第117話:「湧泉」というツボ



◆「湧泉」のお灸
足の裏に貼った青のシールは、腎経のツボ「湧泉(ゆうせん)」の位置です。仰臥位(あおむけ)で足指を「グー」にして屈曲させたときに、足心よりやや前部にできる陥凹部に位置します。ここは鍼ではなく透熱灸を6~7壮ほど施灸します。通常は灸点紙を貼った上に施灸するところ、足の裏は皮膚が厚いので直に施灸します。
「湧泉」は普段頻繁に使うツボではないにしても「大切なツボ」として認識しています。
なぜ「大切なツボ」として扱っているのか? わたしなりにその理由をまとめてみました。

◆まるで「山水画」のなかの「湧泉」
「湧泉」には名前からして「気」が「泉のように湧きだす」という意味がありそうです。ツボの名前には自然界をあしらうことがよくありますが、とりわけ「湧泉」周辺には、霊山「崑崙山」にちなんだ「崑崙(こんろん)」や、「海」にちなんだ「照海(しょうかい)」、「谷」や「谷川」にちなんだ「然谷(ねんこく)」、「陥谷(かんこく)」、「太谿(たいけい)」「解谿(かいけい)」とか、小高い土地にちなんだ「丘墟(きゅうきょ)」、「商丘(しょうきゅう)」などが配置しています。まるで「山水画」を思わせるほどに、身体のなかに自然界をはめ込もうとした先人の意図がみえてきますが、そのなかの「湧泉」は当にすべての流れの起点という趣があります。

◆「先天の気」としての「腎経」
「湧泉」は腎経の井穴(せいけつ)といい、合計27個のツボからなる腎経の始点になります。しかも「泉のように湧きだす」くらいに、他経絡の井穴より特化した意味合いがあるのは、たぶん腎は「先天の気」という関係があるからでしょう。
「先天の気」というのは生まれ持ったいわば「いのちのエレルギー」のことで「腎気」と呼ばれています。

「腎気」は「加齢」と密接な関係があり、むやみに「腎気」を消耗したり、年齢を重ねることで「腎気」が衰えたりすることがまさに「加齢」の原因となります。ここで東洋医学におけるアンチエイジングという観点からみれば、「加齢」を防ぐことは衰えつつある「腎気」を補うことであり、そのことを「補腎」と呼びます。
具体的には、漢方薬では「六味丸」や「八味丸」が代表的な「補腎剤」であり、鍼灸治療ならば腎経のツボに鍼や灸を施すことが「補腎」の効果となります。

◆腎機能低下に「湧泉」
「湧泉」が腎経のツボの中で、とりわけ「いのちのエレルギー(腎気)」の始点という意味合いを考えれば重用したくなるというもの。わたしが「湧泉」をつかうときは、腎気の衰えをなんとか止めようとするとき、つまり西洋医学でいえば生化学検査での腎臓機能の低下を現す「クレアチニン(Cr)の上昇」が認められるとき、と決めています。

腎機能低下の原因は、特に高齢者の場合は概ね消炎鎮痛剤の使いすぎ(長期乱用)によります。神経痛とかリウマチなどの慢性疾患を抱えている方は消炎鎮痛剤の使い方に注意が必要です。頓服として痛いときに服用するべきところを、高齢者の方は習慣的というか安心料として消炎鎮痛剤を漫然と飲み続けていることが多いからです。消炎鎮痛剤のこうした長期乱用は確実に腎機能の低下を招きます。

腎機能が低下が認められる場合は、鎮痛剤服用をやめてむしろ鍼灸治療をお勧めします。
帯状疱疹後遺症による神経痛のAさん(80代後半)は「クレアチニン」が上昇したために、鎮痛剤をやめて鍼灸治療でケアをしています。カリウムの摂取を制限していることもあるでしょうが、いまのところ「クレアチニン」の上昇は止まり安定維持されています。「湧泉」のお灸は一定の効果があるとの手応えを感じています。

腎臓機能が低下してくると、老廃物を排出するはたらきがわるくなると同時に、薬の効き目がわるくなり、薬の副作用が出やすくなります。さらに重篤な慢性の腎不全(腎機能が30%以下)に至ってしまえば治す有効な手立てがなくなってしまい、そのままでは生命を維持できなくなるので腎臓移植か人工透析が必要となります。
東洋医学が謂うところの「腎は先天の気」という重要性は、こうして西洋医学からみても、腎機能が低下して「腎不全」となる道筋を考えると同様のことがいえるのです。

◆「湧泉」の主治「小便不利」
看護師さんに伺ったことですが、末期の入院患者さんの余命を知るサインのひとつは、6時間毎の検尿での尿量が徐々に減少すること(腎不全)だそうです。
ちなみに古典の『鍼灸甲乙経』『備急千金要方』『外台秘要』などを紐解くと、「湧泉」の主治に必ず「小便不利」とか「隆閉」と記載されていることに気づきます。現代のような高度な医療システムのない時代に、もちろん「腎不全」という専門用語もない時代に、先人たちは「おしっこがでない」という兆候を、「いのちのエレルギー」である「先天の気(腎気)」の枯渇と診ていたという洞察力にはただただおどろくばかりです。
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第116話:無意識と自然治癒力の関係(2/2)



