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第43話:気を動かす「色」「形」「音」(その3)

◆「密教」にみる「色」「形」「音」―――
先日ETVで、松任谷由美が和歌山県の高野山(高野山真言宗本山金剛峯寺)を訪ねる番組がありました。とりわけ「大塔」内にある立体曼陀羅を構成する16本の柱に描かれた「十六大菩薩」の絵画とか、案内役の僧侶がひろげてみせてくれた「曼荼羅図」(12世紀頃の再現図)が印象に残ります。原色をそのまま使った色合い、特に朱色と藍色が鮮やかに強調されて、たぶん古色蒼然の仏像をみなれた人ならば、きっとけばけばしく感じるほどの色合いでした。松任谷がそれらを評して「天空のコスモポリス」とか「オリエントの薫り」と表現していましたが、たしかにその色調に異国の匂いがどことなく感じられます。

天才空海が平安時代に入唐して日本に持ちこんだ「密教」は、仏教の中では独特の世界をもっています。そもそも「密教」はヒンズー教の「タントラ」という教義を取り入れたもの。そうしたインド的な要素がつよいことが、たぶん絵画や曼荼羅の色調にも反映されているのでしょう。ただ、空海は「密教」をそのまま受け入れたわけでなく、多くの自作の教義書を著す中で、日本古来のアニミズム(精霊崇拝)や山岳宗教と共通するものを取り入れ、日本密教としての「真言宗」に結実したといわれています。

まえおきが長くなりました。本題の「色」「形」「音」が「気」を動かす力があること―実は、そのことは「密教」の教義と見事に符合しているのです。つまり「密教」によれば、「色」「形」「音」とは、この宇宙を動かす力があると主張します。そうした背景をここで紹介してみたいと思います。

はじめに、「タントラ」によれば、宇宙は聖音オームのような基本音から展開したものであると考えます。つまり私たちがこの宇宙で見たり感じたりする「物質」は、ひとつの「聖音」から派生し、すべてある特定の周波数をもった震動する「音」だということ。さらに「音」から眼に見える「形」が生まれるのです。

  聖音(オーム) ⇒  震動する「音」 ⇒ 眼に見える「形」=「物質」

さらに空海の『声字実相義(しょうじじっそうぎ)』の中で、「物質」を、顕色(けんじき)、形色(ぎょうじき)、表色(ひょうじき)の三種に分けています。顕色とは赤とか青といったいわゆるカラーのことで、形色とは長短などの形をいい、表色とは身体を動かす運動を指します。

  「物質」 ⇒ 「色」と「形」と「運動」がある

ここで「音」から派生した「形」と「色」と「運動」については、タントラや密教においてはそれぞれ密接に結びついて、「宇宙の本質的なもの」とつながると主張します。この「宇宙の本質的なもの」とは、密教の最高神「大日如来」です。つまり「音」「形」「色」「運動」は時空を超えた真実在であり、「大日如来」につながる象徴(シンボル)なのです。

  「音」「形」「色」「運動」 ⇒ 「大日如来」への象徴(シンボル)

ですから、密教の絵画や曼荼羅などのもつ一見けばけばしい「色」とか、一見無機質で幾何学的な「形」は、人間の美的感覚に訴えるために用意されたわけでない、この宇宙(大日如来)の象徴をもって表現しようとしたものと理解されなければならないのです。

密教の瞑想では、現世のまま「大日如来」と一体となって悟りをひらいて仏となることを「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」といいます。その「即身成仏」の実践論が「三蜜加持(さんみつかじ)」です。三蜜とは、身(しん)口(く)意(い)のはたらきのことで、加持とは、我々のはたらきと仏のはたらきが合致することです。具体的には、瞑想しながら身体に手印(しゅいん=手の組む形)を結び、口に真言(しんごん)を唱え、心に「大日如来」を観想します。つまりそこには、手印の「形」と真言の「音」と観想する「大日如来」の「色」が、それぞれ象徴的な力として内包されているのです。

   身(しん)⇒ 身体に手印   = 「形」
   口(く)  ⇒ 口に真言    = 「音」
   意(い) ⇒ 心に「大日如来」= 「色」

このように、密教では「色」「形」「音」は「宇宙の本質的なもの」の象徴であり、宇宙を動かす「力」にもなります。このことが、鍼灸の世界においても、「色」「形」「音」をして身体の気を動かす証左になっていると考えます。(完)

※松長有慶『密教』岩波新書(91年)
※末木文美士『日本仏教史』新潮文庫(平成08年)
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