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第23話:7歳までは神の子

◆身体で反応する子どもたち
もう20年ぐらい前のことですが、娘が通う保育園のイベントに参加したときのこと。保母さんが読む紙芝居「三びきのやぎのがらがらどん」を食い入るようにみている子供たちを後ろからみていました。「三びきのやぎのがらがらどん」は北欧の民話。絵本が家にあったのでストーリーは覚えていました。小中大の体格が違う3匹のヤギが草を食べに行くのに必ず橋を渡らなければならない。でも橋の下にはトロルという怖いバケモノが潜んでいて、ヤギを襲って食べてやろうと待ち構えています。さあ3匹のヤギは無事に橋を渡って草を食べにいけるでしょうか-というストーリーです。正直そんな単純な話のどこが面白いのかな~と大人の私は思っていました。

ところがです。子どもたちの反応は予想外の展開。子どもたちはトロルの顔を見ると本当に怖がるのです。ヤギが橋を渡りながらトロルと(こづるく)駆け引きをしてうまくかわすと自分のことのように喜び、最後の大きなヤギがトロルを木っ端みじんに(結構残酷に)やっつけると拍手喝采です。最初は子どもたちの身体はじっとしていたのが、しだいに大きく揺れながら反応していきます。どこが面白いのかな~と思っていた私にはちょっと衝撃的な出来事でした。きっと大人がすでに失くしてしまった感性で、子どもたちは反応している。大人のように頭で考えるのでなく、子どもって身体でまるごと反応するものであると教えられました。

◆ツボがシュルシュル
治療のなかでも、こんなことがありました。娘が5才ぐらいのころ、慢性鼻炎があるのでよく鍼治療をしてあげていました。「FMテスト」(筋肉をつかって反応を診る方法)を使ってツボを探るのですが、手をかざして反応があるツボに手が止まると、娘の身体も確かに反応を感じています。娘に聞くと「(ツボのところに)シュルシュル風のようなものを感じる」といいます。ところが、シュルシュルと風のようなものを感じていた娘でも、成長とともに次第に何も感じなくなって、23歳になった今ではそんなことがあったことすら忘れているくらいです。

これは娘に限った話ではなく、こうした特別な感性は子どもには元々備わっていて、成長とともに失っていくもののようです。たまたま大人になってもそれが残っている方がまれにいますが、シュルシュルと風のようなものを感じる、まさに双方向性の反応を共有できる患者さんは、今まで1人しか出会っていません。それはかなりアンテナが敏感な患者さんでした。私の推論ですが、子どもの五感の発達においては当初は凸凹があり、凸凹がなくなり平均化することが大人になるということではないかと思っています。子どもは凸凹があるぶん突出した受診能力、それも身体でまるごと反応する能力をもっていると思うのです。

◆中世では「神の子」
日本の中世に詳しい網野善彦(歴史学)は「中世では7歳までは神の子とみていた」と述べています。つまり子どもは「神」のような特別な感性を備えているということ。幼名に「--丸」と付けるのは「丸」は神を表す言葉だからといいます。船に「--丸」と銘々するのも、船を神格化して海難から避けるという願いが込められているのだそうです。
子どもは特別な感性を元々備わっていることをして、子どもは神の子という見方は、大きくうなづけるところです。

※『三びきのやぎのがらがらどん』福音館(64年)
※網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』ちくま学芸文庫(05年)

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