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第34話:歴史のマッピング

サラリーマン時代(80年代)のことですが、大きなプロジェクトの一環で、技術研修の目的で来日した中国人10名のお世話をしたことがあります。それはなんの準備もないまま臨んだ半年にわたる仕事でしたが、とにかく一室に外国人と膝をつめて仕事をするのは初めての経験。若さ故の気負いもあってか、一応無事つとめたのですが、自分なりに反省を残した経験でした。というのは私自身、日本と中国に関わる基本的な歴史認識(特に現代史)を大いに欠いていることに気づかされたからです。外国人と付き合う最低の礼儀として、まず相手国との歴史を知っておくこと、と今では言えますが、当時は本当に恥ずかしいかな無知の極みでした。

そんな反省もあって、当時ちょうど刊行が始まった『昭和の歴史』(小学館)を注文して、自分なりに学習し直しました。学校で教わる現代史といえば、受験勉強優先の中では極めてぞんざいに扱われていました。戦国時代や幕末のことは詳しいのに、先の戦争での歴史的事情となると正直よくわからない、という人は戦後教育を受けた人なら大勢いるはずです。ましてや私の親の世代は、高度経済成長の牽引者だったかわりに、戦争体験を子どもに語ることには、極めて寡黙を通した世代という事情もからみます。

ともあれ、複雑な出来事が多い現代史の流れを理解するために、ひとつの方法をとりました。それは「歴史のマッピング」と呼び、地図をひらいて自分が立っている場所を確認するように、歴史の流れの中で、自分の立ち位置を確認する作業のことです。それには自分の家族全員がマッピングの対象にします。たとえば、家族が生まれた年と主な出来事をリンクにして羅列してみると次のようになります。

祖父:1894年(明治27年)・・日清戦争
父 :1917年(大正06年)・・ロシア革命
母 :1924年(大正13年)・・関東大震災の翌年、甲子(きのえね)の年
兄 :1950年(昭和25年)・・朝鮮動乱、警察予備隊結成
自分:1954年(昭和29年)・・警察予備隊が自衛隊に

これを覚えた上に、それぞれ時系列での関係性を探します。たとえば日清戦争の10年後が日露戦争(1904年)、さらに10年後が第一次世界大戦(1914年)、さらに10年後が母の生まれた1924年(大正13年)という流れがあります。この大正13年は暦の上では「甲子(きのえね)」で、「甲子園球場」が誕生した年になります。そしてさらに30年後が私の生まれた1954年(昭和29年)となるわけです。父の「ロシア革命」は、第一次世界大戦でドイツが敗北し、結果ドイツとオーストリア、ロシアが帝政の終焉を迎えたと覚え、兄と私は自衛隊つながりで覚えます。

こんな風に家族をマッピングした「骨組み」をまず作ることで、歴史がより身近なものになります。そしてこの「骨組み」を基本にして、その都度覚えた歴史的事象を「骨組み」に肉付けしていくわけです。すると、昭和何年生まれというと、どういう時代を生きてきた年代か、ある程度イメージがもてるようになります。

このように私なりに覚えた現代史の基礎的な知識が、脱サラして鍼灸師の仕事をする上で、役に立つとはゆめゆめ思わなかったことです。というのも、患者さんは、これまで歩んできた時代の”history”のなかに、それぞれの履歴が織り込こまれた個々の”story”を抱えています。治療家からみて、症状にだけ目を向けるのではなく、全人的な見方で患者さんと接するよう心掛けています。その固有の”story”を理解するまなざしは治療家として大切なことであり、その背景にある”history”を知っておくことも、より大切なことだと思うからです。


※西暦と年号の覚え方は:19世紀最後の1900年が明治33年、昭和が実質スタートした昭和02年が1927年、20世紀最後の2000年が平成12年、この3つを覚えると便利です。
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