第141話:「子午軸」と経絡ネットワーク(2/2)



◆「経絡」と「時間」を組み合わせる◆
上図は12本の「経絡」を、それぞれが関連する「時間」に配当した円環図で、これを「子午流注(しごるちゅう)」といいます。この場合の「時間」とは、1時(いっとき)を2時間とする「十二辰刻(じゅうにしんこく)」のことで、一番上の「子の刻」が午前0時の前後1時間、一番下の「午の刻」が正午の前後1時間となります。一方「経絡」は、肺経が「寅の刻」に始まり、後で説明する「流注(るちゅう)」の順番に沿って時計回りに順次めぐり、最後に肝経が「丑の刻」で終わります。

空間を表す「方位」も時間と同じように「十二支」によって12分割で表されるので、上の「子」は北、右の「卯」は東、下の「午」は南、左の「酉」は西となります。
このように自然界における空間と時間、さらに自然界の一部である身体(経絡)を含めて、「十二支」を介在することによって、大宇宙のなかでは互いに関連しあい循環していることを意味しています。
したがって、古来より重視されてきた「子午軸」とは、南北(上下)の「方位上の軸」だけとは限らず、ときには「時間上の軸(12時間差)」でもあり、さらには「経絡間の軸(対称軸)」としても重要視されるのです。

◆「流注」と時間医学
12本の「経絡」が時計回りに並ぶ「流注」とは、気血が流れる経絡ルートのことです。中焦に生じた気血が、初めは肺経からスタートして、各経絡を廻り、終わりを肝経とし、そしてまた肺経へ戻る。全体がまるで「メビウスの環」のような周回運動を繰り返し、気血は巡り巡って、昼に50回、夜に50回循環を繰り返すといわれています。

①肺経[始点]⇒②大腸経⇒③胃経⇒
⇒④脾経⇒⑤心経⇒⑥小腸経⇒
⇒⑦膀胱経⇒⑧腎経⇒⑨心包経⇒
⇒⑩三焦経⇒⑪胆経⇒⑫肝経[終点]

一般的に、経絡の「流注」と「十二辰刻」で表す「時間」とを結び付けたのが、鍼灸における「時間医学」の考え方になります。それぞれの経絡が旺盛になる固有の時間があるとする治療理論については、以前に説明しました。 ※参照記事:「第67話:鍼灸の時間医学」

◆子午軸は「180度の関係」
今回のテーマは、鍼灸における「子午軸」の重視です。ただこの場合に「子午軸」となるのは、[子の刻] に隆盛となる「胆経」と[午の刻] に隆盛となる「心経」の組み合わせになりますが、鍼灸の世界では、この組み合わせだけでなく、丁度180度の角度(時計でいえば12時間の開き)で相対している経絡同士を、すべて「子午軸」の関係として捉えます。したがって「子午軸」となる経絡同志は、次に示す6つの組み合わせになります。

⑪胆経 (足の陽経)⇔ ⑤心経 (手の陰経)
②大腸経(手の陽経)⇔ ⑧腎経 (足の陰経)
③胃経 (足の陽経)⇔ ⑨心包経(手の陰経)
⑥小腸経(手の陽経)⇔ ⑫肝経 (足の陰経)
⑦膀胱経(足の陽経)⇔ ①肺経 (手の陰経)
⑩三焦経(手の陽経)⇔ ④脾経 (足の陰経)

6つの組み合わせの特徴をあげれば、片方が「陽経」ならもう片方は「陰経」、そして片方が「足の経絡」ならもう片方は「手の経絡」という関係にあることです。
これら、いわゆる「子午軸」による経絡ネットワークは互いに絶妙な反応系を呈することから、臨床では次に説明する「子午鍼法」という取穴法に応用されます。

◆鍼法への応用「子午鍼法」について
経絡上の筋肉の痛みなどは、ほとんどが陽経上にでます。「急性の痛み」に対して「実している」と表現しますが、その陽経の実している患部を治療しようとすれば、患部と反対側の子午軸に当たる経絡上にツボを求めるのが「子午鍼法」です。ただしその場合、経絡上のツボは「絡穴(らっけつ)」を使います。「絡穴」とは経絡毎に定められたツボで、他の経絡と連携しやすいといわれるツボです。

《足陽経が実》⇒〔反対側の手陰経の絡穴〕
「胆 経」  ⇒(心 経)通里
「胃 経」  ⇒(心包経)内関
「膀胱経」  ⇒(肺 経)列缺

《手陽経が実》⇒〔反対側の足陰経の絡穴〕
「大腸経」  ⇒ (腎 経)大鐘
「小腸経」  ⇒ (肝 経)蠡溝
「三焦経」  ⇒ (脾 経)公孫

たとえば、急性腰痛(ぎっくり腰)の場合、左側の腰部が痛く、患部から判断して左膀胱経が明らかに実していたとします。その場合、反対側である右肺経の「列缺(れっけつ)」を取穴します。ちなみに正確に取穴する方法は、次のような手順を踏みます。
施術者は右手指で患部に触れ、手指を離さないままに軽くゆすり、同時に施術者の左手指のN指を、患者の右肺経の「列缺」あたりに軽く触れます。そのときに患部の緊張が最も弛むと感触を得たポイントが「列缺」の正しい位置です。それと同時に、患者さん自身も、「列缺」に触られた瞬間に、施術者の手指でゆすられた患部の痛みが軽減することを自覚してもらいます。こうした双方向性での確認診断は必須です。

