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第108話:鍼灸は「EBM」か「NBM」か?



◆「EBM(=根拠に基づく医療)」の登場
90年代後半のこと、医学界における新たな動向として「EBM」という理念が登場しました。「EBM」とは(Evidence-Based Medicine) の略で、日本語では「根拠に基づく医療」という意味になります。この場合のEvidence(根拠)とは主に「医療情報」のことで、医療者たちは利用可能な最も信頼できる「医療情報」を共有し、それを十分に踏まえることで普遍的な有効性を追究しようとする、医療者としての行動指針というものです。

地域医療を考えた場合、経験豊富なひとりの名医がいるよりも、一定水準以上の医師が大勢いる方が、均一の医療サービスを受けられ、患者側にとってはより安心できます。つまり「EBM」推進の目的は、医療者の経験の差から生ずる医療サービスの格差をなくすために、医療者個人の臨床経験のみに頼るのではなく、系統的な情報を収集しながら臨床判断を行うことで、患者にとってより適切な医療を提供しましょうということです。

◆鍼灸治療に「EBM」は有効か
当然ながら鍼灸の業界でも、この「EBM」の理念をさっそく導入しようとする動きがありました。たぶんそれは「EBM」導入によって「鍼灸の科学化が計れる」と踏んだのでしょう。「鍼灸は気を動かす云々・・」では科学的には説得力に乏しく、とうてい西洋医学と同格に扱われない―というジレンマを感じている人がいるとすれば、それは当然の選択かもしれません。「EBM」の取り組みとしてツボの選定を例にあげれば、たとえば「便秘」に効くとされる複数のツボ毎に臨床データーを集めて統計学的に処理し、その有意差からもっとも効果のあるツボを選定します。それが「便秘」の場合に「大腸兪」というツボであれば、どんな鍼灸師がどんな患者さんに「大腸兪」を使ったとしても、より有効な効果を期待できるということになります。

ところが実際の鍼灸治療とは、そんな簡単に理論通りにはいかないもの。(そこが鍼灸治療の深くて面白いところですが・・)というのは、ツボは個々の患者で変わるものです。ある疾患に一定のツボが一律有効だとは断言できないのです。鍼灸の診断には「弁証」と呼ぶ「鑑別診断」があります。ならば「弁証」ごとにツボの有効性を統計学的に処理すれば、「EBM」の精神が生かせるのではという考え方もあります。ところがその「弁証」に至る診断技術というのも、実は鍼灸師個人の「資質(感性)」とか経験に基づく「技量」に大きく左右されるものです。そもそも鍼灸治療は、「個人技」を極めることで成立する伝統医療といえます。したがって、「EBM」の理念は、鍼灸治療には本来そぐわないものであり、「EBM」を導入すれば、むしろ鍼灸治療がもつ特長が逆に生かされないことの方が多い―というのがわたしの個人的な見解です。

◆もうひとつの「NBM(=個の医療)」という理念
そこでもうひとつ紹介したい理念があります。それは先の「EBM」のアンチテーゼとして登場した「NBM」というさらに新たな理念です。この「NBM」とは(Narrative-Based Medicine)の略で、日本語では「物語性に基づく医療」という意味になります。この場合のNarrative(物語性)とは、なにやら文学的な響きを感じますが「病気に至った物語性」を重視するという意味です。

たとえば喘息の原因が子どもとの関係性にあるとする診かたは、患者さんが抱えた親子関係という「物語性」に着目しています。その「物語性」に向き合うことが喘息を改善する一歩になる場合もあるのです。つまり「一人ひとりの患者には自らの人生とともに、それぞれの疾患に対する『物語性』がある。その『物語性』を患者と医療者が共有することで、『科学としての医学』と『個別に対する医療』との間に横たわる溝を埋めていこう」とするのが「NBM」の基本理念です。つまり病気は本来患者さん「個人」に由来するものですから、患者さんの数だけ「病気に至った物語性」は存在することになります。したがって医療者はそうした一人ひとりの「物語性」に向き合うわけですから、「NBM」を理念とする医療とは、きめの細かいいわば「個の医療」といえるものになります。

◆鍼灸治療は本来「NBM(=個の医療)」であるから・・
医学界では、この「NBM」はまだまだ少数派のようですが、今後の動向を注目していきたいものです。というのも、考えるまでもなく東洋医学は、この「NBM」の理念と同じように、本来「個の医療」であり、きめの細かい対応を可能とする伝統医療だということです。たとえば鍼灸治療であれば、患者さんの話をよく聴いて病に至るその背景を把握していきます。さらに体表に表れているツボの変化や反応があれば、そこから身体の声を聴いていきます。それらの情報を合算して、病に至った背景とその原因を明らかにしていきます。そしてもっとも大事なことは、「NBM」の理念と同じように、そこで患者さんと情報(=物語性)を共有することです。

というように、鍼灸の科学化もたしかに大事なことですが、かといって鍼灸に「EBM」を導入するには弊害の方が多いということ。東洋医学にとっては頼もしい援軍といえる「NBM」という新たな理念に、むしろ着目すべきだと考えます。
さらに考えられることは、将来の理想的な医療を見据えた場合、西洋医学と東洋医学がいかに共存を可能にするかということです。つまりそれには「NBM」という理念を、西洋医学と東洋医学との共通基盤に置くことで可能になるのではないかとみています。

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