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第27話:共感覚の人々

仕事柄いろいろな方と接するわけですが、ときには不思議な感性をもった方と出会うことがあります。そのひとつが「共感覚」。共感覚とは五感のうち2つが組み合わさって同時に働くこと。文字に色がついて見えるとか、音に色を感じるとか、味に形を感じるとかいろいろあります。生まれたときはこうした能力は誰にでもあるそうですが、成長とともに退化(進化?)していくといわれています。だから共感覚の人たちは、こうした知覚感覚を誰にでもあるものと、子供のころは思っていたといいます。

今まで出会った共感覚の持ち主はお二人いました。Aさんは現代美術を研究している大学講師。文字に固有の色がついて見えるといいます。そらからBさんは音楽大学の講師。仏現代音楽のオリヴィエ・メシアンの「世の終わりの為の四重奏曲」を聴くと光や色が見えてくるといいます。共感覚は凡そ200人に1人が持つとされています。宮沢賢治や画家のムンクやカンデンスキー、詩人のアルチュール・ランボー、作家のナボコフ、作曲家のスクリャービンやメシアンなど古今東西の多くの芸術家も持っていたと言われています。

昨年11月放送のNHK『爆問学問』でも「共感覚」を取り上げ、自らも共感覚をもつ関西学院大学教授の長田典子(感性工学)が共感覚の謎を解説。音楽を聴いているときの共感覚者の脳を調べると、聴覚野だけでなく色を知覚する領域も活発に活動しているとか。興味深い話が紹介される中で、爆問の田中くんが共感覚の持ち主であることも判明しました。

そこで面白かったのが、長田いわく「いとしのエリー」はピンクで、バッハはブルー、「太田光」の文字はきれいな黄色のグラデーションという表現の数々。これはなにか日本の伝統的表現方法でもある、”見立て”にも似ています。対象を別の何かに喩えて表現することで、対象の本質が浮き彫りにされ、さらに既存の価値を超えた新たな価値が見出されること。つまり頭の中で対象を別のものと結び付けて編集するというクリエイティブな作業。だから佐藤可士和(アートディレクター)は優秀なクリエーターには、”見立て”がうまい人が非常に多いといいます。

共感覚の人々は、2つの五感をつかって”見立て”のような編集作業をいとも簡単に、いとも自然にできるということでしょう。もちろん彼らは、”見立て”ることを意識してはいませんが、結果的に幅広い感性で奥深く表現ができるのではと考えられます。なるほど多くの芸術家やクリエーターに共感覚が多いというのも頷けます。そうしてみると「共感覚」はまさに知(覚)的財産かもしれません。


※V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』角川書店(99年)
脳の仕組みや働きについて考える本。その中に共感覚が紹介されている。
※オリヴィエ・メシアン「世の終わりの為の四重奏曲」この曲が作曲されたのは収容所の中、初演ももちろん収容所という、
劇的な逸話のある作品。新約聖書「ヨハネの黙示録」から霊感を得て作曲。
※『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』日経新聞社出版社(10年)
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