第151話:「死者は歴史である」という見方



◆死者の臨在
わたしはいつからか「死者は傍にいる」と思うようにしています。
まるで突拍子もないことを言うようですが、そうでないと説明がつかないようなことが、これまで何度も経験しているからです。

たとえば、このブログを改めて読み返してみたときに、既に亡くなっている伯父とか父が、ある文脈に突然参入しているとしか思えないような文章に気付きます。それは当然自分の頭で書いているはずの文章でありながらも、実は亡き親族に「書かされていた」ということになります。

ここでいう「死者」というのはなにも親族にかぎらないということ。座学で影響を受けた先達も含みます。ひとりの思想家に強い刺激を受け始めた時に、古書店で何気に本を探していると、まるで読めと言わんばかりに、その思想家の本が眼前に現れることが度々あります。見えない力がはたらいてお膳立てを揃えてくれたということです。

鍼灸治療においても同様なことがいえます。たとえば、わたしがオリジナルと標榜している技術や理論であっても、冷静に考えてみれば、自分で創作したものなど、ほとんど皆無に等しいといえます。なぜなら、それが直感的に閃いたものであっても、先人の智慧に幾度も触れていくうちに、先人からプレゼントされたと解釈した方が、がぜん納得がいくのです。

そうなると「死者」は広い意味での「他者」にちかい概念となり、魔訶不思議と思われる日常の出来事でも、けっして奇異なことではなく、むしろ日常のなかに「他者」が必要に応じて(きわめて唐突にも)入り込み、「魂」に寄り添ってくれることだと思っています。

◆若松英輔の「死者を生きる」
そうした考え方に確信をもったのは、井筒俊彦研究で著名な若松英輔の文章に触れたことによります。中島岳志との往復書簡をまとめた『近代の超克』では、「死者論」に言及しているのですが、それまでの「もやもや」をはらすほどに見事に言語化してくれる内容でした。

若松は「死者は実在であって、けっして概念ではない」と断言した上で、集合論でいえば「死者の世界が生者の世界を包んでいるのかもしれない」と説きます。
 「死者の世界」∋「生者の世界」
この図式は、死者から生者に繋がる永い時系列上の空間において、あくまでも「死者」が主体であり、ベクトルは「死者」から「生者」に向かうことを意味しています。
 「死者」→→→→「生者」
ところが、「死者のことをおもんばかる」とか「死者を代弁する」という行為は、一見美しい言葉に響きますが、生者を主軸に置いてしまうわけですから、それこそ傲慢な行いになると警告しています。
つまり、そうした「死者『と』生きる」という行為より、むしろ「死者から繋がる」という意味での「死者『を』生きる」ことのほうが、じつは最も大切であると強調しているのです。そして「死者を生きる」ことで、死者から生者に繋がる「彼方なる世界」を感覚できると言います。

◆死者から歴史へ
若松は、「死者」からさらに「歴史」との関わりについて論究します。それは「死者は無数の死者たちであるとともに歴史でもある。」とし、「死者を生きる」ことは「不可避的に歴史といううねりに参入することにほかなりません。」と述べています。

ただし、死者は意図せずしてやってくるわけで「ままならぬ」存在です。それは折口信夫が言うところの「マレビト」に近い存在なのでしょう。

それでも死者は、必要に応じて生者の「魂」に寄り添い、経験した濃密な「時間」である「歴史」を生者に与えることができる存在だということです。
言いかえれば、人間は誰ひとり単独の存在ではなくて、死者(=歴史)と繋がり、「彼方なる世界」という大きな生命の器として存在することを可能にした、唯一の「生き物」だといえます。

「見えるものは見えないものによって生かされている。」と若松英輔が表現したように、こうしてわたしたち生者は、死者(=歴史)によって生かされている存在だということです。
(了)


※中島岳志/若松英輔『現代の超克』ミシマ社(2014年)
中島はアジア主義や大本教などに詳しい近代思想が専門。若松は井筒俊彦の研究で著名な思想家。戦前41年に「文学界」に掲載された座談会『現代の超克』を下敷きに、両氏の往復書簡と対談によって、現代版『現代の超克』としてまとめた本。
「死者論」については、小林秀雄の「無常という事」を引用している。これは、記憶と思い出の違いとか、ベルグソンの時間論を併せて理解するとさらに面白い。
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