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第28話:天才と狂気の間

本を読んでいて肝心の内容が難解すぎてよくわからないのに、周辺にちりばめられたエピソードの方がとても面白くて、そっちの方に好奇心がシフトされることってあります。精神科医の斉藤環の『生き延びるためのラカン』はそんな本のひとつです。

それは、統合失調症(精神分裂病)を精神分析学のジャック・ラカン流に分析すれば・・の逸話ですが。斉藤環自身の分析によれば、有名人の中で統合失調症に親和性の高いと思われる、気になる人物が4人いるといいます。それは、20世紀を代表する画家のフランシスコ・ベーコン、映画監督のデヴィッド・リンチ、そして日本からは漫画家の吉田戦車とお笑いの松本人志です。この「統合失調症に親和性の高い」という意味は、彼らには幸い表現手段をもっているからこそ、統合失調症にならずにすんでいるという意味で、それだけぎりぎりの処で創作活動をしているからこそ、既成の概念を超えたところでの(芸術)作品を絶えず提供してくれると、斉藤は解説します。

4人すべては知らないのですが、お笑いの松本人志と映画監督のデヴィッド・リンチはさもありなんと思えると同時に、斉藤の目の付け所にも感心してしまいます。

お笑いの松本人志は最近映画監督としても活動を始めていますが、作品は注目されながらも、もろ手を挙げて評価という状況ではないようです。ただ根拠のない分析かもしれませんが、松本の発想があまりに先行しすぎて、逆に周りの人間が松本のスピードに追い付かないという図式にも思えます。

また、デヴィッド・リンチ監督の「インランド・エンパイア」が封切され話題になったころ映画館に足を運びました。「今まで観たこともないようなすごい映画を観てしまった。」というのが第一印象でした。上映中に席を立った人が2人。きっとこの種の映画は、途中でイヤになるか、逆にクセになるかのどっちかです。想像と現実の世界が混然一体で、真面目にストーリーに意味を見つけ出そうとすると、かえって頭が混乱する類。それより光と闇と音で織りなす彼の映像世界にこそ、むしろ意味があると思えました。

表現者や芸術家のなかには、こうして天才と狂気の間で異彩を放つのでしょうが、斉藤環の分析を借りればなるほどと現実味をおびて理解できます。


※斉藤環『生き延びるためのラカン』バジリコ(06年)

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