第124話:医と易の関係(2/2)



~本質を象(かたど)る~

◆もうひとつの事例
東洋医学が『易経』の哲学的思考に影響を受けているもうひとつの事例として、伝統的診断法の「脈診」を採り上げてみます。
というのも、手首の拍動部から察する脈の「形」から身体全体の「病態」を窺うという構造と、易の占いにおいて「卦」から事象の「未来」を窺うという構造には、実は共通した概念が存在します。たとえば脈のひとつひとつを「脈象」と呼ぶのも、実は易の用語である後述する「象(しょう)」に由来するとされているからです。
そこで今回は、「易の占い」と「脈診」それぞれの手順を比較しながら、医と易の関係性に迫ってみます。

◆易の占いの手順
易の占いとは、さしあたり「未来」を知ることです。その拠り所になるのが六十四に分類された「卦」、すなわち「六十四卦」(上の写真)です。それらは六画の爻(こう)からなり、陰爻と陽爻の組み合わせによって陰陽の位相変化を表現し、一瞬の「時機(タイミング)」を形象化した象徴(シンボル)。こうした象徴的イメージを「象(しょう)」と呼び、「事物の本質」を象(かたど)るという意味をもちます。つまり「象」を分析すれば、天地間のすべての出来事が説明でき、そこに未来に起こる出来事ないし状況を汲み取ることができる―これが易の占いの全体像です。

たとえば、占いで「豫(よ)」の卦がでたとします。『易経』の本文には、「豫」は「民が悦び服しているから、師(軍隊)を動かすのによい」と説かれ、「彖伝(たんでん)」にはこの句を「道理に従って動くものであるから、時にかなって宜(よろ)しきを得るようにすべし」と解説しています。したがってこの卦は、総じて人事に適用すれば「新規に物事に取り組む兆しがあれば、順を追って取り組めば悦びがある。」と解釈できる―というわけです。

ちなみに『易経』の「繋辞伝・下巻」には「易は象なり。象なる物は像(しょう)なり」との記述。「象」は形(かたち)でありシンボル、「像」はものの形が人に印象を与えるときのイメージをいいます。つまり「卦」は、象徴としてのイメージないし記号の形式をもって、「事象の本質」と「未来」についての情報を提供するのです。

◆「脈診」の手順
一方東洋医学の「脈診」についてはどうでしょう。「脈診」は患者の手首にある橈骨動脈に指を触れ、「脈の形」を診ることで身体の状態を推し量ること。その「脈の形」とは指先で感覚的に捉えるイメージ(象)であることから、これを「脈象」と呼んでいます。

たとえば弦がぴんと跳ねるような脈を「弦脈(げんみゃく)」、お盆に球が転がるような脈を「滑脈(かつみゃく)」、ナイフで竹を削るような滑らかでない脈を「濇脈(しょくみゃく)」というふうに「脈象」には名前がついています。中国最古の脈学書である『脈経』では全部で24の脈象を提示。それらひとつひとつの脈象に、「弦脈」であれば「肝胆の病」、「滑脈」であれば「湿病」、「濇脈」であれば「気滞瘀血」というように、身体の状態を示す「病証」が関連付けられ、後世の医家が体系化していったのが「脈診」という診断法なのです。
このように象徴的イメージである「脈象」は、「病証」という身体の「本質的情報」を象(かたど)るということが重要なポイントになります。

◆易から学ぶこと
以上のように、「易の占い」と「脈診」の間には、「象徴的イメージ(象)から本質を窺う」という意味では、共通した構造をもつことが十分に分かっていただけたかと思います。

【易占】;「卦=象」から窺うもの⇒「事象の本質」「未来に起こる出来事」
【脈診】;「脈象」から窺うもの ⇒「身体の本質的情報」「病証」

これで先人の医家たちは、『易経』の哲学的思考に倣って、脈診にあたったことは確かなことです。
そこでさらに注目すべきは、「象」は直感から生まれることにあります。直観が生まれる場とは、身体とは区別された心の深層部分いわば「無意識」と呼ばれる「深層意識」のこと。つまり心理学的にいうならば「事象の本質は深層意識に存在し、それが象徴的イメージ(象)の形をとって表層の意識へ送り込まれる」という構造になるわけです。

これはなにも脈診に限ったことではなく、身体の「本質的情報」を得るという作業であれば、それは患者の「深層意識」へとアプローチする作業であり、そこには「象徴的イメージ(象)」をいかに捉えるかという治療者側の「感性」と「意識の持ち方」が最も肝要である-ということを『易経』はわたしたちに教えているのです。(完)

※湯浅泰雄『共時性の宇宙観』人文書院(95年)
ユングの共時性の背景にある『易経』をかみ砕いて解説。「易の時間論」が特に印象的。
※井筒俊彦『意識と本質』岩波文庫(91年)
国際的な碩学といえる井筒俊彦の名著。深層意識にこそ本質があるとする思索の背景に東洋哲学があるとする視座が魅力。読めば読むほど洞察の深みにはまる本。

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