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第184話:『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』(2/2)検証編



◆専用鍼と刺激量の問題
ニエムゾー博士が開発した『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』を、そのまま臨床で生かそうとしても、「ASP鍼」という専用鍼が入手できないという問題があります。「ASP鍼」を画像でみるかぎり、ディスポーザブル針の専門業者に特注して作らせたものと思われます。しかも下の写真にある形状と太さから判断すると、一般の鍼であればかなり太い方の類で、刺激量はかなり強力だと推定できます。
そこでとりあえず、「ASP鍼」の代用として、豪鍼(寸3-2番)を使用し、且つ刺鍼時には軽く雀啄(じゃくたく)という手技(軽い上下運動)で鍼の響きを加え、5か所に刺鍼した後10分間の置鍼としました。


◆『Battlefield Acupuncture』を活用した症例
①主訴
♯右第7肋骨辺りの痛み(1週間前に転倒打撲)
女性Aさん(64才)は一週間前に旅行先で転倒。打撲による右肩痛を訴える。右肩関節の可動域が前屈130°で痛みが生じる状態。鍼灸治療を施すと4~5日で右肩痛は改善して可動域も正常域まで回復。ところが、肩痛解消と同時に今度は右乳房下の第7肋骨上(ツボでいうと期門あたり)の運動痛が顕在化した様相。笑うと痛い、咳をすると痛い、仰臥位になるとき、もしくは仰臥位から身体を起こすときが痛いと訴える。
②治療内容
a.座位でベッドの横に足を投げ出した姿勢で治療。ゆっくり身体を後ろに倒した時の、患部(右乳房下の第7肋骨上)に響く動作痛を、疼痛レベルMax10と設定してもらう。
b.左右の耳それぞれに、「1:CINGULATE GYRUS」「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」を取穴して印を付けておく。取穴法はオリジナルの「FMテスト」を使用。右手の第1~3指で患部(または腕橈骨筋で代用)を軽く触れながら、左手に持った鍉針の先を該当のツボ周辺に触れ、患部の緊張が弛むポイントを以てツボの位置とする。
c.患側の右耳、健側の左耳の順番でまず「1:CINGULATE GYRUS」に刺鍼をして、動作痛を再現してもらい、疼痛レベルがどの程度減弱したかを申告してもらう。
これを「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の順で、同様に逐次、刺鍼したあとの動作痛の疼痛レベルを確認する。

③治療結果
始め左右の耳にツボ1か所に刺鍼した後に、動作痛の疼痛レベルの軽減を確認すると、それほど顕著な軽減変化がみられない。そこで、疼痛レベルの確認は、全ツボ5か所に刺入を終了した段階のみとした。最終段階の動作痛の疼痛レベルの軽減を確認すると(7/10)つまり30%減少して、「動きが少し楽になった」との回答を得る。置鍼していた合計10本の鍼をすべて抜鍼して治療を終了。そして、翌日に本人から電話連絡が入り、「朝起きたら(3/10)に痛みが軽減して、日常の動きが随分楽になった」との回答を得る。

◆結論
「ASP鍼」よりも明らかに刺激量が少ない「豪鍼(寸3-2番)」を使用したとはいえ、疼痛レベルが治療直後に(7/10)、さらに翌日が(3/10)に減弱したという結果が得られました。この結果から『Battlefield Acupuncture』の鎮痛作用については有効性が認められたと判断できます。

但し、即効性という意味では、明らかに「鍼の刺激量」によって左右されると分析できます。というのは、「豪鍼」を選定する前に、実は「円皮鍼(0.18x0.9mm)」で試行してみたのです。すると「円皮鍼」では疼痛レベルの減弱に全く変化がありませんでした。仮に「円皮鍼」を留鍼したままにすれば翌日に効果が出たのかもしれませんが、鎮痛作用の即効性という点では「円皮鍼」には有効性がないという結果でした。
そうした結果から、「刺鍼の刺激量」に着眼すべきと判断して、「豪鍼(寸3-2番)」には、雀啄を加えることで、いくらかでも刺激の加重を図ってみたわけです。
したがって、即効性を左右するのが「刺鍼の刺激量」であるとすれば、「ASP鍼」に代わる鍼の選定及び適正刺激量についてが、今後の検討課題になります。

