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第111話:清河八郎再考(1/3)



~八郎は奇妙にあらず~

◆「清川村」の清河八郎
酒田市に隣接する庄内町に「清川(きよかわ)」という地域があります。市町村合併前は「立川町清川」、さらに江戸時代に遡れば「出羽国田川郡清川村」。清川は最上川とその支流の立谷沢川との合流点に位置します。最上渓沿いに吹く夏風はとても険しく、地元の人は「清川だし」と呼び、最近ではそれを風力発電に利用しています。

この清川村こそ、勤皇の志士・清河八郎(きよかわ・はちろう)(1830~1863)の郷里。本名は斉藤元司。生家の斉藤家は地主であるとともに酒造業を営み、苗字帯刀を許された豪家でした。現在でも清川には、ゆかりの地を象徴するかのように、清河八郎を祭神とした「清河神社」(昭和8年創建)と「清河八郎記念館」(昭和37年竣工)があります。

今では庄内の人にとっても忘れられた存在になりつつあります。とはいえ、わたしが子どものころ、なぜか家の床の間には清河八郎の胸像が飾ってありました。どんな偉い人なのかよくわからないままに、子ども心にその面長のご尊顔をぼんやり眺めていたものです。そんな心象風景のせいか、清河八郎は大人になってからもなんとなく気になる存在になっていました。

◆「ヒール」としての清河八郎
清河八郎とはいったいどんな人物だったのでしょうか。一般には「新選組」の前身である「浪士組」結成に関わった人物として知られています。但し新選組を礼賛した小説からみれば、八郎は決まってヒール扱いということになっています。八郎は幕臣の山岡鉄舟らの協力を得て、将軍上洛の警護を名目とする「浪士組」結成を幕府に建白して実現します。ところが京都に着任すると「真の目的は天皇の警護」と突然浪士たちに向かって「尊皇攘夷」を宣言するのです。それを知った幕府は仰天し、即座江戸の帰還を命じ「浪士組」は事実上解散。江戸に帰還した浪士たちは、庄内藩江戸屋敷預かりの「新徴組(しんちょうぐみ)」として江戸市中警備に当たり、同じく江戸に帰還した八郎は、幕府の命を受けた佐々木只三郎らによって麻布一の橋で斬殺されます。そして京都に残った近藤勇・芹沢鴨らは新たに「新選組」を結成し、京都守護職の会津藩主松平容保のもと、京都市中警備に当たったというわけです。

幕府を欺いた八郎の策士ぶりを、司馬遼太郎は短編小説『奇妙なり八郎』に書いています。才気がありながら時代の表舞台に立つことなく、幕府の刺客によって斬殺された八郎を主人公にして、帯刀していた名刀「兼光」を報われない「才気」の象徴として描いていますが、司馬は題名『奇妙なり八郎』に示す如くまるで「トリックスター」のように八郎を描いています。

◆「孤高の志士」としての清河八郎
巷間知られる清河八郎のイメージは、あくまでも新選組側からみたものであり、しかも八郎の生涯の最後の1年間を語っているにすぎないのです。同郷の作家、藤沢周平はそんな八郎についての誤解をとくべく『回天の門』を書いています。八郎は18歳にして青雲の志をもって江戸にでて、東条塾や昌平黌で学び、さらに千葉周作の道場「玄武館」で剣術を学んだ当に文武両道を極めた志士でした。藤沢はやがて「勤王の志士」として功名をなした清河八郎の足跡を辿り「幕末に活躍した志士に策士と呼ばないものなどいない」「八郎はむしろ早く生まれ過ぎた天才」と説いています。こうした藤沢の見解には我が意を得るものが大いにあります。

幕末といえばとかく坂本龍馬ばかりが脚光を浴びます。維新の実現を見ることなく亡くなった才能ある志士はなにも龍馬ひとりではないのです。たとえば個人的な好みからいえば福井藩主松平春嶽の側近である橋本佐内(安政の大獄により獄死。享年26)とか、水戸藩主徳川斉昭の側用人である藤田東湖(安政の大地震で死亡)がそうです。そしてそこに庄内の清河八郎を加えてみたいのです。ただ八郎ひとり異色なのは、国許の庄内藩はおろか何の後ろ盾も持たなかった所謂「孤高の志士」だったということです。激動の幕末という時代に、清河八郎はアウトサイダーとしての立ち位置で暗躍した「孤高の志士」だからこそ、もっとスポットを当てるべきで、考察する価値がまだまだ内在している人物だと思っています。

「孤高の志士」である清河八郎の足跡を、次回は紹介してみます。(つづく)

※司馬遼太郎『幕末』より「奇妙なり八郎」文春文庫(1977年)
※藤沢周平『回天の門』文春文庫(1986年)
※海音寺潮五郎『幕末動乱の男たち(上)』新潮文庫(平成20年)
幕末に活躍した人物を列伝体でまとめたもの。海音寺は清河八郎記念館所蔵の日記を細かく読み込んでまとめている。
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