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第146話:「部分と全体」論の背景



◆部分が全体を表す◆
東洋医学では「部分が全体を表す」という考え方が随所にみられます。たとえば代表的な診断法である「脈診」を例に挙げると、手首にある橈骨動脈に指を触れて感じる「脈のかたち」から、身体が置かれている現在の「病証」を類推します。動脈拍動部という「部分」を診察することで、身体「全体」の病証が診断できることになります。こうした考え方は「腹診」や「舌診」などの診断法も同じことがいえます。

一方診断法以外では、治療法のなかにも「部分が全体を表す」という考え方を基本にしているものがあります。身体の「部分」を治療することで、身体「全体」の治療ができるということ。その場合は、部分と全体がちょうど「相似形」の関係になっていることが特徴になっています。もうお気づきでしょうが「耳鍼療法」や「足の反射療法(足ツボ療法)」が当にそうです。たとえば「耳鍼療法」では、逆さにした胎児の身体をそのまま耳に投影してツボが決められています。となると、下の耳たぶは頭とか眼のツボ、中間の窪みは内臓のツボ、耳の上のほうは足腰のツボが配置されています。耳ツボは身体の一部分にあるツボでありながら、全身のツボとしてそこに投影されているので、どんな病証でも「耳鍼療法」だけで全身治療ができることになっています。

◆思想的背景
こうしたいわば「部分と全体」論の根拠となる思想的背景はどこにあるのでしょうか。
たとえば西洋では、空間的に一点のなかに全世界が映し出されるということでは、ライプニッツ(1646~1716)の「モナドロジー(単子論)」のような考え方があります。また、部分と全体が相似形の関係にあるということでは、数学者マンデルブロ(1924~2010)の「フラクタル理論(自己相似性)」のような考え方もあります。

ところが東洋では、ライプニッツやマンデルブロに先駆けて、その根拠となる思想哲学がすでに存在していたことになります。今回のテーマは、そうした思想的背景である老荘思想、なかでも『荘子(そうじ)』の「万物斉同(ばんぶつせいどう)」と、仏教の「華厳経」が説く「一即多、多即一」を中心に紹介したいと思います。

◆荘子の「万物斉同」
荘子(BC369~BC286推定)は春秋戦国時代の思想家で、道教の始祖のひとりとされる人物です。中国の格言に「人はこれ一箇の小天地なり」というように、中国にはもともと宇宙的視野から人間を考えようとする哲学があり、その代表が荘子の哲学です。
『荘子』の「斉物論(さいぶつろん)」には「万物斉同(ばんぶつせいどう)」の思想が説かれています。荘子は彼(かれ)と此(これ)、是と非というような、自他が互いに対立するものを一切失いつくした境地を「道枢(どうすう)」と呼びます。道枢は一切の対立と矛盾をこえた絶対の一に立脚して、千変万化する現象の世界に自由自在に応ずることができます。そうした道枢の境地を「万物斉同」の実在とし、理想の世界であると説くのが荘子の考え方です。
すべてを対立と矛盾をこえた世界とすれば、大もまた小であり、長もまた短であり、個も普遍であるとなります。したがって荘子が説く「万物斉同」は、「部分」は「全体」であるとする「部分と全体」論の源流ともいえるのです。

◆「華厳経」の「万物斉同」的理解
ここで歴史的な流れを紹介すると、インドで生まれた「華厳経」という経典が、中国に渡り漢訳されると中国の華厳宗が創立し、後に朝鮮や日本に伝来しました。日本の華厳宗といえば東大寺になり、聖武天皇が建立した奈良の大仏様は、華厳経の仏である「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」になります。平安時代には真言宗の空海は、哲学としての華厳を密教的行法の理論づけに利用しています。鎌倉時代では栂尾(とがのお)高山寺の明恵上人(1173~1232)は華厳と密教の一致を主張して華厳密教(厳密)の始祖と呼ばれるようになります。

話を中国の華厳宗に戻すと、インドの思惟としての「華厳経」が、漢訳仏教として翻訳された唐代は、ちょうど儒教・道教・仏教の三教交流時代に当たります。翻訳者は難解な哲学的教義としての「華厳経」をすぐには理解できなかったとしても、荘子の哲学というフィルターを通して漢訳するとたちまち腑に落ちたということがあったようです。
「華厳経」でいちばん多く説かれる、微塵のなかに大きな世界が全部入り込んでいるという「一即多、多即一」の思想を理解されたのは、荘子が説く「万物斉同」の思想とみごとに結実した結果であると言われています。

◆華厳経の「一即多、多即一」
「華厳経」では、すべてのものを極小まで縮めて、極小のなかに極大を見ようとします。それが極小なるもののなかに無限なるもの、偉大なるものが宿っているとする、それが「一即多(いちそくた)」の思想です。たとえば、池に蓮の花が咲いています。蓮の葉に目を落とすと朝露が一滴雫(しずく)となって、キラッと朝日に映えて輝いています。目を凝らしてみれば、その球体の雫には全宇宙が映し出されていた―これが「一即多」を表す象徴的な構図です。

ここで「一即多」の「一」を部分とすれば「多」は全体であり、「一」を小宇宙とすれば「多」は大宇宙を意味し、自ずと「一」と「多」には相互の可逆的な関係が成立します。それが「一即多、多即一」となります。
「それぞれのなかにすべてがあり(一即多)、すべてのなかにそれぞれがある(多即一)」という「華厳経」の思想は、東洋の長い歴史のなかに生きつづけて、東洋医学のなかの「部分と全体」論の根拠にもなったと考えられます。(了)


※鎌田茂雄『華厳の思想』講談社学術文庫(1988年)
「華厳の思想」は日本人の生活感情や自然観のなかに定着している。華道や茶道の理念にもこの精神は生きていると解説。
※鎌田茂雄・上山春平『無限の世界観<華厳>』角川文庫/仏教の思想6(平成8年)
唐代の医学書『千金方』を著わした孫思邈(そんしばく)は道教の道士でありながら、「華厳」を熱心に研究していたこと。さらに孫思邈の伝記を著わしたのが中国華厳宗の大成者・法蔵であったことを紹介している。

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