FC2ブログ

第40話:愛と涙はどっちが高い?



中学生のAさんとかわした治療中での会話。たぶん話の流れは、楽しい授業ってあるの?と何気に尋ねたのだと思います。すると彼女は、ひとりだけ好きな国語の先生がいて、その先生の授業だけは楽しかったかな、と答えてくれます。とりわけ楽しかったのが、『なんにでも値段をつける古道具屋のおじさんの詩』という詩の授業だったとか。なぜって、先生は私に、とても大切な時間を提供してくれたからと言います。

詩の最後に「では愛と涙はどちらが高いの?」と問いかけて終わるところ、先生が「じゃあどっちが高いかみんなでディスカッションしよう」と授業は展開していったそうです。そこで彼女が「絶対、涙だよ!」とその理由を熱く語ったところ、「なるほどそれはとてもきみらしい」と褒めてくれたんだとか。その先生の一言が、自分という個性を全幅認めてくれた気がして、とてもうれしかった、とその時の様子を思い出すように、嬉しそうに話してくれました。

後で調べると『なんにでも値段をつける古道具屋のおじさんの詩』の作者は寺山修司と判明。「テラヤマ」という響きに懐かしさを覚え、わたし自身20代の頃、寺山の短歌に夢中になったことを思い出します。彼が47歳で亡くなって、もう29年。気がつけば、わたしは寺山の享年をとうに越えてしまっています。今や寺山の作品は中学高校の教科書に載っていることも初めて知り、時の移ろいを感じてしまいますが、親子ほど離れた年齢差でも、寺山修司を通して心に映るたしかな風景を共有していることの不思議さを感じます。

治療中の何気ない会話でも、けっして無駄なものはないということ。こうして寺山修司のはなしで治療院の空気はいっぺんに穏やかなものになり、そんなときにこそ「いい気」が流れ、鍼灸治療の効果をさらに後押ししているはずです。


※寺山修司(1935~1983)
なんのてらいもなく津軽なまりで訥々と話す寺山に、20代の頃は同じ東北人として嫉妬していたのかも。寺山の短歌で特に好きなもの。
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」(『空には本』から)
「吸いさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず」(『田園に死す』から)
「ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」(『初期歌篇』から)
関連記事
スポンサーサイト