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第174話:治療家の「受信感覚」(1/2)



◆「受信感覚」
鍼灸治療は患者さんと治療家との「気の交流」で成立しています。そこには、西洋医学の「診察法」や「医療面接」などでは説明できないような独特の世界観があります。そうした「気の交流」を通して、診察の過程で患者さんの「身体の声(というべき気)」を受けとり診断へと進みます。「身体の声」を受けとる作業では、治療家個人が積み上げてきた経験値を基に「受信感覚」を最大限にはたらかせています。

わたしの診察では「FMテスト」と名付けたオリジナルの診断法を併用しています。患者さんの腕橈骨筋が発するYesかNoかのデジタルな応答から「身体の声」を引き出す触診法です。そのときの「受信感覚」とは、論理的思考というよりむしろ直感的な「ひらめき」を優先的にはたらかせています。こうした治療家の特異ともいえる「受信感覚」だからこそ、鍼灸治療が「気の交流」といわれる由縁なのです。

今回のテーマは治療家に求められる、その「受信感覚」について採りあげ、さまざまの角度から考えてみようと思います。

◆「体用の論理」という切り口
「受信感覚」を説明する前に、患者さんの身体(という「対象」)をどう捉えるかという問題があります。その指針としているのが、以前に世阿弥の『至花道』を例に説明した「体用の論理」という独特な思考法です。
※参照記事⇒「第77話:世阿弥に学ぶ(その3)」
「体用の論理」は、ものの見方の「切り口」ともいえる東洋的思考法で、現象的な表れである「用」と本質的な構造である「体」という、ふたつの局面でものを見るのが特徴としています。
ここで大事なことは、現象的な「用」は捉えやすく、本質的な「体」は内面的直観(心)で捉えられること。そして「用」の原因を作っている大本の「体」の方に重きを置くことです。

「用」=現象的な表れで捉えられやすい 
「体」=本質的な構造であり内面的直観で捉える

これを鍼灸治療に当てはめれば、表に現れている病態(症状群)への眼差しが「用」であり、病に至る真の原因や病のメカニズムを考えることが「体」になります。具体的な治療法からいえば、局所の症状を和らげるための対症療法的なツボを求めるのが「用」であり、身体の全体から診た大事なツボ(要穴)もしくはツボの組み合わせ(配穴)を求めるのが「体」といえるでしょう。

◆内面的直感(心)がはたらく時
鍼灸治療では、伝統的な診察法である四診(望診・問診・聞診・切診)によって、その情報を基に論理的な思考を重ねて「用」を鑑別して、更には病の本質に当たる「体」の弁証まで漕ぎ着けるという手順を踏みます。ところがこれはあくまでも教科書的な手順といえます。それがシステマティックに診察診断が進むことはもちろん理想であり、そのことを否定するものではありません。ただ、実際の臨床つまり「気の交流」ともいえる患者さんとのやり取りのなかでは、病の本質である「体」を直感的に気付かされることが(鍼灸師を永年やっていると)度々経験するのです。

たとえば、問診している時に、ふと患者さんの話ぶりや顔色の変化から病の根本原因につながる「何か」を直感的に気付くとか、またはツボを触診している中で手指がなぜか止まって「このツボ!」という確信を得ることがあるのです。
こうした瞬間がまさに、内面的直感(心)で「体」を捉えたと理解しています。

◆井筒俊彦の『意識と本質』から
こうした内面的直感(心)がはたらく受信感覚の仕組みについて、深く掘り下げたのが哲学者の井筒俊彦でした。名著『意識と本質』のなかに、『易経』の哲学的思考を例に次のような記述があります。

「事象の本質は深層意識に存在し、それが象徴的イメージ(象)の形をとって表層の意識へ送り込まれる」

ここで大事な指摘は二つあります。一つは本質的な「体」は深層意識に存在していること。もう一つは「深層意識」へのアプローチこそが「内面的直感で捉える」ことであり、その結果において「体」が表層の意識へ送り込まれるのです。
※参照記事⇒「第124話:医と易の関係(2/2)」

これを鍼灸治療に置き換えてみれば、患者さんの「身体の声」を聴くという診察行為は、とりもなおさず患者さんの「深層意識」へのアプローチであり、そこで病の「本質的情報(体)」を「象徴的イメージ(象)」として、治療家の表層意識に浮かび上がらせて(直感的に)理解することになります。

では、こうした一連の流れにおける治療家の受信感覚を普段から養うには、どのように心掛ければよいのでしょうか。次回は、その具体的方法を提案します。(つづく)
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