◆「熱平衡」と「エントロピー増大」
たとえば熱という現象を考えた場合、カップに入れたコーヒーは時間がたてば冷めて室温と同じになります。これは熱エネルギーが拡散して均一化し、化学変化がなにも起こらない「熱平衡」という安定した状態になったこと。こうして時間的には不可逆で均一化に向かわせるものを「エントロピー」と呼び、偏りのない方向への変化を「エントロピーが増大する」と表現します。これが熱力学第2法則である「エントロピー増大の法則」です。

エントロピーの増大は、あらゆる自然界の現象にも応用されます。「宇宙」も膨大な時間がたてばやがて均一の状態になり、何も動かない「死滅」したものになるということになります。また「人体」においては、排泄機能が低下するとエネルギーの排出が抑えられて「エントロピー増大」に繋がり、老化が進むという解釈もできます。

◆「安定した非平衡状態」と「散逸構造論」
「熱平衡」は理論的には役立つのですが、実際に身の回りに存在する物理現象では、ほとんどが温度差・気圧差・電位差などを呈した「非平衡」状態の方が圧倒的に多いといえます。ノーベル化学賞のイリヤ・プリコジン(1917~2003)は、この「非平衡系」の問題に着目します。プリコジンは自然の中の「非平衡系」には、時として「安定した状態」が見出されることを説き、それを理論化したのです。それを「散逸構造論」といいます。「散逸」とは、系の外部からとり入れたエネルギー量を低いレベルの廃棄物として排出するメカニズムのことで、それによって全体の系は安定状態を保つことができる-というのです。

要は、温度差・気圧差・電位差というようなすべての物理現象は、永い時間(物理的時間)の流れのなかでエントロピーが増大しながら均一化に向かっています。ところが、ある部分に注目すると、固有の時間(生命の時間)の流れのなかで、エントロピー増大に抵抗する「自発的で自己組織的」なメカニズムが作動し、システム全体を「安定した状態」に形成する-ということをプリコジンは立証したのです。
地球環境を例にとれば、地球の大気は太陽光によって加熱された地面により下部から温められ、上部では宇宙へと熱を放散しています。これにより大気に「熱対流」という「自発的で自己組織的」なメカニズムが発生します。それが地球環境というシステム全体を安定的に維持できるようにはたらいているのです。

◆生命体のなかの「散逸構造論」
非平衡系のなかでエントロピー増大に抵抗する「自発的で自己組織的」なメカニズムが作動するメカニズムといえば、安定した非平衡系である「生命体の内部」にも当然応用できるということ。つまり生体が「老化」や「死」に向かうことでのエントロピー増大に対して、「自然治癒力」というメカニズムが抵抗して、生体の秩序(コスモス)を形作るということです。こうして生体の「自然治癒力」のメカニズムは、プリコジンの「散逸構造論」を背景として説明できるのです。

◆「自然治癒力」が「無意識」にある理由
では、生体の「自然治癒力」が「無意識」とどう結びつくのかという問題です。それはプリコジンが中国の時間観に注目し、二つの異なる時間観で分析したことで説明できます。
先に説明したように、エントロピーが増大する過程は「物理的時間」であることに対して、
エントロピー増大に抵抗するメカニズムが作動する過程は「生命の時間」でした。

エントロピー増大のプロセス      ⇒ 「物理的時間」(クロノスの時)
エントロピー増大に抵抗するメカニズム ⇒ 「生命の時間」(カイロスの時)

中国思想の代表的経典である『易経』では、「時間」の中に生命の「成熟」の力が潜在していると考え、これを「質的時間」である「カイロス」、事物の変化をもたらすという意味で「生命の時間」として位置付けています。そうした意味では、カイロスはいわゆる「易の時間」といえるものです。
「易の占い」は、「卦」という象(かたど)られた形(シンボル)から、「無意識」からの直観によって未来(または過去)における空間的事物の状態を知ることです。つまり生体の深層部にある「無意識」こそが「カイロスの時」が流れる特別な領域といえます。

プリコジンがこの「カイロス」に注目したのは、不可逆的時間での「エントロピー増大」に抵抗できるのは、可逆的にはたらく「生命の時間(カイロスの時)」なのです。
だからこそ、「エントロピー増大に抵抗するメカニズム」である「自然治癒力」は、「無意識」によってはたらいていることを、プリコジンは示唆していると考えます。(完)


※「クロノス」と「カイロス」:
ギリシャ語によれば、時間には「クロノス」と「カイロス」の2つに分類。まず「クロノス」は通常の「順番に流れていく時間」のことで、数量化される「物理的時間」。それに対して「カイロス」は英語ではタイミング(時機)と訳されることが多い時間概念。たとえば生涯のパートナーと出会った日とか、就職試験に合格した日とか。これは過去の記憶とか、未来の予想に関わるので「質的時間」と呼び、また「こころ」で感得する時間なので「生命の時間」と呼ばれる。
※湯浅泰雄『共時性の宇宙観』人文書院(95年)
※プリコジン『確実性の終焉』安孫子誠也/谷口佳津宏訳・みすず書房(97年)
正直内容が難しくてぼんやりとしか理解できない。時間の不可逆性を「時間の矢」と表現。時間論についてアインシュタインやベルグソンとの比較は興味あるが、解説書がほしいところ。