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第54話:浩然の気を養う

「浩然の気を養う」という古くからの成句があります。「浩」は広大の意。浩然の気は、宇宙の根源の「道(タオ)」に繋がる充実した気という意味です。今の言葉でいえば、「自然の中に身も心も投じて、大いに元気をもらいましょう」といった意味になります。明治の文豪夏目漱石の『吾輩は猫である』には、主人公の猫が近所の庭でひねもす寝ころんで浩然の気を養う-という行(くだり)があります。明治の猫はさすがに高尚な趣味をお持ち(?)と感心しますが、同時に「浩然の気を養う」という行為が、当時は普段の養生法として定着していたことを窺わせます。

そもそも「浩然の気を養う」は『孟子』の「我、善く吾が浩然の気を養ふ」に由来します。ここで注目すべきは、その背景に存在する『荘子』の考え方。荘子は「人間の気」より「自然の気」に重きをおいていることです。ならば人間関係における気のキャッチボールに疲れ果て、ストレスを抱えがちな現代人は、「浩然の気」「自然の気」をしっかり補充する必要があるというものです。

では、浩然の気を養う-現代の養生法としては、どんなものがあるでしょうか。これまで接してきた多くの患者さんを参考に、紹介してみます。

はじめに紹介するのは「山歩き」です。山歩きをしてきた方はほとんどが「山から元気をもらってきました」とおっしゃいます。山が快く向かい入れておまけに元気までもおみやげにくれるなんて、当にお得な養生法です。これに関連して、自然界の「音」に注目する科学者がいます。自然の森には、鳥や虫の声、風にそよぐ木の葉の音、谷川のせせらぎの音など豊かな音に溢れています。人間の聴覚は20キロヘルツ以内の音しか聴くことができません。ところが、自然の森の中には100キロヘルツよりもはるかに高い周波数の音を出しているといいます。この高周波成分の音は、耳には聴こえていなくても、人間の脳(特に脳幹や視床下部)では、たしかにキャッチしていることが判明してきました。高周波成分の音によって脳基幹部が刺激されると、いわゆる「生きる意欲」をつくるドーパミンや、「心を鎮静化」するノルアドレナリンなどの神経伝達物質が多く分泌されて、私たちは単に気分的に心地よいだけでなく、まさに大脳生理学的に癒されるのです。山に行くと元気がもらえるのは、こうした脳にしか聴こえない自然界の「高周波成分の音」がきっと影響しているからかもしれません。

次なる養生法は「温泉」です。古くは江戸中期の京都では、後藤艮山という漢方医が、お灸と温泉療法を提唱していました。当時から有名な温泉地は「有馬温泉」と「城崎温泉」だったとか。温泉は火山国日本の宝といえます。温泉に行けば、気分もリラックスするのは、温泉の効用だけでなく、湯けむりの温泉街の近くにはだいたい名勝地があるように、きっと自然の「場の癒し」の効果も十分あります。また、主婦ならば「上げ膳据え膳」の時間、家事からの解放という意味合いも加わります。近場の温泉で定宿を決めて季節折々に楽しむ方もいます。よいことばかりの温泉、日本の宝である温泉を利用しない手はないのです。

最後は「旅行」ですが「そうだ京都いこう!」とJR東海のキャッチコピーそのままに実行した方がいます。退職間近58歳の女性Aさんは土曜日の早朝、食卓テーブルに置手紙を家族に残し、紅葉の京都にでかけました。新幹線による日帰り旅行ですが、急に思い立って即実行に意味がありそうです。置手紙には「京都に紅葉をみてきます。探さないでください。」、その横に携帯電話を置いていく念の入れようです。紅葉の京都で浩然の気を養ってきたAさんは、とてもすがすがしい顔でその晩に無事ご帰還したことは、いうまでもないことです。


※孟子(BC372~BC289)『孟子』より
「その気たるや、至大至剛、直を以て養ひて害すること無ければ、天地の間に塞がる。
我、善く吾が浩然の気を養ふ。」
中国戦国時代の孔子につぐ儒学者。
※大橋力『音と文明―音の環境学ことはじめ』岩波書店(03年)
 合唱団「芸能山城組」を主宰しながら、文明科学研究所長として音の研究に携わる。
※後藤艮山(1659~1733
 江戸中期の古方派の漢方医。27歳のとき父母を伴って京都に移り医を業とした。伝統的な医学理論をあまり重視せず、一気が停留することによって病が生ずる「一気停留説」を唱えた。熊胆・蕃椒を多用し、灸治療、並びに温泉療法を推奨したので「湯熊灸庵」のあだ名がある。
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