第135話:鍼を浅く刺すことの意味

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◆「鍼の刺入深さ」というテーマ◆
鍼灸師をはじめて22年目になります。これまでの治療家としての技術的な面を振り返れば、たとえば鍼を刺す深さについて言えば、以前より明らかに浅くなっています。
この「鍼の刺入深さ」について、自分なりに納得して今の形になるまでには、さまざまな試行錯誤を重ねています。それだけに鍼灸治療にとって重要なテーマであるという感慨があります。そこで今回は、これまでの経緯を紹介した上で「鍼を浅く刺す」ことの意味について考えてみます。

◆鍼灸師なりたての頃
鍼灸師の資格をとったばかりの頃は、ツボに鍼をどのくらい刺せばよいのか正直わからないものでした。とりあえず1㎝以内まで刺してから、雀啄(じゃくたく)といって上下に鍼を動かして「響かせる」という方法を取り入れました。「響かせる」ことで気が動くとされていたのです。こうした鍼の響きを「得気(とっき)」といいますが、「ピクッ」という響く感覚が、患者さんと施術者が共に感じるときと、患者さんだけが感じるときがあります。ですから患者さんには事前に「響いたら『はい』といってください」と伝え、雀啄をしながら患者さんが「はい」といった時点で雀啄を止めて、鍼から手を離して置鍼(ちしん)をしていました。

ところが、「ピクッ」という響く感覚を誰もが好むわけではないのです。ましてや刺鍼技術が未熟なレベルでは患者さんにとっては気持ちのいい鍼にはならず、その刺鍼スタイルは多くの患者さんの支持を得るまでには至らなかったものです。

◆浅く刺すようになった経緯
それがいつからか「切皮(せっぴ)」という打ち方、つまり浅く3~4mmしか刺入しない「浅刺(せんし)」にかわっていきます。自信を以てこの「切皮」に切り替えたのは、それまでの認識を大きくかえる技術を身につけたことによります。ツボに触れるだけで治療ができる「テイ鍼」をマスターしたこと。さらにテイ鍼と同じように、指でツボを触るだけで反応がわかるようになったからです。
  ※参照記事⇒ 第66話:刺さない鍼「テイ鍼」
  ※参照記事⇒ 第46話:「磁石」と「指の極性による触診技術」
ツボに触るだけで反応がわかることに気付いたことは大きな発見でした。そのことで「鍼は深さではない」という方向性がみえてきました。つまり正確にツボを取り、そこに適量の刺激を与えつつも、「切皮」程度の刺激でも十分効果が期待できると分かったのです。

それと浅目に刺す「切皮」というのは、患者さんにとっては置鍼中に寝てしまうくらいに気持ちがよいものです。しかもストレスフルな現代人にとってはこの「切皮」が最適といわれます。もう20年も前ですが、その妥当性を裏付ける論文が西條一止(当時筑波短期技術大学教授)によって発表されました。西條は鍼刺激と自律神経の関係について論究し、鍼刺激によって副交感神経優位(身体がリラックス)になるのは「坐位で呼気時に浅刺」とすると最も効果があるという結論に達したのです。元々「切皮」という「浅刺」は伝統的日本鍼灸(たとえば経絡治療)が得意としていました。よってこの論文は業界内でも大いに自信を与えるほどの援軍となったと記憶しています。

◆鍼を浅く刺すと関連臓腑に通ずる
わたしにとっても西條論文は援軍ではありました。ただ一方では、「浅刺」の効果が「身体がリラックスする」効果だけなのだろうか、という物足りなさを感じていました。というのも、要穴(当該経絡の大事なツボ)に軽く「浅刺」を施すと、身体全体がすっと変化することが実感できたからです。そこで直感的に考えたことは「鍼を浅く刺すと関連臓腑に通ずる」ということ。もちろん副交感神経優位であれば内臓機能は活発になるということですが、それを東洋医学から解釈すれば、「鍼を浅く刺すことで経絡に気が流れ、さらに関連する臓腑にまで行き渡る」と考えたのです。

◆本山博の実験
そうした仮説を裏付けてくれたのが、たまたま本山博の本を読んでいたときに、ふと目に留まった、とある「実験」についての記述です。その概要は以下の通りです。

「薬指の先端(井穴の中衝)と三焦経上のいくつかのツボ、および三焦経の募穴(石門)と三焦経の兪穴(三焦兪)に、小さな脳波測定用の小さな電極をつけ、EEG(脳波計)につないでGSR(皮膚電気反射)を記録してみた。まずは薬指の先端に、強い電気刺激を与えると、全身の交感神経が反応して、三焦経上の各ツボにはほとんど同波形の反応がでた。
ところが、薬指の先端に、ごく微弱な、痛みを感じない程度の電気刺激を与えてみたところ、三焦経上の各ツボには電位変化が起きないで、募穴(石門)と兪穴(三焦兪)の上にだけ、刺激して2~3秒後にGSR状の電位変化が出た。しかも30秒後ほどしてまた同じように反応が出た。また逆に、背中の兪穴(三焦兪)に同様な刺激を与えると、薬指の先端にだけ反応がでた。」

◆本山実験が教えること
本山実験の目的は、経絡の末端の要穴と、経絡上の各ツボ、ないしは経絡に関連した募穴と兪穴が古典でいうネットワークを形成していることの実証です。ちなみに「募穴」や「兪穴」とは当該経絡と離れた部位に存在していながら、当該経絡に関連した「臓腑」と密接に関係しているツボ群のことです。

ここで、わたしが特に注目したいのは、強い刺激のときは経絡上の各ツボが反応して、弱い刺激のときは募穴とか兪穴が反応するという点です。つまり刺激の強弱によって反応する場所が「経絡」もしくは「臓腑」で違いがでるということです。
 強い刺激を「要穴」に →  経絡上の各ツボ   = 経絡に反応
 弱い刺激を「要穴」に → 「募穴」「兪穴」    = 臓腑に反応

本山博の実験が教えていることを基に、実際の臨床では次のように活用しています。たとえば、痛みを誘発する経絡上の強い凝りがあった場合、その凝りを弛める周辺のツボを求め、そこにやや深めに鍼を刺して響かせます。響かせたほうが確実に凝りは消失します。そしてそれ以外のほとんどのツボ―たとえば経絡の末端部にある要穴(通常は「井穴」よりも「原穴」や「絡穴」)とか背中の「兪穴」など―には弱めの刺激である「切皮」程度の「浅刺」を施しています。

ということで、鍼を浅く刺すことは身体をリラックスさせるばかりか、関連した臓腑に通じることで心身共に調えるはたらきがあると、今では確信しています。(了)

※本山博『宗教と医学』名著刊行会(平成4年)
 三焦経を使った実験は129頁に記載。
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