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第57話:東洋の仏性論からみた自然観

♪ミミズだって オケラだって アメンボだって
 みんなみんな 生きているんだ 友だちなんだ ♪ 

やなせたかし作詞「手のひらを太陽に」のおなじみのフレーズです。自然界の生きとし生けるものすべてが共生しているという自然観は、日本古来の神道や縄文に通じるアニミズムの世界観にみることができますが、さらに仏教―インドで生まれ中国に伝わり、そして日本に渡った仏教―の中にもみることができます。ことにそうした自然観は仏教の「仏性論」という概念に繋がります。今回のテーマは「仏性論からみた自然観」ということで、自然観に繋がる「仏性論」の系譜をたどってみます。

はじめに、大乗仏教を代表する『涅槃経』です。このお経には「人が本来持っている仏となる本性」を論ずるいわゆる「仏性論」のくだりがあります。サンスクリットで書かれたその経文は、中国に渡り次のように漢訳されます。
「一切の衆生、悉(ことごと)く仏性を有す」
ここで「衆生」とは仏教用語で「有情の(感情のある)ものすべて」という意味。つまり「生きとし生けるものはことごとく仏になる性質がある」ということです。ところが、インドでは有情のものは動物まで、植物は感情がないから無情の存在で仏になれないとなります。仏教徒は肉食を禁じられても、菜食を禁じられないのは、植物は「衆生」に含まないので食べてよいことにした―という解釈もあります。

七世紀になると、中国天台宗の中で変化が現れます。仏性の対象が「有情のもの」からさらに、植物などの「無情のもの」にまで拡大解釈されるのです。つまり「人間ばかりか、感情のない草木土石まで仏性があります」ということになったのです。それを唱えたのは、中国天台宗の開祖智顗(ちぎ)から数えて六祖の妙楽大師湛然(たんぜん)(771~782)。湛然は『金錍論(きんぺいろん)』の中でこう述べます。
「乃ち是れ一草、一木、一礫、一塵、各(おのおの)に一仏性あり」
この時代は唐代玄宗皇帝のころ。国教である道教の隆盛により、仏教が大きく衰退した時代。そんな中で、湛然は中国天台宗を再興した中興の祖と呼ばれています。仏性論が「有情+無情」と変化した背景には、宗教哲学としての道教の影響があると識者は指摘します。つまり中国天台宗がタオイズム(道教)の自然観を受け入れることで融合し、中国流の仏教に進化したともいえるのです。

さらに舞台は日本に移ります。平安時代、最澄が比叡山に興した日本天台宗です。最澄は遣唐使として入唐した折、湛然の弟子らに天台の教法を教わっています。さらに時代が下り、日本天台宗が密教化を推し進めた時代、安然という高僧が『斟成草木成仏私記』に、動物だけではなく植物にも、さらには国土にまで「仏性」を認め、さらに「成仏」へと拡大し、
「草木国土は悉(ことごと)く皆(みな)成仏す」という有名な言葉を残します。
このことは、中国天台宗の湛然の考えを強調したばかりか、「衆生はもともと仏性を具わり誰でも仏になれる」とするいわゆる「天台本覚思想」の根幹をなしています。比叡山は一大宗教センターとしての役割をなし、以後、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、日蓮(日蓮宗)、道元(曹洞宗)がここ比叡山から輩出します。そうした中で「天台本覚思想」は多くの方面で影響を与えたといわれています。

さらに、「有情」と「無情」の境をなくして「草木国土悉皆成仏」という言葉を生んだのは、日本天台宗が密教化するにつれて、土着の山岳宗教や神道と習合したということを意味しています。なぜなら中国密教はもともと道教の自然観と深く結びついています。従って日本天台宗が蜜教化することは、比叡山に土着する山岳宗教や神道がもつ日本古来の自然観と結びつくことは「自明の理」であると解釈できるのです。

このようにインドに生まれた仏教は、中国に伝わって漢訳されると、タオ(道教)の思想を取り組んだ「漢訳仏教」にかわり、中国の「漢訳仏教」が日本に渡ると、日本古来の山岳宗教とか神道や縄文に通じるアニミズムの世界観とうまく習合し、日本独自の仏教に進化していきます。日本人がもつ「自然観」とは、そうした系譜の上に成り立っているのだと思っています。


※五木寛之・福永光司『混沌からの出発―道教に学ぶ人間学』致知出版社(平成9年)
※「草木国土悉皆成仏」は「山川草木悉皆成仏」という言い方もあるが、これは梅原猛による創作。中曽根康弘が梅原猛に教わり、これを演説で使用したらしい。
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