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第39話:「霊台」考(その3)

◆「気」を察する処―としての霊台―――

史記の時代、戦場における「霊台」という場所は、味方の巫女が、敵陣から漂ってくる「運気」を占う処でした。ならば背中のツボ「霊台」も、いわゆる「気」を察する処ではないか?というのが今回のテーマです。

気を察するというのは、そこが受信能力を有するということ。卑近な例をあげれば、ドキッとした時に、背中が一瞬ひやりとします。一般的には、ひやりと感じるときはかなり大きな驚きの類です。これは誰もが経験することで、冷静に思い出せば、背中のちょうどツボ「霊台」の位置とだいたい一致するような気がします。総じて背中の「霊台」辺りには、外部からの刺激を受信する能力がありそうですが、それが単に「驚き」というケースだけとは限らないようです。

例えば、患者のAさんが経験した話。大学卒業後、第1希望ではなかった企業に就職し、気が乗らないまま臨んだ研修講義の時、うっかり居眠りをします。すると突然背中の真ん中に熱いお湯をかけられたと思い、はっと目が覚めたそうです。でも実際そんなことは起こるはずもなく、なによりもその刺激がきっかけで眠気がいっぺんで飛んでしまい、気を取り直したそうです。あとで気が付けば、その日がちょうど父の命日とのこと。あれはきっと父が私に発した「喝!」だったと。今では会社の中堅として活躍されているAさんです。背中の「霊台」はこのような不思議なメッセージを受信するようです。

次に、患者のBさんの例。Bさんは、初対面の人に対して直感的に「嫌だな」と思ったら、意識的にバリアを張れるといいます。それは背中の「霊台」辺りに意識をもっていく方法で、自分でなんとなく身につけた技術だとか。ただこれを長く続けると身体が疲れるので、頻繁には使えないそうです。人と人の間では「気」のキャッチボールをして関係を築くのですが、いつも良い「気」とは限らず、人によっては身体に悪い「気」があります。Bさんの場合は、もちろん悪い気を直感的に見抜く力がある方ですが、さらに「霊台」による受信機能を一時的に「OFF」にして、選択的にバリアを張ることができるということです。

このように背中の「霊台」辺りに、「気」の受信能力があることは、患者さんの証言からも明らかと思えます。

ここで、背中の受信能力で思い出すのが、武士の身体感覚です。武士が一歩外に出れば絶えず背中に意識をもち、いわゆる「殺気」を背中に感じるといいます。内田樹が、昔の武士の身体感覚を想像するときの一つの手がかりとして、紋付の家紋をとりあげています。紋付には家紋が五つあり、内田はとりわけ背中の大きな家紋に注目します。背中の大きな家紋は、家格の象徴という非常に大切なものであると同時に、見えない背後にあって「殺気」を感じるかどうか、絶えず気を張っている、いわば「背中の眼」のような存在であるということです。そしてこの背中の大きな家紋こそ、襟に近い処にあるとはいえ、私にとっては、ツボ「霊台」を連想させるのです。



上の図のように紋付には家紋が五つ。前身頃(まえみごろ)には胸に二つ、後身頃(うしろみごろ)には、袖の後ろに二つ、そして大きな紋が背中に一つとなります。これをみて、それこそ「はっと」気づいたことがあります。背中の大きな紋が「霊台」を連想させるだけでなく、以下のように、残りの家紋もなんと「霊」とつくツボを連想できることです。

   胸に二つの家紋    → ツボ「霊墟(れいきょ)」
   袖の後ろに二つの家紋 → ツボ「霊道(れいどう)」
   背中中央の大きな家紋 → ツボ「霊台(れいだい)」

このことは、「霊」という字がつくツボは、それぞれ身体の部位にはりめぐらされた「アンテナ」の役割を担うことを示しているのかもしれません。従って今後は「霊墟」や「霊道」についても、ツボとしての反応を観察していこうと思っています。

以上のように、ツボ「霊台」には、「こころ」としての眼差しと、「気を察する処」としての眼差しをもって、施灸するよう心掛けています。(完)

※内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』角川文庫(平成19年)
※「霊」の字がつくツボは、他に後頭部の「承霊(しょうれい)」がある。
 ちょうど眉毛中央の裏側の後頭部に位置している。
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