる」とは教わりましたが、「副交感神経が優位」と「リンパ球の増加」といった、自律神経と免疫との関係を周知するには、安保理論が登場するまで待たなければならなかったのです。
安保教授の「白血球の自律神経支配の法則」は、今や鍼灸治療にとっても大きな援軍となっています。
伝統医学としての鍼灸治療は古来より治療だけでなく予防医学(未病を治す)としての役割をも担ってきました。ただしそれらはあくまでも経験医学として、先人の経験と智慧によって成立してきました。「鍼灸治療を続けている人はガンになりにくい」というのもひとつの経験則にすぎなかったのが、西洋医学とりわけ現代の免疫学から裏付けられたということは、鍼灸治療家として大きな自信に繋がるだけでなく、鍼灸治療の大きな可能性を示してくれたといえるのです。
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第108話:鍼灸は「EBM」か「NBM」か?



◆「EBM(=根拠に基づく医療)」の登場
90年代後半のこと、医学界における新たな動向として「EBM」という理念が登場しました。「EBM」とは(Evidence-Based Medicine) の略で、日本語では「根拠に基づく医療」という意味になります。この場合のEvidence(根拠)とは主に「医療情報」のことで、医療者たちは利用可能な最も信頼できる「医療情報」を共有し、それを十分に踏まえることで普遍的な有効性を追究しようとする、医療者としての行動指針というものです。

地域医療を考えた場合、経験豊富なひとりの名医がいるよりも、一定水準以上の医師が大勢いる方が、均一の医療サービスを受けられ、患者側にとってはより安心できます。つまり「EBM」推進の目的は、医療者の経験の差から生ずる医療サービスの格差をなくすために、医療者個人の臨床経験のみに頼るのではなく、系統的な情報を収集しながら臨床判断を行うことで、患者にとってより適切な医療を提供しましょうということです。

◆鍼灸治療に「EBM」は有効か
当然ながら鍼灸の業界でも、この「EBM」の理念をさっそく導入しようとする動きがありました。たぶんそれは「EBM」導入によって「鍼灸の科学化が計れる」と踏んだのでしょう。「鍼灸は気を動かす云々・・」では科学的には説得力に乏しく、とうてい西洋医学と同格に扱われない―というジレンマを感じている人がいるとすれば、それは当然の選択かもしれません。「EBM」の取り組みとしてツボの選定を例にあげれば、たとえば「便秘」に効くとされる複数のツボ毎に臨床データーを集めて統計学的に処理し、その有意差からもっとも効果のあるツボを選定します。それが「便秘」の場合に「大腸兪」というツボであれば、どんな鍼灸師がどんな患者さんに「大腸兪」を使ったとしても、より有効な効果を期待できるということになります。

ところが実際の鍼灸治療とは、そんな簡単に理論通りにはいかないもの。(そこが鍼灸治療の深くて面白いところですが・・)というのは、ツボは個々の患者で変わるものです。ある疾患に一定のツボが一律有効だとは断言できないのです。鍼灸の診断には「弁証」と呼ぶ「鑑別診断」があります。ならば「弁証」ごとにツボの有効性を統計学的に処理すれば、「EBM」の精神が生かせるのではという考え方もあります。ところがその「弁証」に至る診断技術というのも、実は鍼灸師個人の「資質(感性)」とか経験に基づく「技量」に大きく左右されるものです。そもそも鍼灸治療は、「個人技」を極めることで成立する伝統医療といえます。したがって、「EBM」の理念は、鍼灸治療には本来そぐわないものであり、「EBM」を導入すれば、むしろ鍼灸治療がもつ特長が逆に生かされないことの方が多い―というのがわたしの個人的な見解です。

◆もうひとつの「NBM(=個の医療)」という理念
そこでもうひとつ紹介したい理念があります。それは先の「EBM」のアンチテーゼとして登場した「NBM」というさらに新たな理念です。この「NBM」とは(Narrative-Based Medicine)の略で、日本語では「物語性に基づく医療」という意味になります。この場合のNarrative(物語性)とは、なにやら文学的な響きを感じますが「病気に至った物語性」を重視するという意味です。

たとえば喘息の原因が子どもとの関係性にあるとする診かたは、患者さんが抱えた親子関係という「物語性」に着目しています。その「物語性」に向き合うことが喘息を改善する一歩になる場合もあるのです。つまり「一人ひとりの患者には自らの人生とともに、それぞれの疾患に対する『物語性』がある。その『物語性』を患者と医療者が共有することで、『科学としての医学』と『個別に対する医療』との間に横たわる溝を埋めていこう」とするのが「NBM」の基本理念です。つまり病気は本来患者さん「個人」に由来するものですから、患者さんの数だけ「病気に至った物語性」は存在することになります。したがって医療者はそうした一人ひとりの「物語性」に向き合うわけですから、「NBM」を理念とする医療とは、きめの細かいいわば「個の医療」といえるものになります。

