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第31話:「木」と会話する(クスノキ)

くす


私にとってのアクティブな趣味といえばジョギングです。ちょっとかわっていますが、私流の楽しみ方は走りながら「木」と会話するということ。「木」と会話するにはまずは相手の名前を覚えるのが礼儀と心得、近くの洗足池公園で散歩しながら樹木の名前をずいぶん覚えたものです。その甲斐あってか、相性がよいと思った最初の「木」がクスノキ(樟)でした。古くから神木として親しまれ、鎮守の森の大木といえばクスノキと相場が決まっています。宮崎駿の「となりのトトロ」でも、七国山の祠の傍にそびえ、しめ縄で飾られたあの大木もクスノキでした。私の父方の本家が神社の宮司ということもあり、なんとなく相性がよいと思ったのはそんなDNAが騒いだのかもしれません。

ひとつ紹介すると、自宅から皇居までのジョギングコースであれば約12キロ。中原街道を五反田に向かい桜田通りをひた走って桜田門までの行程です。途中、魚藍坂から左折する角に面する慶応大三田校舎はクスノキとヤマモモの大木に囲まれています。さらに右手に東京タワーが見えるころには「芝公園」のクスノキも視界に入ってきます。そして和製マロニエと呼ぶトチノキの街路樹になる霞ヶ関官庁街を抜けると終点の皇居桜田門。その手前左には、刑事ドラマでおなじみ警視庁のクスノキがでんと偉そうに立っています。

幸田文の本には「木にはそれぞれ履歴がある」と書いています。私が生まれる前の歴史をこの大木はきっと記憶しています。戊辰戦争とか、関東大震災、二二六事件の雪の日、そして東京大空襲の3月10日未明のことなどを。そんなことを想像しながら、まなざしを「木」に向けることが会話すること、と自分なりに解釈しているのです。

都内のクスノキで一番のお勧めは、なんといっても明治神宮。大正8年に造営されたそうですが、照葉樹林の森として、これだけ成熟度の高い森はないといわれています。時の大隈重信が「代々木の森を藪にする気か!」と落葉樹に反対して杉を植えよと提言したそうですが、専門家たちは「関東ロームには杉は育たない、100年後の森を見据えるなら、カシ(樫)、シイ(椎)、クス(樟)などの照葉樹林が一番相応しい」と説得した経緯があったとか。こうした見識のある専門家のお蔭で、私たち現代人は都会にいながらにして、森林浴を堪能できるというものです。これから8月の暑いさなかに、明治神宮の森に逃げ込めば、きっとここは、緑の涼に囲まれた「アジール(聖域的避難所)」だと確信できます。

それから、舟越桂の彫刻の素材はクスノキだとか。天童荒太の「永遠の仔」の装丁デザインに使われて以来、実は舟越ファン。神木として扱われてきたクスノキで彫った胸像に、大理石の目玉を入れ込むなんてまさに画竜点睛。仏像でいえば現代の「檀像」といえるかも。彼の作品が惹きつける理由は、たぶんそこにあるのではないかと分析しています。

※幸田文『木』新潮文庫(平成07年)
※白洲正子『木』平凡社ライブラリー(00年)
以上の2冊は、「木」と上手に会話できる最良のテキストです。
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