5つの特定のツボについては、刺鍼の順番を指定されているだけで、個々のツボがどのような役割をもつのかは明らかにはされていません。とりあえず最大公約数的に5つのツボを使っているのかもしれません。とはいえ、疾患に応じて反応するツボもあれば、逆に反応がないツボもありそうです。たとえば、ニエムゾー博士は論文の中で、ほとんどの片頭痛は、両側の「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の2x3穴に留鍼するだけで解決できると述べています。つまり、疾患の種類に応じて固有の配穴(ツボの組み合わせ)があることを博士は示唆しているのです。この点に関しても興味深く観察していきたいと考えています。

よく耳にすることですが、「鎮痛を目的として痛みの閾値を上げる治療は、根本治療ではない」という指摘があります。しかしながら、顔を歪めて痛みを訴える目の前の患者さんの身体の中を想像してみて下さい。痛みという不安なストレスによって、自然治癒力が働かない状況が浮かんでくるはずです。患者さんにとって、痛み(不安)から瞬時に開放されるということは、同時に自然治癒力の作動ボタンが押され、治癒への道が開かれるようなものです。先の症例でいえば、治療によって即効的に痛みが(7/10)に減弱し、さらには自然治癒力がはたらいて翌日には(3/10)まで減弱したと解釈もできるわけです。
それだけ鎮痛作用における「即効性」のファクターは重要だということ。そうした意味でも、痛みを素早く軽減させる『Battlefield Acupuncture』という新たな「耳鍼療法システム」は、これからの臨床に大いに活用する価値はありそうです。(了)
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第183話:『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』(1/2)概要編



◆はじめに:
9月24日に放送されたNHK総合TV『東洋医学ホントのチカラ』をご覧になった方は多いと思います。鍼灸と漢方薬とヨガについての魅力を、最新の情報を交えてわかりやすく説明していました。良質な番組によって、東洋医学とりわけ鍼灸治療に対する認知度が上がることはとても嬉しいことです。

鍼灸治療家からみても、いろいろ興味深いところはありました。なかでも眼を引いたのが、アメリカ空軍のリチャード・ニエムゾー博士(Dr.Richard Niemtzow)が考案した『Battlefield Acupuncture(戦場鍼治療)』です。慢性腰痛患者に対して、特定の耳ツボに小さな鍼を留め、そして歩いてもらうと、痛みが瞬時に軽減する様子を紹介していました。どうみても従来の「耳鍼療法」とは取穴法や使用する鍼からして全く異質なものという印象を受けました。そこで『Battlefield Acupuncture』についていろいろ調べてみると、そのユニークな治療理論の全容が徐々に分かってきました。

今回は2回に分けて、ネット上で公開されているリチャード・ニエムゾー博士による論文『Battlefield Acupuncture』を基に、その概要を紹介すると共に、実際に臨床でこの治療法を試行した際の、わたしなりの手応えと感想をまとめた検証結果を報告してみたいと思います。

◆Battlefield Acupunctureとは
アメリカ空軍の鍼灸総合医学センター(Air Force Acupuncture and Integrative Medicine Center)のリチャード・ニエムゾー博士が、即効的な鎮痛を目的とした「耳鍼療法」を研究する過程で、2001年に開発したのが『Battlefield Acupuncture』です。日本語では「戦場鍼治療」と訳されるように、そもそも戦場が医療現場であることを前提に開発されたものです。急性や慢性に関わらず痛みを抱えた兵士に対して、鎮痛剤を使うことなく数分で痛みを軽減し、しかも耳鍼という性質上、嗜眠などの副作用がほとんどないのが最大の特長です。もちろん戦場に限らず、この治療システムはわたしたちの日常の臨床全般でも利用可能であり、当に新たな「耳鍼療法システム」として今後日本でも注目を浴びそうです。

