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第33話:灸痕の「申送り」

深谷伊三郎(1900~1975)というお灸の名人が遺した臨床余録『お灸で病気を治した話(第2集)』に、とても興味深いエピソードが書かれています。たぶん終戦直後の話でしょうが、こんな話です。警視庁の刑事が深谷の治療所に尋ねてきます。新宿歌舞伎町のガード際の草むらに、身元不明の7~8才男児が遺棄されていた。死体を点検すると下腹部に3つの灸痕がある。この小児はたぶん夜尿症であり、灸治に通うぐらいだから近くの浮浪児でないことは想像できると説明し、下腹部の灸痕がわかる死体写真を深谷にみせて、専門家としての意見をぜひ伺いたいというのです。

深谷はこれに対して、下腹部の3つのツボは、中央が「曲骨」で左右が「横骨」、確かに夜尿症に使うツボであるが、私はこの3つの配穴は使わないのでうちの治療所ではない。「曲骨」の取穴からして他の流派に違いない。鍼灸師会の名簿を貸すから順々にお尋ねするがいいと答えます。

深谷が語るこのエピソードでとても興味深いのが、お灸の痕が必ず残るということはさておき、灸痕によって患者さんの身体に治療家の履歴を残すということです。現在のお灸であれば(もちろん私のお灸も)、火傷しないように「灸点紙」というシールを貼った上に施灸するので痕は残らないのです。

ただ、灸治療の経験がある年配の患者さんを治療させていただく中で、その履歴となる灸痕を見かけることがあります。その多くは、背骨の傍らに縦に並ぶ、内臓に効くとされる「背兪穴(はいゆけつ)」と呼ぶ経穴群です。その背兪穴の灸痕が、患者さんによっては、あちこち狙いが定まらない位置に点在しているものもあれば、まるで定規で測ったのかと思わせる、正確な整列をした灸痕もあります。

たとえば、10年あまりに渡って通院されているAさんの背中には、ひとつひとつの灸痕が極めて小さく、明らかに丁寧に施灸したと思わせるような、灸痕の見事な整列を確認できます。Aさんは、以前かかっていたJ先生が病気になったので、その後継者として私をたまたま選んだのです。私はJ先生とは当然面識はないのですが、10年あまりもAさんの背中に臨み治療していると、何かツボを通じてJ先生と会話をしているような気持ちになります。たとえば、Aさんの体調とか症状によってツボを選ぶと、そこにJ先生がとったツボの灸痕と符合してしまうのです。J先生からいつも、灸痕によって「申送り」を頂いているような気分にもなります。

そんな気持ちをAさんに伝えたところ、うれしそうにJ先生の思い出を語ってくれました。J先生は仏教に興味をお持ちになり、診療の傍ら仏教大学の夜間に通われていたそうです。私も仏教とか神道に関して、歳を重ねるほどに興味をもってきました。この世はすべて「縁起」によって成り立つといいます。お灸の力はさることながら、お灸でひとの縁も生まれます。こうして不思議な縁を繋ぎ繋がれ、ひとは生きているのかもしれません。
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