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第169話:修験道との繋がりを求めて(1/3)



◆わが身のルーツとは:
自分の身体に流れる「血」とは一体なんだろう。所謂ファミリーヒストリーについて気になりだしたのは、ちょうど還暦を過ぎた頃でした。なかでも祖父の家系が代々神職に就いていたことは、今のわたしに何かしらの関係性があるのだろうか、ある種の期待感に似た好奇心が勝手に騒ぎ出しました。それまで興味の対象の一番隅っこにあった祖父の生家である神社についての事柄が無性に気になりだしたのです。とはいえ、ようやく自分の関心が成熟した頃にはすでに両親は亡くなり、尋ねるべき伯父伯母も鬼籍に入っていました。もっと早く聴いておけばよかったと後悔するも後の祭りです。

そこで自力で調べてみると、まるで見えない「力」がはたらいたとしか思えないような展開が待っていました。公立図書館の検索システムを使い、駄目もとで調べてみたのですが、偶然にも、故郷の神社について記述した江戸時代の古文書(昭和に出版された復刻本)に遭遇したのです。

◆山伏に繋がる
その復刻本を手にして漢文まじりの記述を読み解いていきます。そこで分かったことは、祖父の生家である神社は、鳥海山の麓、日本海に面した吹浦(ふくら)にある大物忌神社からの分家であり、(以前は神職だったという)山伏を派遣して勧請された神社である-と読み取れたのです。突然浮上した「ヤマブシ」という響きに戸惑いながら、親族にそのことを伝えたところ、たいして関心のない反応でした。結局興奮しているのはわたしだけ。でも冷静に考えてみれば、これはきっとわたし宛てに届いた「ご先祖さまからのメッセージ」だと確信できたのです。

大物忌神社(おおものいみじんじゃ)は鳥海山の山岳信仰の基点となる神社です。そこに関連した山伏(修験)となれば、わたしの家系は先祖代々鳥海山の神霊や仏菩薩と深い繋がりがあるということです。

そして最も驚くことは、「山伏」と現在のわたしの職業に共通点を見出せることです。たとえば鈴木正崇著『山岳信仰』を紐解くと、山伏についてこんな記述があります。

「山伏は半僧半俗として里に定住して、山の行を通じて神霊や仏菩薩と交流し、自然の特別な験力(げんりき)を身につけ、里に下れば加持祈祷・卜占託宣(ぼくせんたくせん)のほか、民衆の精神的な救済として病気直しや日々の悩みの解消、薬の処方など民衆の身近な『野のカウンセラー』として活躍していた。」

この「病気直しや日々の悩みの解消」という部分は、鍼灸師としてのわたしの生業とまさに符合。なにか先祖代々と繋がる「縁起の理」を感じないわけにはいかないのです。

◆あのときの意味
わたしが二十歳になった年(1974年)のある日。鳥海山が174年ぶりに噴火したというTVニュースが飛び込んできたのですが、その日の夜はなぜか興奮して寝つくことができなかったことを今でも鮮明に覚えています。言い伝えでは、鳥海山の祭神「大物忌神(おおものいみのかみ)」の怒りをかうと鳥海山は噴火し、それを鎮める役割が大物忌神社の神職とされています。
つまりそれは、174年後の噴火に居合わせた何も知らない神職の子孫である二十歳の青年が、意味も解らずただただ何もできない「もどかしさ」の感覚に襲われた結果、ついには寝つけなかった―というのがことの顛末であったと、今となっては解釈できます。
⇒参照「第134話:鳥海山の神仏と陰陽」

さらに振り返れば、これまで、仏教や神道、あるいは中国の道教とか神仙思想に対しての興味が持続できたのは、鍼灸医学を背景とする東洋の宗教哲学を学びたいという願望が人一倍あったにせよ、むしろそれは自然と受入れやすい(修験道的?)感性が潜在していたからこそであり、最終的にはご先祖さまと繋がるようにセッティングされていたのでは―とさえ思えてきます。

一冊の復刻本から偶然知り得たファミリーヒストリーの断片は、鳥海山の山岳信仰と修験道の世界についての興味を益々引き寄せています。さらには、今年の八月には出羽三山に足を伸ばして、二泊三日の修験道の体験、所謂「山の行」にも参加してきました。
こうした一連の知り得たこと、そして体験したことを次回お伝えしていきます。(つづく)


※進藤重記著『出羽国風土略記』歴史図書社(昭和49年)
進藤重記(1709~1769)は吹浦大物忌神社の神官。神宮寺と羽黒修験による神社側への一方的な訴えにより、庄内藩裁定の結果、田川郡に追放される。重記は吹浦に戻ることなく田川郡で没。子孫は藩医となり酒井家に仕えたという。『出羽国風土略記・十巻』は、享保・寛延より宝暦12年(1762年)迄の20年間で書かれた出羽国の地誌。現代においても郷土史研究の重要な本となっている。
※鈴木正崇著『山岳信仰』中央公論新書(2015年)
山岳信仰と修験道についての入門書。出羽三山・大峯・英彦山の三大霊山を中心に、全国の八つの霊山を取り上げて、山岳信仰の歴史と実態を明らかにする。

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