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第96話:三國連太郎にみる「虚実論」



◆Aさんとの会話から
リタイアされてもう5年、好きな映画を週に2本はみている悠々自適のAさんが、「三國連太郎の代表作が『釣りバカ日誌』じゃ、おかしいよね」とわたしに同意を求めるので、「それはそうですよ」と間髪入れずに応えました。いつも映画の話をレクチャーされるAさんのいわんとすることはわかります。たしかに『釣りバカ日誌』で演ずるスーさんもよいでしょうが、それはあくまでも齢を重ねたことで到達した円熟の境地。それよりも、三國連太郎の魅力はなんといっても若いころの、あの武骨で不器用な演技ですよ。そうした意味でいけば『飢餓海峡』が彼の代表作ですよね、という共通認識がAさんとわたしの間には成立するのです。

◆記憶に残る映画
Aさんの話からふと思い出すと、実は記憶に残る映画には、たえず三國連太郎がからんでいます。たとえば18歳で上京して、始めてみた記念すべき映画が今村昌平監督の『神々の深き欲望』。たしか新宿伊勢丹の前にあった「新宿日活」でしたが、映画の内容はほとんど忘れています。それからサラリーマンだった35歳の頃、出張先のビジネスホテルで深夜、BS放送をたまたまつけて、それこそ食い入るように最後までみてしまったのが、内田吐夢監督の『飢餓海峡』(上映時間183分)でした。こんなに面白い映画が世の中にあったのかという驚きで、以来『飢餓海峡』はわたしの中での「日本映画ベストワン」になっています。

◆『飢餓海峡』の演技
この『飢餓海峡』は、正直なところ助演の左幸子(東北訛りの幸薄い娼婦役)と伴淳三郎(老練な刑事役)の演技の方が、三國連太郎の演技を凌いでいました。乱暴な言い方をすれば、助演の二人が輝けたのは、主演である三國連太郎の武骨で不器用な演技があったればこそといえるほど。いや、もしやこれは織り込み済みで、助演陣と主演による「演技の虚実」という絶妙なバランスをねらった内田監督の演出だったのでは、とまで思うようになりました。というのも、三國連太郎が生前(昨年2月)、『新潮45』に寄せた、自身の演技論についての次の文章に最近目に触れることがあり、わたしなりに納得できたからです。

◆三國連太郎の虚実論
私の半世紀の経験で言っても、「実」の部分を無視して「虚」だけを演ずるということは、かなり辛いことです。日本では、名監督として評価の高い方でも、「演じることは〈虚〉なのだ」という言い方をする人が多いのです。しかし(私)俳優三國連太郎には、「実」としてしか演じられないという確信をもっています。

ここでいう「虚実」とは嘘の世界と本当の世界ということ。演技とは「虚」と「実」のちょうど間にあるものがよい、ともいわれています。似せて演じるが、かといってそのものになってはいけないということ。しかし三國連太郎の若いときは、暴力シーンであればリアルに暴力を演技にもちこんでしまうというエピソードがあります。これに関して三國は、

役を自分の体験と重ね合わせて、それとの遠近を計りながら、極力、自分の生理(呼吸)に重ね合わせようとするのです。どこまでが「虚」で、どこからが「実」なのか、本当のところ良く分からなかった。

と正直にその不器用ぶりを吐露しています。しかし自分の演技こそ「実」なりと確信がもてるようになったひとつのきっかけは、カンヌ映画祭でイタリア映画の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督が「自分の原体験と根本のところで関わらないテーマは、上手く行くはずがない」と語ってくれたことを挙げていました。

このように、演技の「虚実論」における三國連太郎の持論と彼の立ち位置を理解した上で、改めて『飢餓海峡』をみれば、さらに深いところでの感動を味わえるような気がしています。

東洋医学には、また違った意味での「虚実論」があります。物(身体)の見方をどういう切り口で分析するかということでは、演技の虚実論とたぶん共通しています。今回はそんなわたしなりの興味から三國連太郎をとりあげてみました。

※「新潮45」2012年2月号(新潮社)36頁
特集「人生後半戦の生き方」に三國連太郎「生と死を見つめた季節」を掲載。
三國は、敬愛する親鸞の「死というものを意識したところから、生きる価値を見いだす」という言葉を引用し、「私はといえば死ぬまで求道です。(中略)たとえ苦しくとも、役者として生きる価値に向かって生き抜いていく覚悟です。」と結んでいます。
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