他の例として五十肩で説明してみます。左の肩関節が痛みをともなって肩が上がらないという運動制限があったとします。そうした場合、最も痛みが顕著な当該経絡を触診と問診から探します。それは概ね手の陽経である「小腸経」、「三焦経」、「大腸経」のいずれかに該当します。それが小腸経であれば、反対側の右肝経の「蠡溝(れいこう)」、三焦経であれば、反対側の右脾経の「公孫(こうそん)」、大腸経であれば、反対側の右腎経の「大鐘(だいしょう)」を取穴します。取穴が正しいかどうかの確認診断は前に説明した通りです。なお、患部に筋肉萎縮がまだ認められない初期の五十肩であれば、当該絡穴を押圧することで、上がらなかった肩が少し上がることを確認できます。

◆不思議な力
このように「子午鍼法」とは、患部である当該経絡に取穴するのではなく、むしろ遠く離れた反対側の、当該経絡と子午軸に当たる経絡上に、しかもその「絡穴」に取穴するという鍼法です。
鍼灸の古典では、取穴法について「右の病は左で取る。左の病は右で取る」とか「上の病は下で取る。下の病は上で取る」というように、いわゆる「遠隔取穴」について種々言及されています。「子午鍼法」はそうしたひとつの方法といえるものです。

いずれにせよ、効果の程が驚くほどシャープであるという感触はいつも体感しています。
古代の先人たちが、「子午軸」を重視することに、不思議な力の内在を確信していたことは間違いないようです。(了)
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第140話:「子午軸」と経絡ネットワーク(1/2)



◆「子午軸」の重視◆
ふる里の山、鳥海山と月山は地図で俯瞰するとぴったり南北の軸に位置し、それぞれが陰陽の山として対峙していることを前に紹介しました。 (第134話:「鳥海山」の神仏と陰陽」参照)
方角を十二支でたとえると、北は「子」の方角、南は「午」の方角となり、この南北軸を「子午軸」と呼びます。
この「子午軸」を特別なものとして捉える考え方は、中国の「陰陽五行説」を背景としながら、古代日本が律令国家をめざしていた頃の歴史のなかにも散見できます。
さらにいえば鍼灸の世界においても、この「子午軸」の重視は、重要な概念として既に成立していました。そこで今回のテーマは、「子午軸」の重視がどのように鍼灸の世界に反映されているのか、その背景にある「陰陽五行説」を踏まえながら説明していきます。

◆古代日本における「遷都」から
古代日本の7世紀から8世紀の歴史を振り返れば、天智天皇(大津京)、天武天皇(明日香京)および持統天皇(藤原京)、元明天皇(平城京)そして桓武天皇(長岡京と平安京)というように、短期間における度重なる遷都はすべて南北軸上、つまり「子午軸」に限って行われていました。

中国唐に倣った律令国家の成立は、近江の大津京から始まり京都の平安京で落ちつく中で、こうした度重なる遷都は総じて北へ北へとなされたという背景があります。このことを民俗学の吉野裕子(1916~2008)は、陰陽五行説における「北を太極とする思想」に依拠した「子(北)の重視」もしくは「子午軸(南北)の重視」 にあると指摘し、その思想をもたらしたのは、おそらく「白村江の戦い」の頃に亡命した百済からの学者たちであろうと推測しています。

◆「子午軸」に隠された意味
さらに吉野は「子午軸」を重視した理由について、子午を「方角」から「月」に宛て、次のように説明しています。

「子」の月は冬至を含む旧11月で、『易』によれば陰がきわまった後に一陽が萌す時で「一陽来復」の象。それに対して「午」の月は夏至を含む旧5月で、陽がきわまった後に一陰がはじめて萌す時。「子→午」は無から有への軌(みち)、「午→子」は有から無への軌を示す。万象はこの軌道に乗ることによって、はじめて輪廻転生の永遠性を保証される。

ちなみに十二の「月」を陰陽の消息で表すと、最も「陰」が極まった月が旧10月(亥の月)であり、最も「陽」が極まった月が旧4月(巳の月)となります。
「子」の月である旧11月は「一陽来復」の象で表せる吉祥の月であることから、皇室における重要な行事、たとえば「大嘗祭(だいじょうさい)」などは今でも旧11月に行われています。「子」の重視は今や皇室の中に残っているといえます。

また「北を太極とする思想」というのは、星座の中心である、動かない「北極星」を神格化することであり、道教の世界ではその神を「天皇」と呼称され、色は「紫」とされています。道教研究の第一人者である福永光司(1918~2001)によれば、日本の天皇という呼称が正式に使われたのは天武天皇からであり、その背景には「陰陽五行説」を含む「道教」の導入があると指摘しています。

いずれにせよ、「子午軸」が「無から有へ、もしくは有から無への軌(みち)を示す」というのは、陰陽の消息(成長と衰退)という位相変化をもたらす大事な「軸」と考えていたといえます。
次回は、その「子午軸」の重視が、鍼灸の世界にどのように反映されているかを説明します。


※吉野裕子『隠された神々・古代信仰と陰陽五行』河出文庫(2014年)