FC2ブログ

第09話:中村不折:施灸の油絵

養身(長養)

竹橋にある「東京国立近代美術館」にはよく足を運びます。主に「所蔵作品展」が目的ですが、ここは近代絵画を約9300点所蔵してあるとか。年に2回の「所蔵作品展」で一度に約200~250点の展示としても、すべてを鑑賞するには10年以上かかるといわれています。人気のある作品は度々展示され、なかでも好きなのが岸田劉生の『切通之写生』と、横山大観の「生々流転」(巻紙で40メートルに及ぶ水墨画)ですが、いつみても飽きない作品です。

それは07年春のこと、いつもの「所蔵作品展」でちょっと気になる油絵に遭遇しました。明治の洋画家であり書家でもあった中村不折(なかむらふせつ)が描いた50号( 117 x 80 )の油絵で、タイトルが「養身(長養)」とありました。髪は薄いながらも筋肉は隆々とした老人が、ほぼ全裸状態で片膝を立てた(風呂上りのひとときなのか)裸婦ならぬ裸夫像です。(上の写真は残念ながらモノクロですが・・)

どうみても左足の足三里にお灸をすえているように見えます。艾(もぐさ)は描かれてはいないのですが、足三里あたりに左手を添え、右手でお灸をすえる仕草のようです。さらに注意深くみると細い煙がぼんやり立ち昇っています。タイトルからしても足三里にすえる「養生の灸」を描いたものに間違いないと確信。普通の人ならたいした気にも止めなかったでしょうが、仕事柄その絵の前で思わず立ち止まり、じっと観察してしまいました。施灸を描いた油絵はとても珍しく、思わぬ発見をした気分でひとり悦に入っていました。

この作品を描いたのは1915年(大正5年)、第9回文部省美術展覧会に出品されたものです。当時の代表的な民間療法といえばお灸であり、自宅施灸はごく一般的だったようです。町の治療院に行くのは月に1度、鍼灸の先生に印をつけてもらい(これを灸点をおろすといいます)、自宅で毎日その印の上にせっせとお灸をする―そうした様子が垣間見られる貴重な絵画といえましょう。

※中村不折(1866~1943):信州は伊那出身の画家・書道家。台東区根岸にある「書道博物館」は彼のコレクションをまとめたもの。同館には「中村不折記念館」も併設されている。夏目漱石の「我輩は猫である」の挿絵を描く。書としては新宿中村屋のロゴ(中村屋)が有名。パリ留学時の荻原碌山との交友が縁で、中村屋の相馬愛蔵・黒光夫妻が中村に依頼したそうです。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する