従来の「耳鍼療法」の経穴図では、胎児を逆さにした解剖学的形状を(フラクタルに)耳の形に反映されています。耳たぶの中央が眼であり、耳穴周辺の窪みが内臓群であり、耳上部が足に対応したツボという訳です。たとえば、肩痛の治療であれば「肩点」を治療穴として選び、そこに鍼を留めるのです。

ところが、『Battlefield Acupuncture』の場合は、次に示す5つの特定されたツボを選択的に使用されます。



【5つの特定のツボ】
   1:CINGULATE GYRUS  (帯状回)
   2:THALAMUS    (視床)
   3:OMEGA2    (オメガ2)
   4:POINT ZERO    (ポイントゼロ)
   5:SHEN MEN    (神門)

ここで1~5の番号は、取穴の選択的な順番(後述)を表しています。ツボの命名と根拠については全てを把握している訳ではありませんが、「CINGULATE GYRUS」と「THALAMUS」はおそらく脳の解剖学的な名前に由来し、「SHEN MEN」は従来の耳穴である「神門」(の中国語読み)に対応していると思われます。

これら5つの特定のツボは、鎮痛を目的に選ばれた訳ですが、その鎮痛に至る機序については、NHKの番組を拝借すると、次のように説明していました。
「5つの特定のツボを刺激することで、まずは前頭前野における脳の血流が増加して活動が活発になります。前頭前野のはたらきはそもそも脳の興奮を抑えることであり、そのことが、痛みを感じる扁桃体の興奮を抑えるように作用して、結果的に痛みを感じさせなくするのです。」というように、5つの特定のツボは中枢神経レベルを刺激して痛みの処理をすると考えています。逆に言えば、中枢神経レベルに特異的にはたらく5つのツボを、リチャード・ニエムゾー博士が発見したということです。

◆治療の手順


慢性腰痛患者を例にすると、「ペインスケール」の図表をみせて、いま歩いている時の腰の痛みを、仮に疼痛レベルMax10と設定してもらいます。痛い方の腰が左側であれば、まずは左耳の「1:CINGULATE GYRUS」に「ASP鍼」という専用の鍼を刺して留めます。そのまま2分間ほど歩いてもらい、先ほどの痛みがどの程度軽減したかを再度「ペインスケール」をみせて、疼痛レベルを数値(痛みが7まで軽減すれば7/10)で申告してもらいます。次に反対側の右耳の「1:CINGULATE GYRUS」に「ASP鍼」を留鍼して、再び2分間ほど歩いてもらい同様に疼痛レベルに変化があるかを確認します。

以上の方法を、「2:THALAMUS」「3:OMEGA2」「4:POINT ZERO」「5:SHEN MEN」の順番で左右に「ASP鍼」を留鍼し、逐次、疼痛レベルに変化があるかを確認していきます。その過程中に、申告した疼痛レベルが0~1/10になった段階で、目標を達成し治療は終了とします。ちなみに「ASP鍼」は最大3~4日間を目安に留めます。

但し、治療を施しても疼痛レベルが治癒に到達しない場合があります。高齢者のケースあるいは、より複雑な病理を有する慢性病のケースです。治癒に到達しないといえども、疼痛レベルがある程度減弱することは鎮痛作用が一定程度はたらいていることを意味しています。つまりそれは、痛みが軽減することで次第に自然治癒力が追随してくる道筋と考えられます。よってそうした場合は、隔週で治療を継続することが望ましいと、リチャード・ニエムゾー博士は述べています。
次回は検証結果を報告します。(つづく)

※参考文献:
https://www.isla-laser.org/wp-content/uploads/Niemtzow-Battlefield-Acupuncture.pdf

※追記(2018-12-15)
:POINTO ZERO とは臍部(へそ)を意味。脾点とも符号することから中焦を代表したツボと考えられる。