第123話;医と易の関係(1/2)



~ひとたび陰、ひとたび陽~

◆「医易同源」
中国・唐の時代は、医学を志す者は易を必ず学ぶべきとされ、いわゆる「医易同源」と謳われた時代でした。「易」というオマジナイの世界がなぜ医学に?と思いがちですが、その誤解を解くには、まずは「易」のバイブルである『易経』をよく理解する必要があります。
周代に大成された『易経』は、いわゆる五経の第一にあげられるほど中国哲学の源流を示す古典です。それは「儒教」と「道教」が互いに拮抗し影響しあって二つの流れをつくり出す以前の中国的思考の原型像を示しています。なかでも中国的思考の中心にある「陰陽論」は『易経』がルーツです。

また、この『易経』に関しては、中国古典研究とは無関係と思われる現代のさまざまな学問にとって重要な意義と価値をもっています。たとえば、コンピューターの基本原理である「二進法」はライプニッツ(1646~1716)が易における「六十四卦」の消息からヒントを得ていますし、ユング(1875~1961)は「共時性」の考え方を説明する材料として『易経』を採り上げているくらいです。

そこで今回は、中国伝統医学が『易経』からの影響として、古代の医家は「易」からどのような考え方を学んできたのかを、ふたつの側面から紹介してみます。

◆陰陽論のルーツとして
中国伝統医学の身体論として、医家は患者の体質や病の状態を「陰陽」で診断し、「陰陽」のまなざしを以て治療にあたります。たとえば、暑がりか寒がりかの「寒熱」の診断は基本的な陰陽のカテゴリー。腎虚の場合は腎陰が不足しているのか腎陽が不足しているかが問題とします。また臓腑の相関からいえば、上焦の心陽の火が燃えすぎないように、下焦の腎陰の「水」がしっかり確保しているか等々―要はすべて陰陽のバランスを問題視しています。

こうした中国伝統医学の陰陽論は、古典の『易経』を源流としていますが、ここで大事なことは、陰陽論が二項対立的な概念ではけっしてないということ。「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず」とする中国伝統医学の古典『黄帝内経(こうていだいけい)』の成句をもちだすまでもなく、陰陽は常に動的であるとする「恒動観(こうどうかん)」を旨としています。つまり、その場合の身体の陰陽とは、常に動的な瞬間としてのフェーズ(位相)を対象にしていることが大事なポイントです。さらにいえば、フェーズの前後である、そこに至った「過去」と今後を見通す「未来」の状態をも含有していることも、「恒動観」を旨とする「陰陽論」の最大の特長なのです。

こうした陰陽の「恒動観」をよく表しているのが、『易経』繋辞伝上巻にある次の成句です。
「一陰一陽、これを道という」
東洋における世界観には、大宇宙(大自然)の根源の「道(タオ)」から発する「気」のはたらきによって、自然界にあるすべての事物は生きている―という「タオイズム(道教)」が根底にありました。さらに、その道(タオ)のもつエネルギーとして「陰陽論」が登場し、これを「一陰一陽」と表現しているのです。

この「一陰一陽」とは、自然を運行させる陰陽のはたらきが変化し交替することを指しています。つまり万物を支配している「道(タオ)」のエネルギーは、絶え間ない動的な陰と陽という位相変化がある―ということを示しています。
ちなみに『易経』研究の第一人者である高田真治は、この「一陰一陽」を「ひとたび陰、ひとたび陽」と読み下すことを推奨しています。それは陰陽の「恒動観」をよく表したまさに絶妙な読み方であると理解できます。

以上のように、古典『易経』では陰陽の絶え間ない動的な位相変化としての「恒動観」を定義し、「易」はすべての「人事」とすべての「自然」を対象とした哲学といえるのです。占いの世界はもちろん「人事」を対象にしているわけですが、医学の世界では「自然」を対象としています。なぜなら「身体」は大自然(大宇宙)に照応したもうひとつの自然(小宇宙)であることはいうまでもないからです。                  (つづく)
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