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第97話:庄内弁からみえる朝鮮との交流



◆「パンダジ」と「船箪笥」
以前、李朝家具の「パンダジ」を初めてみたときに、金具と錠前の装飾ぶりが、ふる里酒田の「船箪笥(ふなだんす)」に、まるでそっくりだと思ったものです。歴史を順序だてて考えれば、当然「船箪笥」が李朝家具「パンダジ」に似ているというべきこと。それはとりもなおさず、日本海に面した庄内地方と朝鮮との間に、なにかしらの交易があったのでは、と予感させるきっかけになりました。

最上川河口にある酒田は、江戸時代には北前船の重要な港街。地元の職人が作る「船箪笥」はその北前船に積み込んでいた小型の箪笥で、貨幣や往来手形などの貴重品を入れるためのものでした。酒田は小木(佐渡)、三国(越前)とならぶ「船箪笥」の三大産地でもあります。この西回り航路を日本海全域に目を移せば、歴史学者の網野善彦がとりあげた「環日本海諸国図」が示す通り、それは対馬海流に沿った朝鮮との交易海路になります。  ※参照記事⇒「第69話:朝鮮が近かった時代」
北九州から東北へと延びる日本海側は、古い時代より朝鮮との交流が盛んに行われていた可能性を示しています。となれば、一連の「船箪笥」はきっと李朝家具「パンダジ」を参考にして作られたと理解してもなんら不思議ではないと思うのです。

◆庄内弁と朝鮮語
さらに興味深いことは、庄内地方の方言の一部が朝鮮語に似ていることです。共通した音で、似かよった言葉があることは、ひょっとして朝鮮からの渡来人が庄内に移り住んだ「なごり」として、そのまま言葉に残っている可能性があります。それを指摘したのは、意外にも詩人の茨木のり子(1926~2006)でした。茨木のり子は大阪出身ながら、母親が庄内の三川町の出身、しかも夫も庄内の鶴岡出身という、まさに庄内ゆかりの人です。彼女は庄内訛りの母親に育てられ、母の実家にいけば、祖母の正調ともいえる庄内弁に触れる環境にありました。

そうした茨木のり子が、50歳を機に朝日カルチャーセンターの語学講座にて「朝鮮語」を学び、その10年後、詩人の眼からみたハングルの魅力を、韓国への旅の思い出を織りまぜて『ハングルへの旅』という一冊の本にまとめています。そのなかに、「日本方言との対比」(92頁)として、出雲、北陸、越後、出羽、津軽などの日本海沿いの地方の方言に、古代語の片鱗とする朝鮮語に近い発音が残っている実例を掲げ、真っ先に庄内の方言をとり上げているのです。

【ハングル(意味)】      ⇒   【庄内弁(意味)】
「アガ」(赤ちゃん)          「あが」(赤ちゃん)
「アッパ」(父ちゃん:幼児語)     「あっパ」(父ちゃん)
「アネ」(女房)            「あね」(女房)
「イッタガ」(居たが、あるが)     「いっだが」(居たが)
「オブバ」(おんぶしてやるよ)     「おぶっさげ」(おんぶしてやるから)
「モッケスムニダ」(ご馳走になります) 「もっけだの」(恐縮です、ありがとう)

これには驚きました。特に、この「もっけだの」は、わたしの母が人にお礼をいうときによく使っていた懐かしい響きであり、庄内人のやさしいまごころです。
次に語尾の対応をみると

【ハングル(意味)】     ⇒   【庄内弁(意味)】
「~ニカ?」(~ですか?)      「~ねが?」(~ですか?)例:「寒ぐねが?」
「~ニャ?」(対等形の疑問)     「~にゃ?」(~だろ?)例:「寒にゃ?」
「~ジ」(強調の終結語尾)      「~じ」(~だよ)例:「んだじ(そうだよ)」

ちなみに「~にゃ?」は、茨木のり子の母かたの実家がある三川町に多い語尾方言です。
さらにもっと奥深い類似として、庄内地方(秋田あたりも含めて)の方言は、カ行、タ行が語中にくるときには濁音になる癖があること、これはハングルの特徴とそっくりだというのです。

秋=アギ  港=ミナド  餅=モヂ  下駄=ゲダ  砕く=クダグ  
酒=サゲ  頭=アダマ  柿=カギ  竹=タゲ   集める=アヅメル
息=イギ  刀=カダナ  赤=アガ  跡=アド     

ここまでくると、庄内弁はもっとも朝鮮語の雰囲気をもった方言といえます。
茨木のり子によれば、こうした方言のバリエーションは古代語がそのまま残った結果ともいえるが、古代語そのものが隣国と姉妹語だったとも言える―と解説しています。

かつて司馬遼太郎とよく古代朝鮮について対談を交わしていた金達寿(キムタルス)が、「朝鮮語に堪能な歴史家がいれば、古代朝鮮と古代日本との関わりがもっと明瞭にみえてくるはず」と指摘していたことを思い出します。
専門家の問題にかかわらず、普段日常つかわれていた方言にこそ、古代史の謎を解くヒントが隠されていると教えてくれた茨木のり子の指摘は傾聴すべきこと。今や朝鮮半島とは、残念ながら近くて遠い隣国になっています。だからこそ、いまや消えつつあるふる里の方言には、かつて隣国と自由に交易し交流があった時代の息吹がこうして隠されていることを、わたしたちは今一度目を向ける必要があるといえます。

※茨木のり子『ハングルへの旅』朝日文庫(89年)
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