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第188話:心包/心包経を考える(2/2)



◆奇経の要素を併せ持つ心包経虚
この図は、杉山勲の『はり灸治療の手引』から採りあげたもので、経絡治療における病証論をチャートに表しています。図中の「陰虚証」「陽虚証」は中医学による「陰虚証」「陽虚証」とは全く意味が異なり、あくまでも経絡治療の概念によります。

そうした細かい解説は省略しますが、要は、ここで理解して頂きたいのは、「心包経虚」が他の臓腑・経絡とは別に、特異な存在であるということです。ちなみに右側中央にある「奇経」は、病が慢性域に到達すると、12経絡から溢れ出て、バイパスラインに流れた状態にあることを意味していますが、左側中央の「心包経虚」にも、この「奇経」と同じ状態になることがあると考えるのです。

ただし、わたしが考えている病証論と杉山勲による病証論との違いは、このチャートで示すと、「心包経虚」には二つのケースがあり、ひとつは「陰虚証」の中の一つとしての「心包経虚」、もうひとつは「陰虚証」から逸脱して、いわば奇経の要素を併せ持つ「心包経虚」(チャートでは左側中央の「心包経虚」)となります。

この奇経の要素を併せ持つ「心包経虚」を語る場合に欠かせないのは、感情との関係性、そして無意識との関係性です。これら順を追って説明します。

◆感情との関係性(該当する感情は「心配」と「不安」)
『黄帝内経・素問』では五臓に対して、それぞれに怒・喜・思・憂・恐の5つの「感情(情志)」を配当しています。ところが、「心包」が初めて登場した『黄帝内経・霊枢』においても、心包に配当する「情志」の記載はないままでした。

◇肝(怒)-心(喜)-脾(思)-肺(憂)-腎(恐)-心包(?)

後世の医家たちの間で、心包の感情について言及した形跡は、わたしの記憶では思い当たりません。それぞれの臓器に特定の感情をむすびつけるのは、『五行論』というオマジナイの世界だと誤解している方がいるとすれば、それは東洋医学の心理学的側面に目を向けないことだと理解しています。

これまで25年の臨床経験のなかで、「心包経虚」と診断できる幾多の患者さんを診てきました。さらには、オリジナルの診察法である「FMテスト」を使えば、患者さんの「感情」の在りようを凡そ観察できます。その経験値から分析すると、心包と密接に関連する「感情」は、たぶん「心配」と「不安」であろう!とするのが、わたしなりの結論です。

◆「心配」と「不安」の意味合い
では、先人は「心配」と「不安」という感情に、なぜスポットを当ててこなかったのでしょうか。それは、次のように考えます。
「心配」と「不安」という感情は、古代の人々にとっては直接的に関与することが少なかったとみてはいかがでしょうか。それよりも「怒り」とか「恐れ」もしくは「喜び」(というよりも、喜び過ぎて木に登るくらいの「狂喜!」)というような、起伏が激しくはっきりとした感情の方が、むしろ古代人の日常生活には十分関与していたのではと想像できます。ところが、人類の進化と成長、ないしは環境の安定化に伴い、別の意味としての感情が必要とされ、たとえば社会生活における疎外感とか不安感からくる感情の吐露として、新たに「心配」や「不安」という感情が生れたのではないでしょうか。そこにこそ、遅れて追加された「心包」という臓器と経絡の存在理由があるように思うのです。

◆カウンターウェイトとしての「心配」と「不安」
「心配」と「不安」という感情について、その表出の傾向を観察してみると、単独で表出することはもちろんありますが、むしろ「怒り」「イライラ」「落ち込み」「自責」などの強い感情や思いに寄り添うように出現する傾向にあります。これは、強い感情に対して、ややブレーキをかけて抑制にはたらくための感情だと理解できます。つまり、強い感情が暴走しないように、「心配」や「不安」がカウンターウェイト(重し)となってはたらいているからです。こうした感情の様子を交通整理した上で患者さんに伝えてあげるだけで、混沌とした気持ちが随分と落ち着いていくようです。

「心配」と「不安」という感情は、一見混沌とした感情の様相を作りだすかのように見えますが、かといって決してマイナスの感情だけではないということ。むしろ感情の世界にバランスをとろうとするはたらきが「心配」と「不安」という感情にあるとみます。

◆無意識との関係性
普段は「肝経虚」や「脾経虚」の方が、急に「心包経虚」に変化するときがあります。そのほとんどは、奇経の要素を併せ持つ「心包経虚」です。その様相としては、外からの強い念とか感情に動揺されて、気持ちの在りようが当に混乱をきたしている状態、いわゆる「人疲れ」が生じている状態です。だるいとか眠いなどの自覚症状がある場合と、ぼんやりとしながらも、はっきりとした自覚症状がない場合もあります。そんなときに、感情の在りようをみると、「心配」や「不安」に増して「怒り」「イライラ」「落ち込み」「自責」などのいずれかが、強い感情として現れ、まるでカウンターウェイトであるべき「心配」や「不安」がカバーしきれない様相にみえます。

概して「アンテナが敏感な人」のように、受信能力がより長けた人に多いようです。そして、決まって胸中央のツボ「檀中」と、背中のツボ「霊台」に反応がみられるのが特徴です。ここで「奇経の要素を併せ持つ」と形容したのは、通常の「陰虚証」から逸脱して、異なるフェーズ(位相)に移行したという意味です。異なるフェーズとは無意識レベルとしか言いようのない領域であり、表出する感情の根源は混沌(カオス)の無意識世界を由来とするものと考えています。無意識世界というと、何か特別な世界のようですが、誰にでも発現する可能性をもっています。

ここで「心包経」が無意識と関係があるとみるのは、心包経の募穴がツボ「檀中」であることが大いに関連があるとみています。乳房と乳房の中間に位置して、胸骨の窪みにあるツボ「檀中」は、本山博によれば、第4チャクラの「アナハタチャクラ(心臓のチャクラ)」に該当すると指摘しています。チャクラとは身体を離れた別次元への「扉」のような概念ですが、わたしにとってはそれが無意識世界への「扉」のように思えるのです。

◆まとめ
自説『心包経虚論』をまとめると、次のようになります。
⑴陰虚証としての「心包経虚」
◇病証:「気分障害」、「睡眠」、「循環器系」の症状を呈する。
◇基本治療穴:右の内関、左の中封
⑵奇経の要素を併せ持つ「心包経虚」
◇病証:気持ちの在りようが当に混乱をきたし、所謂「人疲れ」の状態。
◇基本治療穴:右の郄門(げきもん)、左の蠡溝(れいこう)

(完)

※文中の「檀中」の「檀」は正しくは「木へん」ではなく「肉づき」

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