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第150話:「華陀夾脊穴」について(2/2)



前回は、「華陀夾脊穴」(以下「華佗穴」)の主治として、『素問・繆刺篇』を基に「経絡病」を中心に説明しました。今回は「臓腑病」への応用について言及します。

◆現代中医学では
現代中医書の『針灸學簡編』(中医研究院1959年出版)を調べてみると、「華佗穴」の主治について「一般的に咳嗽、喘鳴、胸脅痛、肋間神経痛、肺結核、下肢麻痺等によしとされ、また部位別に分類すると、上胸部の夾脊穴は心肺病や上肢の病症に。下胸部の夾脊穴は胃腸病症に。腰部の夾脊穴は腰部、腹部、及び下肢の病症によい」とされています。
 上胸部の夾脊穴 ⇒心肺病や上肢の病症 
 下胸部の夾脊穴 ⇒胃腸病症
 腰部の夾脊穴   ⇒腰部、腹部、及び下肢の病症

この部位別の主治をみただけでも、「経絡病」と「臓腑病」に効く、まるで「万能のツボ」のようで、にわかに信じがたい気になります。というのも主治の通りならば「華佗穴」に隣接した「膀胱一行」線の「背兪穴」と同じになるからです。

◆沢田流の「背部三行」
ところが、その「華佗穴」の効能にいち早く注目し体系化した日本人の治療家がいました。鍼灸の名手と謳われた沢田健(1877~1938)です。沢田の自書は遺されていないのですが、弟子の代田文誌(1900~1974)による、沢田流聞書と銘打った名著『鍼灸真髄』には、沢田独特の治療理念の数々が公開されています。

その『鍼灸真髄』によれば、沢田は「華佗穴」を「背兪穴」の仲間に組み込んで体系化しています。その上で「華佗穴」(督脈から両傍0.5寸の位置)のラインを「第一行」とし、従来の「膀胱第一行」(督脈から両傍1.5寸の位置)を「第二行」、さらに従来の「膀胱第二行」(督脈から両傍3寸の位置)を「第三行」と解釈をし直しているのです。
 「華佗穴」のライン ⇒沢田流「膀胱第一行」
 「膀胱第一行」線  ⇒沢田流「膀胱第二行」
 「膀胱第二行」線  ⇒沢田流「膀胱第三行」


この場合の「華佗穴」の名称は、肝兪の内側であれば「肝兪第一行」、腎兪の内側であれば「腎兪第一行」というように、それぞれ便宜的に名付けられます。

代田の解説によれば、沢田が「華佗穴」に注目するきっかけとなったのは、シーボルトに鍼を教えたとされる石坂宗哲(1770~1841)の著『鍼灸説約』にあるといいます。ただ、石坂宗哲は「華佗穴」が応用範囲の広いことを説いていますが、「背兪穴」の仲間に組み込むまでには至らなかったとし、この沢田流「背部の三行」は、あくまでも沢田の独創的理論であると強調しています。

◆「華佗穴」の主治
したがって「華佗穴」は沢田流の「膀胱第一行」になります。代田は『鍼灸治療基礎學』のなかで、「膀胱第一行」の主治について次のような例を紹介しています。

(略)その応用として面白いのは、沢田先生の説によれば、
舌に痛みあるものが心兪第一行でとれ
眼に痛みあるものが肝兪第一行でとれ
胃に痛みあるものが脾兪または胃兪の第一行でとれ
腸に痛みあり下痢するものが大腸兪の第一行でとれ
風邪で咳嗽のでるものが、風門と膈輸の第一行でとれる
というようにして、その応用の無限なることである。

(『鍼灸治療基礎學』323頁:膀胱経第一行の応用)より

◆病の進行度による差別化
では従来の「背兪穴」とどう区別して使用すればよいのかという疑問が生じます。それに対し沢田は病の進行度に応じて使い分けると説きます。

沢田先生の説によれば、凡そ病の起こりは背腰部の第一行にあらわれ(これを第一期という)それが漸次第二行に移行し(第二期)、愈々重くなると第三行に入る(第三期)のであって、従来病が膏肓に入ると云ったのは第三期に相当する。(膏肓は第三行。京門も第三行の部位である。)
(『鍼灸治療基礎學』323頁:膀胱経第一行の応用)より

となると、沢田流「膀胱第一行」である「華佗穴」は、比較的新しい病(新病)、殊に熱のある急性病のときに、その反応を最も呈しやすいということ。逆に比較的古い病(久病)に対しては、沢田流「膀胱第三行」を取穴すればよいし、また普段の「気の調整」という意味合いでは、沢田流「膀胱第二行」を取穴すればよいと解釈できます。
 「急性病(新病)」⇒ 沢田流「膀胱第一行」(華佗穴)
 「気の調整」   ⇒ 沢田流「膀胱第二行」(背兪穴)
 「慢性病(久病)」⇒ 沢田流「膀胱第三行」


◆結びに
以上のように、「華佗穴」を沢田流の「背部三行」の一部として解釈し、「臓腑病」の治療に活用しています。たとえば経絡診断で「肝虚証」のときは「背部三行」上のツボで、「肝兪第一行」と「肝兪」と「魂門」の横に並ぶ3穴の反応を確かめ、それと病の進行度と照合しながらツボを決めます。殊に病が昨日今日のものや、急性疾患であれば、必ず「華佗穴」である沢田流「第一行」の反応を確かめるようにしています。
鍼灸の名手・沢田健が遺した智慧を継承しつつ、こうして臨床で検証していくことが、わたしたち治療家の務めだと考えております。(了)


※代田文誌著『沢田流聞書・鍼灸真髄』医道の日本社(昭和51年)
沢田流の真髄を紹介したロングセラー書。
※代田文誌著『鍼灸治療基礎學』医道の日本社(1940年)
※石坂宗哲(1770~1841)
江戸後期の鍼灸医家。オランダ医学を研究し、鍼灸での漢蘭折衷を計った。彼の鍼灸術は『鍼灸説約』に説かれている。
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