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第114話:『いのちの記憶』




  ♪ いまのすべては/過去のすべて/必ず また会える/懐かしい場所で
     いまのすべては/未来の希望/必ず 憶えてる/なつかしい場所で
     いまのすべては/未来の希望/必ず 憶えてる/いのちの記憶で  ♪


◆不思議なフレーズ
これは映画『かぐや姫の物語』のエンディング・ソングである『いのちの記憶』の「さび」の歌詞です。昨年末からTVやラジオで予告編が流れるたびに「いまのすべては 過去のすべて」とか「いまのすべては 未来の希望」というフレーズが、なぜかこころに染みてきます。

シンガーソングライターの二階堂和美による楽曲で、「かぐや姫」が昇天するエンディングに合わせ、表面的には記憶を失っているかぐや姫の心情を代弁するかのように作られたそうですが、わたしにとってはむしろ、映画を超えたところでの普遍的なメッセージとして受けとめてしまいます。それだけ『いのちの記憶』は不思議な「ちから」をもっています。歌のメッセージに共感してしまうのは、きっと「いま」の「不安」や「悲しみ」を癒してくれる「ちから」が歌に備わっているからだと思うのです。
    
◆3.11以降のメッセージとして
ふと思ったのは、3.11以降だからこそ「こころ」に染みてくるのかもしれないということ。大切な人を亡くした経験をもつ人であれば、その無念さを抱えながらも、大切な思い出といつまで向き合えばよいのかというやり場のない「不安」に駆られるところです。すべてを忘れることが解決することではなく、「いま」の不安や悲しみのすべてを受け入れるということが「未来の希望」につながる、ということはとても深い意味をもっています。いつまでも悲しんで過去に逗まることなく、その先へ前向きにつなげられるように生きていこうと、この歌はやさしく背中を押しています。

◆認知症の不安に対して
そしてもうひとつ思ったのは、認知症で記憶をなくしてゆく不安へのメッセージです。物忘れがひどくなって、徐々に認知症が進んでいると自覚する高齢者ほど、楽しかった思い出や大切な記憶までもが失われてしまうという「不安」にかられます。いつか訪れるであろう「死」を前にして、その恐怖を乗り越えるための唯一の「こころの財産」であったはずの「記憶」が、脆くも崩れてゆくのはそれこそ耐え難いことです。
そうした患者さんには「記憶が失ったのではなくて、記憶が取り出しにくくなっただけですよ」とよく説明しています。

ところがこの歌ではさらに高いレベルでの「いのちの記憶」という言葉を使っています。たとえ認知症になったとしても、楽しかった思い出や大切な記憶は、その方の「いのち」にしっかりと刻まれているから安心しなさい-とするメッセージは、多くの認知症の方にとって、これほどまでの「救済の言葉」は他にはないと思うのです。
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