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第61話:タオイスト幸田露伴

◆慶応3年生まれの文豪
慶応3年(1867年)といえば坂本龍馬が暗殺された年。この年にふたりの対照的な明治の文豪、幸田露伴と夏目漱石が生まれています。漱石は現代においても広く読み継がれている作家ですが、露伴といえば、今や娘の幸田文を通じて俎上にのるぐらいでしょうか。代表作『五重塔』にしても格調高い文語体ゆえにすらすらとは読めず、いわゆる「未読の必読書」の類になりつつ、結果露伴に対しては漱石と異なり、読書人でもなかなか食指が動きにくい作家のようです。

◆国宝的存在のタオイスト
ここであえて露伴を採り上げようとするねらいは、実は露伴が「気の思想」を明治以降初めて論じた作家であり、たいへんな「タオイスト」だったことを紹介したいのです。明治時代に、タオイズム(道教・道家思想)の実践者たる人を「タオイスト」と呼んだかは定かではないのですが、とにかく露伴は漢籍の知識が豊富、なおかつ東洋思想(当時は支那学)の全般にわたり恐ろしいくらいに造詣が深い人物です。菊池寛をして露伴は一碩学を越えた「国宝的存在」と言わしめたほどでした。

「元来詩の類というのでもないが、また科学の書というのでもないから、旧態を存して新需に応じたのである。少しでも人に勇健の気を振起さすることにおいてこの書が役立たば、初念今願、本より異なるところなく、わが満足するところである。」 (『努力論』あとがきより)

これはまだやさしいほう。とにかく露伴の文章は漢文口調の多い文語体で、使う文字は難しく読むには難儀します。小説の他に史伝、論説、随筆を遺していますが、露伴は自然主義文学の「言文一致」の流れには乗らず、かといって漱石のような近代文学とは趣を異にして、徹頭徹尾、近代とかかわりのない場所で、悠々と東洋的理想主義を生き続けた稀有な文学者と言われています。ゆえに東洋医学に携わる者としては、文章が難しいとはいえ看過するわけにはいかないのです。

◆『努力論』にみる「気の思想」
露伴がタオイストぶりを大いに発揮させて書いたのが『努力論』。これは明治の末期に上梓された当時の青壮年向けの人生論です。ただ題名に「努力」とあっても、たんに努力をすすめ讃えるのではないのです。西洋風にいえば「幸福論」に当たるのでしょうが、西洋の「幸福論」ではどれも人間の側からのみ論じているのに対し、露伴の『努力論』では東洋独自の人間観、宇宙観からみた、つまり「天地自然」という大局の側から論じた幸福論といえます。

『努力論』を読んで驚くのが、露伴が説く「気の思想」。本の後半「静光動光」「進潮退潮」という題がついた章になると、「気」というものが人間の活動にいかに決定的な作用を及ぼすかを説いています。タオイスト露伴がその全学識を動員して展開する「気」についての深奥な考察こそ、この本の真骨頂といえるところでしょう。

特に、露伴が人間活動にとって一番重視するのは「気の張り」ということ。全力をつくして「張る気」が人間にいかに大きな仕事を為させてきたかをみると同時に、気が張ることを妨げるさまざまの心の状態と、その時々の「気のありよう」について、実例を挙げて読者にしめしてみせます。「張る気」に対するのが「弛(ゆる)む気」であり、他に「凝(こ)る気」「散(ち)る気」「亢(たかぶ)る気」「逸(はや)る気」など、気が張ることを妨げる気の数々を列挙して、実際日常生活の中でそれらが人にどんな状態をもたらすかを解説しています。

◆現代に生きる露伴の教え
こうした「気のありよう」の分類は露伴の独創とばかりに、無視したり看過したりすることはとてももったいないことだと思っています。実際のところ、東洋医学において露伴のこうした「気のありよう」を採用している臨床家をこれまで聴いたことはないのですが、今まで採りあげなかったことの方がむしろ不思議なくらいです。ここ数年、わたしは治療の中で患者さんの「気のありよう」を露伴の分類を基に検証していますが、患者さんの時々のこころの状態とこの「気のありよう」が実に符合しているという感触を得ています。

『努力論』の最終章として「説気 山下語」という不思議な名の一章が設けられています。なかなか難しい文章ですが、遅々として読み解いていくと、露伴は中国の古典、たとえば「望気術(気を察する方法を説いた書)」とか東洋医学のバイブル『黄帝内経(こうていだいけい)』に総じて精通していることが分かります。さらに中国伝統医学について批判を含めて論究もしています。まさに「国宝的存在」のタオイスト幸田露伴は恐るべしなのです。
                                    (次第62話につづく)

※幸田露伴(1867~1947)
 慶応3年の翌年が上野の戦争があった明治元年。昭和22年没。享年80歳。
慶応3年生まれには夏目漱石、宮武外骨、南方熊楠、幸田露伴、正岡子規、尾崎紅葉、斎藤緑雨ら七人がいて坪内祐三の『慶応3年生まれ7人の旋毛曲り』に詳しい。
※幸田露伴『努力論』岩波文庫(1940年)
 明治45年(1912年)に東亜堂から刊行。昭和15年(1940年)に岩波文庫から再刊。
※中野孝次『自分を活かす“気”の思想』集英社新書(2001年)
 露伴『努力論』の解説書。他に斎藤孝の解説書があるが未読。
※現代日本文学大系4『幸田露伴集』筑摩書房(昭和46年)
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