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‘15 今年もよろしくお願い申し上げます



「文は人なり」とは、山形県鶴岡出身の高山樗牛(1871~1902)の言葉と聞いています。高山樗牛が何をした人物かは、未だによくわかっていないわたしですが、この成句だけは子供の頃ことあるごとに母から教わっていました。しかし「文は人なり」となると「文章を読めばその人となりがわかる」となるわけですから、文章しだいでは生身の自分をさらけ出すことにもなります。臆病者のわたしにとっては、それはとても恐ろしく耐えられないことで、意識すればするほど益々ペンは遅々として進まないというものです。子供のころから文章を書くことが苦手だったのは、きっと高山樗牛の言葉を知ってしまったことで、逆に潜在的なトラウマをつくってしまったのかもしれません。  

とはいえ、こうしてブログの文章をある程度書いているのは、自分なりの文章スタイルを暫定ながらも、ひとつ身につけようと意識したことによります。特に普段から目標にしているのが、敬愛する伯父である冨澤襄(とみざわのぼる)の文章スタイルです。伯父は中学校教員のかたわらで、歴史学・生物学・考古学・地質学など多岐にわたり論文を書くという、いわゆる「在野の研究者」でした。そんな叔父が昭和35年に上梓した『飽海史話』は、中学生向けに平易な文章で書かれた郷土史の本です。甥のひとりとしていまでも大切に保管し、ときおりページを開いては伯父を想いだしています。

伯父の文章スタイルである「中学生でもわかる平易な文章」とは、終始「デスマス体」で統一されていることです。そうしたやさしい語りかけは、当時の中学生に留まらず、あきらかに次世代に向けて発していることは明白で、いま読んでもすこしも古さを感じさせないほど文章の輝きを失っていないのです。そしてなによりも、「デスマス体」を自然体のことばにしていることで、より伯父の人柄を彷彿とさせています。これがまさに「文は人なり」のお手本だと肝に銘じているところです。

自分らしい文章を書くこととは、なかなか難しいこと。いつも心掛けながらも結局は永遠のテーマになってしまうものかもしれません。ともあれ、あくまでも間尺の範囲内での事柄を、これからも無理のない程度にコツコツと書いていこうと思っています。
今年も「安神堂の慎思録」お付き合いの程よろしくお願い申し上げます。
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