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第198話:『星の王子さま』は大人になって読み返す本



彼女から『星の王子さま』(岩波書店/内藤濯訳)をプレゼントされたのは、たしか17歳のとき。生意気にも「たかが童話」とうそぶき結局読まずじまい。それが本格的に読みだしたのが10年前のこと。すでに55歳の中年のおじさんになっていた。ところが、思いのほか難しい大人の作品だと思った。当時を振り返れば、2000年にサン=テグジュペリの生誕100年を迎え、翻訳の版権も終えた2004年からは新訳本が目白押しに出版されていた。今や新訳本の数は14冊、読み比べもできるほどである。と同時に、『星の王子さま』は子供向けの「童話」の枠を遥かに超え、大人になって読み返す「本」となっている。

本は全体で27の話から構成。そのなかで一番のお気に入りが、狐が登場する21番目の話。そこには次のような珠玉の言葉が散りばめている。

狐が言った。「おれの秘密を教えようか。簡単なことさ。心で見ないと物事はよく見えない。肝心なことは目には見えないということだ」
「肝心なことは目には見えない」と王子さまは忘れないように繰り返した。
「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」
「ぼくがバラのためにかけた時間・・・」と王子さまは忘れないように繰り返した。 (倉橋由美子訳)


「肝心なことは目には見えない」とか、すべての関係性で最も大切なことは「そこにかけた時間」だなんて、17歳の私にはとうてい理解不能であろう。ところがそうした「真理の深さ」に近づくために(無駄に見えようとも)人生がある、と中年になった私は『星の王子さま』に教わり、その言葉の意味をようやく反芻することができた。
ある作家は、何度読んでも「読み終わった気がしない本だ」と書いていた。それは、読む人の齢の重ね方に応じて、その着目する処も、珠玉の言葉も、たぶん代わっていくからだろう。だから『星の王子さま』は、読む時に応じて、いつも時宜を得た「人生の処方箋」を提供してくれる、とても大切な本になっている。



※追記(2020-07-04)
この21番目の話で、狐が王子さまに教えようとしているのは、「人と人」、「人と生きもの」、「人と自然」との繋がりの在り方。狐はそこで「飼いならす」(英訳では「tamed」)というワードを使い説明している。「飼いならす」とは(一見誤解を与えそうだが)それは対等で「唯一の関係」になるという、とても深い意味をもつ。
さらに、「唯一の関係」を築く秘策として、「肝心なことは見えない」から「心で見ること」が大事だよ、と狐は王子さまにアドバイスしたのがこの場面。要は、相手のことを思うこと、相手のために時間をかけること、それが相手を「心で見ること」であろう。もちろん、この狐との話は『星の王子さま』全体のキモになっていることから、訳者は「飼いならす」の扱いに格闘している様子が窺え、「仲良くなる」(倉橋由美子)とか「なじみになる」(石井洋二郎)とか「なつかせる」(野崎歓)などに翻訳されている。
ちなみに、同級生である詩人の鈴木康之くんは、「飼いならす(tamed)」をフランス語の「ジュテーム(Je t'aime)=貴方を愛している」の中の「aime(愛する)」と重ねて解釈したことを、『西通川の記憶』で述べていた。彼は当に慧眼の詩人だと思うところだ。
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