FC2ブログ

第58話:宮沢賢治と縄文文化

◆賢治が描く東北と縄文
宮沢賢治は昭和8年に37歳で亡くなるまでほとんど本が売れなかったそうです。賢治が理解されるようになったのは皮肉にも賢治が死んでからでした。時流を抜きんでた深い思想と高い品格をもつ賢治の作品は多くの人の注目を集め、死後10年にしてすでに古典になったとも言われています。死後80年の現在でも、賢治の作品はよく読まれ、賢治の評価は日々に高くなっているように思います。

♪あかいめだまの さそり  ひろげた鷲の つばさ
 あおいめだまの 小いぬ  ひかりのへびの とぐろ♪

高倉健主演の『あなたへ』には、この賢治が作詞作曲した『星めぐりの歌』が挿入歌として効果的に使われています。名作『銀河鉄道の夜』にもでてくる「銀河のお祭り」というのは今の「七夕」で、これはもともと中国の道教にあった「星祭り(星辰信仰)」が伝わったものだと言われています。東北にはこうした「道教」につながる風習やお祭りがいくつか残っています。

ただこれらはそのまま伝わったというより、もともと東北地方の底流として1万年も続いていた縄文文化が、伝来した道教の自然観に感応して融合したとみたほうがよいと考えます。縄文文化は世界でも珍しい土器を有した「狩猟採集文化」でまったく自然に依存した文明です。ただ全くの狩猟民ではなく、山奥深くの樹の下に棲む人々で、栗とかドングリを主食にしていたといいます。そこでは人間と動物ばかりか、人間と植物の区別も本来存在しない世界です。そうした縄文文化の世界観は、アイヌや、大和民族によって滅ぼされた蝦夷(えみし)に残る世界観へと脈々と繋がっています。

賢治の童話の世界では、動物や植物が人間のごとく生き、動物や植物が人間のごとく語ります。宮沢文学がもつ世界観とは、そのような縄文的な伝統の中で理解する必要があるようです。

◆『なめとこ山の熊』の世界観
そんな縄文の世界観に通じる賢治の代表的な童話に『なめとこ山の熊』があります。東北一円に点在していたマタギと熊の交流を描いた童話です。マタギとは東北のブナ林に拠る山人(ヤマビト)のこと。『なめとこ山の熊』の主人公は熊捕り名人の小十郎。小十郎は熊を捕って毛皮と熊の胆を売るのですが、これはあくまで生活の糧、だから「熊が憎いから殺しているわけではない」といいます。小十郎は次第に熊が何を話しているか分かるようになります。あるとき熊を撃ち殺そうとしたときに「あと2年待ってくれ」と熊に命乞いをされます。小十郎はその願いを聞いてあげると、その熊は2年後に約束を守ってその身体を提供します。その後、年老いた小十郎は逆におのが身を熊に提供するときが訪れます。襲った熊は「小十郎おまえを殺すつもりはなかった」とつぶやきます。小十郎はまるで熊と同化するかのように死んでゆくのですが、最後は山の上に臥した小十郎が、まるで熊に祀られるかのようなシーンを残して物語は終わります。

民俗学者の柳田国男は、山人(ヤマビト)は先住民族の生き残りと考えていました。山は死者の世界であるので、山人はどこかで死霊と関係をもつものとも考えられてきました。先住民族が、稲作を業とする大和民族に追われ山の中へ逃げたのです。そうした縄文人の遺民が山人だと柳田国男は考えました。賢治の『なめとこ山の熊』はそうした世界をいかんなく描いた童話だと思います。

◆作品の永遠性
宮沢賢治は、ある童話集の序文で書いていたことですが、数々の童話は頭のなかで空想して書いたのではなく「岩手県の田園の光と風から生まれたものである」というふうに語っています。賢治がイーハトーブと呼ぶ岩手県の田園に立っていると、次第に光と風によって縄文の語り部が語り出し、賢治のこころに物語がどんどん降りてきたのかもしれません。こうしてみると、賢治が遺していった作品の数々は、賢治という個人の作品価値を越え、現代の私たちや未来の人々にまで、永く読み継がれるほどの永遠性を秘めているように思えてきます。

※宮沢賢治『宮沢賢治万華鏡』新潮文庫(平成13年)
※『もう一度読みたい宮沢賢治』別冊宝島1463号(07年)
※梅原猛『日本人の「あの世」観』中公文庫(93年)

関連記事
スポンサーサイト