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第50話:エリザベス・マッキンレーに学ぶ(続)

以前、90歳を越えたご婦人のAさんを治療したときの話です。Aさんの背骨は年齢相応に曲がってはいますが、それでも戦前の職業軍人の妻らしく、常に居ずまいが凛とされていました。お話を伺って驚いたのが、症状や体調についていつも時系列をもって詳しく話されることや、10人いるお孫さんすべてのお名前と生年月日を覚えていらっしゃることでした。そうしたAさんの生前の数年間を治療させていただいた中で、不思議な印象をもったことが、Aさんの表情がだんだん穏やかになっていったことです。それをたとえれば、能にでてくる「翁(おきな)」のような顔立ちで、まさに神々しくみえてきたのです。

エリザベス・マッキンレーは、人が歳をとるに従い、身体と心(魂)のつながりがより強く密接になり、本当の自分になっていくと述べています。この「本当の自分」とはそのひとの本質的なものであり、スピリチュアルな世界でいえば「神」に近い領域をいっているようです。このエリザベスのことばに触れたときに、真っ先にAさんのことを思い出したのです。

Aさんは毎朝必ず仏前で般若心経を唱えていたそうです。お経をあげること自体が健康法という指摘もありますが、きっとAさんは意識していなくても、自然に「こころの養生」としてしっかり実践されていたのだと想像できます。エリザベスがいうには、西洋の中世では、人々が人生の旅路でスピリチュアルに成長すると生きる意味をみつけ、それを神と結び付ける方法が確かにあり、それが上手に歳をとることだった。ところが文明の発達とともに、私たち現代人はより深くスピリチュアルな処で考える能力の多くを捨て去ってしまった、と解説します。このことは西洋に限らず、私たち日本の現代にもあてはまる問題として理解できます。

さらにエリザベスは、米国作家のリック・ムーディ(1961~)のことばを引用します。「老いることは私たちが『する人(human doings)』から『いる人(human beings)』へ、そして『なる人(human becomings)』と移っていくための自然の修道院なのだ。」

この『する人(human doings)』は健康で活動的な普通の人。『いる人(human beings)』は老化が進む中で、病気や障害を抱えて活動を制約された人を意味しています。ただし、『する人』も『いる人』も、それぞれ「生きる意味」があることを説いています。そして最終段階の『なる人(human becomings)』とは、神になる、神に結ばれるという意味なのでしょう。
従って、老いていく中での「こころのケア」はあくまでも受動的な支え。それに加えて『なる人』に向かうための、自らによるスピリチュアルな「こころの養生」も大切である、とエリザベスは強調します。このことは民族や宗教を越えた普遍的なテーマであるように思えます。(完)
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