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第158話:壮年はユングに学ぶ



◆肩こりの影に
鍼灸院には「うつ病」を直接の主訴として来院されることはないのですが、それに伴う身体症状、たとえば肩こりや背中のだるさを訴えて来院されることはあります。肩こりなどの影に実は心の悩みが隠れているケースです。その多くが壮年期の患者さんで、いわゆる「中年の危機」に該当します。

心の悩みを抱えていたとしてもすべてを話すとはかぎりません。終始身体症状のことしか話さない患者さんも当然います。それでも、治療家が心の在りようを察しながら会話ができれば、様々な状況下に置かれた姿が見えてくるものです。

ある60代の女性は、子供が無事結婚したことで夫婦ふたりの生活に。ところが、ある日急に虚無感に襲われ家事一切のことが手につかなくなります。あれほど精力的に動いていたことがまるで嘘のようです。趣味に精を出す気力もなく、外出するのも気が重く、頸肩までもどんより重く、今は何をやっても面白くないと言います。

また、ある定年間際の男性は、役職からはずれ部下のいない閑職に。そんな矢先に転勤の辞令が下り、慣れない土地で単身赴任を強いられます。まるで辞めろといわんばかりの扱いにもめげずしばらくは仕事を続けていました。ところが、しだいに睡眠障害に悩まされると、ついには出勤しようにも身体が重く会社に向かうことができなくなってしまいました。

これらは総じて壮年期の神経症といえるもので、心療内科にかかれば「空の巣症候群」とか「うつ病」と診断されます。

◆「中年の危機」とは
「中年の危機」と呼ばれる状況は、それまでの社会的適応態度が突然に役に立たなくなる瞬間を迎えること、あるいはこれまで築いてきた価値観までもが否定されることです。普段は家庭や社会によく適応し成功を収めているとみられていた人でさえ、こうした局面を前にすると、突然、人生の意味や目標を見損なうような精神状態におちいり、ついには「うつ病」などの神経症になってしまうのです。「うつ病」とまでいかないケースも含めれば、大なり小なり誰にでもこうした「中年の危機」は訪れると言われています。

◆ユング心理学の見方
「中年の危機」の正体を解明したのが、心理学者のカール・グスタフ・ユング(1875~1961)と言われます。ユングは、青年期と壮年期における神経症の違いを例にして、次のように分析してみせます。

青年期であれば、人生の意味を外の世界たとえば職業や仕事の中に見出します。心のエネルギーを外の世界(対人関係)に注いで、一生懸命社会と適応しようとします。それが十分に遂行できないときには神経症的不安が生まれるのです。

一方、壮年期になると、それまでの社会的適応態度が突然役に立たなくなる瞬間が訪れます。青年期と同じように心のエネルギーを外の世界に注いでも全く用をなしません。むしろ心のエネルギーを内なる世界に注ぐべき状況と言えるのです。青年期の心の癖として外に対して適応することのみ努力していると、内からの要求に直面したとき、心はなすすべを失い神経症的不安が生まれるのです。言いかえれば、これは内向性の欠如といえる状況です。

ユングは壮年期の神経症を心的エネルギーの「逆流」によるものと分析します。青年期には外界に向かって流れていた心的エネルギーが、年と共に次第に方向を変えて内なる世界へ向かって流れ始めるからです。たえず変化する社会や外の世界の問題よりも、永遠に変わらない人間性の内面的問題に関心が向かってきます。多くの人々はこのことを自覚していないために、「中年の危機」を迎えると、あたふたとしてしまうのです。
よって「人生の午後」においては、人生の意味を自己自身の内に見出すように心がけなくてはならないとユングは提言しています。

◆治療家ができること
壮年期の神経症の方に鍼灸治療を施して、身体症状がある程度改善したとしても、気分は何も変わらないことの方が多いものです。そこには患者さん自身の「気付き」がなければ、なかなか病状の改善が望めないといえます。
「気付き」とは何かといえば、病に至った要因となる「心」の癖について気付くこと、そして病そのものの意味について気付くことです。

ある患者さんには、1日15分の「プチ瞑想」を提案してみると、ずいぶん気持ちがおちついてきたと言われたことがあります。「プチ瞑想」によって意識を静かに内側に向けることで、ユングが説いている「意識と無意識を同化する」一定の効果があったようです。
また「これからは自分ひとりのための人生にエネルギーをもっと使いましょう」と言葉かけも大切な助言になります。
治療家は鍼灸治療を通して、ユングの提言を患者さんと共有しながら寄り添える存在であればよいと思っております。(了)
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