FC2ブログ

第49話:エリザベス・マッキンレーに学ぶ

自宅へ出張治療に伺ったときに、患者のAさんはこう話してくれました。
「足腰が衰えてしまい、以前のように好きな旅行など、遠出はもうできなくなった。そればかりか近所の買い物もままならない。なんとかひとりで頑張ってきたのに、ついに子どもの世話を受けるようになってしまった。」

Aさんのように、老いが確実に進んでいくなかで、病気や障害をきっかけに、それまでの自立した日常生活がついに維持できなくなると、どうしても気が塞いで、うつ的な気分になってしまいます。高齢化がどんどん進む現代では、そうしたケースは年々確実に増えて、身体のケアだけでなく、こころのケアがより必要な時代になっています。

自宅での患者さんはポロリと本音を言われます。あるときは「死にたい」と漏らされたことがありました。「生きる意味」を失い始めている患者さんを前にして、治療家はどんなことばを返してあげればよいのか、正直いつも悩んでいました。

最近、ひとつ参考になった方法があります。オーストラリアの看護師エリザベス・マッキンレー(1940~)による「スピリチュアル回想法」という対話法です。オーストラリアでは、牧師などの聖職者による、末期患者に対するこころのケアを「スピリチュアル・ケア」といいます。エリザベスは看護師の傍ら神学を学び、53歳で牧師になっています。特に認知症の患者に対する「スピリチュアル・ケア」を実践する中で、独自の「スピリチュアル回想法」を編み出し、現在はその方法を伝えようと世界各地で活動を続けています。日本にも来日し、これまでNHK教育テレビの「こころの時代」で、アンコールを含め2度紹介されています。

彼女による「スピリチュアル回想法」の基本は対話です。特にその人の「生きる意味」を支えることが最も大切だと考えます。生きることに意味がなければ生きる希望がない。人にとって「生きる意味」を見つけ出すことは、人間であることの中心にあるものです。そして人生で守るべき大切なものである、と言います。対話は、つぎのようなことば掛けから始まります。

「生きてこられた人生で、一番大切にしてきたものは何でしょうね?」
「今、ご自分の人生で一番大事なことってなんでしょう?」

治療しながら、この質問を患者さんに投げかけてみました。すると「家族がいつも健康でいることかな・・」と答えます。話の展開に応じて「もう少し詳しくお話ししてくれませんか?」と伺っていきます。ふっと見せる患者さんの表情からは、そういうことを思っていたとしても、たぶんこうして口に出す機会はしばらくなかったのだろうな、という感触を受けます。しばらく話題にしなかった事柄を話すことで、いくぶん表情も和らいだのがわかります。この二つの質問に対する答えの先には、その人にとっての「生きる意味」が確実にあります。病気や障害によって失意のどん底を味わい、「生きる意味」を失いかけている人にとって、本来もっていた「生きる意味」を少しでもより戻せるかもしれません。このことは、人間であることの中心にあるもの、その人にとって本質的なものを確認する作業になっていきます。

エリザベスは、この対話法で「生きる意味」を与えることはできない、しかしその手助けはできると言います。それには傾聴と適切な問いかけです。患者さんに対してじっくり話を聴いて、生きるための手がかりを導き出すこと。そして極めて基本的な「ことば掛け」が最も大切であると教えてくれます。(つづく)


※NHK教育TV『こころの時代』にて「“する人”から“なる人”へ」
番組では、「認知症の人は記憶を失うことで神も失うのか?」など、スピリチュアルな問題に踏み込んで解説しています。番組構成としてはよくできています。興味がありましたらNHKアーカイブから検索してみてください。

※ヴィクトール・E・フランクル/霜山徳爾訳『夜と霧』みすず書房(85年)
 ヴィクトール・E・フランクル/池田佳代子訳『夜と霧・新版』みすず書房(02年)
エリザベスが影響受けた本。フランクルの「どんな状況下でも希望と意味をもつこと」は彼女が説く「生きる意味」につながっている。『夜と霧』は3.11震災以降東北被災地で多くの人に読まれていると話題になっている。
関連記事
スポンサーサイト