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第55話:共時性の背景

◆偶然物語とユング:
久々にカルテを整理していたら、ぱらりと床に落ちた1枚のカルテ。なにげにその氏名欄をみるとAさんで、そういえばこのところ来院してないなぁ~、お元気なんだろうか?とAさんの顔がふと頭に浮かぶ。すると傍の電話が鳴りだし、受話器をとると「ご無沙汰してま~す、治療の予約入れたいんですが・・」耳に入ってきたのは、明らかにAさんの声。

とこんな偶然物語は、私はよく経験するほうです。偶然には「意味のない偶然」と「意味のある偶然」があって、後者を「共時性(シンクロニシティ)」といいます。落としたカルテに呼応したAさんの電話には、治療家と患者さんとの不思議な縁(えにし)という「意味性」があるとすれば、これは「共時性」です。

「共時性」synchronicity を提唱したのはスイスの心理学者カール・グスタフ・ユング(1875~1961)。シンクロナイズド・スイミングを例にとれば、複数の泳者(スイマー)の手足の動きが同時にピッタリと同調している。そういう状態を、時間と空間が-作用とその場という関係において-同調すること、として捉えるのが「共時性」の見方です。

ユングは「共時性」の考え方を、東洋思想に基づくものであると説明します。歴史的な用語でいうと、周代の「易」の思想や、漢代の「天人相関」の思想を示しています。現代の心理学にこうした東洋思想が関係し、重要な意義と価値をもつことに対して、東洋医学に携わる身としては、大いに知的好奇心を刺激されるところです。そこで「共時性」の背景にあるこれら東洋思想について紹介してみたいと思います。

◆「天人相関」の思想
大宇宙(マクロコスモス)である自然界にあるすべての事物は、根源の「道(タオ)」から発する「気」のはたらきによって生きています。ある時点ないし時間帯においては、世界のすべての事物が基本的に同じ性質をもつ「気」のエネルギーを受けているわけです。気はたえずその様相を変えていますが、ある時間帯の間は一定の性質を保っています。従って万物は、その一定の時間帯の間、気のエネルギーによって互いに質的にひとつに結びつけられています。つまり、同じ時間帯には、空間全体に、すべてのものを一つに結びつける同質のエネルギーである「気」がしみとおってはたらいている。とすれば、空間には遠く離れているようにみえる事物の間にも、互いに共鳴し同調するようにさせる「気」という、みえない「力」がはたらくというわけです。

ユングは、こうした「事物間に、互いに共鳴し同調する」ことを「共時性」と呼び、そこに介在するのが、時空間すべての事物を結び付けている「気」のはたらきとしたのです。それは、自然と人間(人体)のあいだに「気」がはたらき、共鳴し感応する関係がそなわっている、という漢代に生まれた「天人相関」の考え方に由来します。

◆時間に内在するエネルギーと「易」との関係
共時性の作用とその場としての、「時間」と「空間」を考えた場合、古代の中国人は「時間」について、その中に生命の「成熟」の力が潜在していると考えていました。一方「空間」はその力によって生長する万物にみちみちたものだと考えます。つまり「時間」は変化を生み出すはたらきがあり、「空間」はそれによって生成し変化する「器」ないしは「場」と考えたのです。ということは、大宇宙である自然界にはたらく「気」のエネルギーは、実は「時間」に内在したエネルギーだったのです。

この時間に内在するエネルギーは、「易」の世界観にも通じます。易の占いは無意識からの直感によって、未来のある「時間」にはたらくエネルギーが空間的事物をどう変化させるかを観るということです。

ちなみに「時間論」で考察すると、「共時性」と「易」の世界に共通しているこの「時間」とは「カイロス」という時間の概念になります。ギリシャ語によれば、時間には「クロノス」と「カイロス」の2つに分類されます。まず「クロノス」は通常の「順番に流れていく時間」のことで、数量化される「物理的時間」といえます。それに対して「カイロス」は英語ではタイミング(時機)と訳されることが多い時間概念です。たとえば生涯のパートナーと出会った日とか、就職試験に合格した日とか、それが「カイロス」です。これは過去の記憶とか、未来の予想に関わるので「質的時間」と呼び、また「こころ」で感得する時間なので「心理的時間」と呼ばれます。

要するに、古代の中国人が、「時間」の中に生命の「成熟」の力が潜在していると考えたのは、この「質的時間」「心理的時間」である「カイロス」を、事物の変化をもたらすという「生命的時間」として位置付けていたのです。従って、先の「天人相関」の説明で「ある時点ないし時間帯」「ある時間帯の間」「その一定の時間帯の間」などの、くどいくらいの言い回しは、実は「カイロス」の時間を表し、「時間」に内在した生命的エネルギーが「共時性」の原動力になるという意味だったのです。

 「クロノス」:数量化される「物理的時間」⇒感覚器で感得
 「カイロス」:「質的時間」「心理的時間」 ⇒こころで感得 ⇒「生命的時間」

◆心理学は科学といえるのか
こうしてみると、ユングが「共時性」の解明を東洋思想に求めるほど、近代科学のパラダイムから遠ざかり、「心理学ははたして科学といえるのか?」という疑問が投げつけられます。肯定的な意味でいえば、今や近代科学のパラダイム変換をしないかぎり、それは解明できない-ともいえます。ただ、東洋思想の側からみれば、ユングの思想は示唆的で、東洋思想の近代化という可能性とみれば、これほど強力な援軍はないと思うのです。


※「クロノスとカイロス」: 元々、神学者のポール・ティリッヒが、神話の時間観とキリスト教の時間観を比較するために、クロノスとカイロスを使って論じたのが始まりとか。順番に流れる時間(クロノス)に特定の出来事(カイロス)が介入することで物事が変化する、という歴史観で世界をみると興味深い。
※湯浅泰雄『共時性の宇宙観』人文書院(95年)
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