◆鍼灸治療は本来「NBM(=個の医療)」であるから・・
医学界では、この「NBM」はまだまだ少数派のようですが、今後の動向を注目していきたいものです。というのも、考えるまでもなく東洋医学は、この「NBM」の理念と同じように、本来「個の医療」であり、きめの細かい対応を可能とする伝統医療だということです。たとえば鍼灸治療であれば、患者さんの話をよく聴いて病に至るその背景を把握していきます。さらに体表に表れているツボの変化や反応があれば、そこから身体の声を聴いていきます。それらの情報を合算して、病に至った背景とその原因を明らかにしていきます。そしてもっとも大事なことは、「NBM」の理念と同じように、そこで患者さんと情報(=物語性)を共有することです。

というように、鍼灸の科学化もたしかに大事なことですが、かといって鍼灸に「EBM」を導入するには弊害の方が多いということ。東洋医学にとっては頼もしい援軍といえる「NBM」という新たな理念に、むしろ着目すべきだと考えます。
さらに考えられることは、将来の理想的な医療を見据えた場合、西洋医学と東洋医学がいかに共存を可能にするかということです。つまりそれには「NBM」という理念を、西洋医学と東洋医学との共通基盤に置くことで可能になるのではないかとみています。

第107話:「あまちゃん」にみる「こころの復興」



◆天野アキのセリフ
NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」は3.11の震災をどう描くのか、脚本家の宮藤官九郎の手腕に注目が集まっていました。いよいよ3.11当日を描いた9月2日の放送となって蓋を開けてみれば、そこには津波の悲惨なシーンは意図的に避けられ、代わりにジオラマや鉄拳のアニメを使うというような実に細やかな配慮がみられました。さらに翌9月3日の放送では、もう震災から1か月半が過ぎた4月29日の設定。その日はとても印象的なシーンが用意されていました。故郷が「被災地」になってしまったという複雑な思いを、主人公の天野アキが種市先輩に話すシーンです。

「みんなが無事ならいいと思ってた。でも、家さ居てテレビのニュースばっかり見ていると、たまんねくなる。なんだか北三陸で過ごした1年ちょっとのおらの楽しかった思い出が、記憶が薄れていくっていうか、塗り替えられていくっていうか、だから寝る前に一人ずつ思い出すんだ。みんながどんな顔して笑っていたか・・・」
(このシーンに、BGMとして静かに流れているのが宮沢賢治の『星めぐりの歌』)

◆クドカン流の鎮魂
ドラマの登場人物に亡くなった人はいないという設定でしたが、この「みんなの笑顔を思い出す」と言わしめたアキのセリフには、きっと被災した多くの人々、特に家族や友人を亡くし、どこにもやり場のない悲しみを抱えてしまった多くの人々の思いが、そこに込められていると理解できます。3.11の震災に関わるドラマであれば、どうしても避けられないテーマのひとつが、津波で亡くなった多くの人々への「鎮魂」です。
やり場のない悲しみは、魂の行方にもかかわる「他界観」の問題でもあります。わたしたちがただできることは、その方たちを忘れないこと、その方たちの笑顔を思い出すこと、それが唯一「魂をやすらかに鎮めることだ」と教えているかのようです。

脚本家の宮藤官九郎がそうした鎮魂の意味を、アキのセリフにさらりと託したところは見事です。さらに効果的だったのが、BGMとして流れていた宮沢賢治の『星めぐりの歌』。当に「鎮魂歌(レクイエム)」にはぴったりの選曲でした。

◆「こころの復興」
柳田國男や折口信夫に代表される民俗学では、死後の世界をどう考えるかという「他界観」が大きなテーマになっています。最近亡くなった民俗学者の谷川健一は「民俗学は死と共同体があって、はじめて成立する学問」と説いていました。柳田と折口が「他界観(日本人の魂の行方)」について研究を重ねたきっかけは、太平洋戦争での多くの戦死者の「魂」をどう考えてあげるべきか、それが民俗学者として明らかにすべき差し迫った命題だったそうです。いまや、そうした先人が遺した英知を大いに参考にすべきときです。

平成25年3月11日現在、東日本大震災における死者(15,882人)、行方不明者(2,668人)となっています。亡くなった方たちへの「鎮魂」はむしろ終わりなき「祈り」というもの。東北被災地の復興と並行して取り組まなければならない、いわゆる「こころの復興」というべきものかもしれません。

※追記(13-09-11)
震災時の「死者」「行方不明者」のほかに、震災後の避難先等で体調が悪化し死亡したケースを「震災関連死」と定義。警視庁のまとめによれば「震災関連死」は(2,782人)。そのうち東京電力福島第一原発事故に伴う避難中の「原発関連死」が(910人)と発表された。